第百四話
ダムスミリィから旅立った初日、昼食の後でレオがヘルヴィ達に魔王の真実を伝え、その苛立ちをぶつけるように始まった模擬戦。そこで彼らの現在の力量や思いの丈をぶつけ合うのだった。
その結果、リリーは戦っていないので暫定ではあるが、エルザ、リリー、パーラ、レオ、ヘルヴィというのが、パーティー内の実力順だと分かった。しかし、エルザ以外は己の力不足を痛感し、旅の道中も鍛えていくことを決意する。
そして、クロウ魔王軍によって破壊された転移装置の跡地を目指す旅は、魔物の襲撃などはあるものの順調に進んでいた。
「何とか日が暮れる前に街に着けたね」
やって来たのはダムスミリィよりも大きな街。エルザが日暮れ前に着きたいと急いだので、何とか間に合ったのだった。一行は疲れを取るために、先ずは宿屋へと向かうことにする。
「ん、何か書いてあるな」
しかし、レオは街の入り口近くにデカデカと立てられた看板に気付く。周囲を可愛らしく派手に飾られていることから、悪い内容では無さそうだ。近づいたレオがそこに書かれた文章を読んでエルザ達に伝える。
「どうやら、明日レクリエーションをやるらしい」
「へー、どんなの?」
「街中に隠してあるスタンプを探して、シートに押した数を競うみたいだな」
興味を持ったエルザが近付き一緒に看板を見る。細かい点を上げると、隠し場所は二十ヶ所以上あるらしく、一番多く見つけた人には賞品が贈られ、当日飛び入り参加募集中とのことらしい。
看板を頷きながら読んでいたエルザは、腕組みをしながら何事かを考える。
「ふ~ん……面白そうだし、参加してみよっか」
そして、少しばかり悩んでみせた後、周りの面子を見回してそう言った。
反応は当然芳しくない。当然である。直接乗り込むわけではないにしろ、今は魔城近くへと向かう旅の途中であり、普通に考えてそんな事をしている暇はないのだ。
「何を仰っていますの? 確かに今はまだ、そこまで急ぐ旅という訳ではありませんが……」
パーラは怪訝そうに眉を顰めてエルザの真意を探るように見つめる。
だが、エルザが何かを言う前に別の人物が賛同した。
「そうねー、良いかも」
「えっ、ヘルヴィさんまで何を」
賛同したのがヘルヴィということもあってパーラは驚く。それというのも、彼女はどちらかと言えば常識人で、何かしらの理由がないかぎり賛同するとは思えなかったからだ。
レオはエルザと微笑むヘルヴィを見比べたあと、少しばかり驚いているようにも見えるエルザに問いかけた。
「で、何を考えてるんだ」
「いや、別に何ってわけじゃないんだけど。ほら一日ぐらい出発延ばしても問題ないし、賞品ってのも気になるでしょ」
「参加なさるのでしたらお一人でどうぞ」
看板に描かれた賞品という文字を指差すエルザに対し、パーラは「呆れて物も言えない」と小さく首を横に振りながらため息を吐き出す。
しかし、エルザは中々乗ってこないレオとパーラを横目でチラリと見ながら、口角を吊り上げて挑発的に笑う。
「ふーん、チーム分けにして対抗戦しようって考えてたんだけど。私とリリー対パーラと久々に勝負したいレオ、ヘルヴィさんは二人の世話お願いできますか?」
「えぇ、分かったわ」
話し合いを続けるどころか、まだ参加するとも言っていない三人を加えて勝手にチームを分ける。その結果、ヘルヴィがレオとパーラ二人の肩に手を当て、エルザはリリーを自分の方へと抱き寄せた。
「それじゃあ当面は敵同士だし、宿も別々に取ろうっか」
そう言って抱き寄せたリリーを引き摺って、早々に宿屋へと向かうのだった。引き摺られるリリーはレオ達に手を振り、残されたのは去っていくエルザの背中を怪しげに見つめるレオとパーラ、そして頬に手を当てて微笑むヘルヴィ。
二人の姿が完全に見えなくなった頃、パーラがポツリと言葉を漏らす。
「……あの子、あれで気付かれないとでも思っていますの?」
「ボロは出さなかったが、露骨過ぎたな」
レオとパーラがエルザ達の去っていった方向から、意見の合った互いをチラリと見やる。
エルザの目的、それは余り接点のないレオとパーラ、ヘルヴィの三人を少しでも仲良くさせようというものだった。そもそもこの三人は前世の事で一度ぶつかり、その事を多少なりとも心配しているのだ。
リリーに関しては、悲しんでいたものの怒りがレオに向かっていないこと、余り怒るような人物ではないこと、そして魔法陣でレオと接する機会が多いことから、別のチームでも良いと考えたのである。
「でも良い考えだと思うわ。少しでも互いのことを理解しないとね」
「ヘルヴィさんは知ってましたの?」
ゲームに参加しようと二人が連携しているように感じたパーラは、ヘルヴィにそう尋ねるものの、彼女は否定するように笑いながら首を左右に振った。
「ううん。ただ、前立ち寄った街のギルドに張ってあった、この告知を見てたから何かあるのかなって思っただけよ。エルザちゃんは私達全員を知ってるから、橋渡し役をしようとしたのね」
「そうですか……ふぅ、分かりましたわ。ですが、勝負するからには勝ちますわよ」
「当然だ」
エルザの意に副うのは癪なのか、パーラは深くため息を吐き出した後少しばかり鼻息を荒くし、レオも即座に同意を示す。
レオとエルザ、エルザとパーラが似た物同士なら、レオとパーラも似ているのではないか。そう思ったヘルヴィは一人静かに微笑むのだった。
◇
翌日、レオ達は別の宿屋に泊まったエルザ達と合流して、スタンプラリー開始の広場へと向かう。開始時刻まではまだ余裕があるはずだが、広場には既に参加者が来ていて、そこには思っていた以上の人数が集まっている。
雑多な中をきょろきょろと見回せば、何人かで固まって持参した地図を見ているのがほとんどである。レオ達も五人固まっているのでその中の一組だろうが、地図を用意するほど準備はしていなかった。
「えっと、受付はっと」
参加者は多いが広場が埋まるほどではないので、見渡せば直ぐに受付の場所は分かった。
テーブル越しに女性係員に話しかけると、手の平ほどの大きさの区分けされた紙を渡された。シートの上部両端には番号が書かれてある。
「後で賞品と交換しますから、スタンプを押したシートは無くさないようにして下さい。賞品だけでなく、くじ引きもありますよ」
「ありがとうございます」
最後にヘルヴィが登録を終えて暫くすると開会式が始まり、それなりに権威ある大会なのか、簡易なステージには似つかわしくない肩書きの人まで挨拶をしている。そして、司会者の合図と共にスタンプラリーが始まった。
参加者は思い思いのまま、散歩のように話しをしながら歩き始める。勝負をしているとは言え、チーム内での互いの交流の方が大事だと分かっているレオ達も、いきなり走り出すようなことはしなかった。
「私達は街の北側に行ってみるよ」
「なら俺達は南側だな」
「それじゃあ、沢山見つけた方が勝ちってことで……よーい、スタート」
エルザの開始の声と同時に、互いが背を向けて正反対の方向へと歩き出す。
ただ、この時のレオ達は無意味に歩き出したわけではない。一応シートの裏にはヒントのような物が書かれてあり、取りあえずは簡単な物から埋めていく事にしたのだ。
一番最初にやって来たのは、少し強めの風が吹き抜ける小高い丘の麓。
「この『千年前に建てられた自然を利用する建築物』というのは、あちらの風車ということでよろしいのでしょうか?」
「まあ、あの中のどれかだろうな」
「結構あるわね。建てられた年代が違うのかしら」
高台には茶色いレンガ造りで四枚羽根の回る風車が、少しばかり離れた感覚で建てられていた。今も風を受けて羽根を回す物や、壊れているのか止まっているものまで二十機ほどあるだろう。
ただ、ヒントに出ている年代を言われても、この街に着いたばかりの彼らに分かるはずもなく、結局は一機ずつ調べてみる必要があった。
しかし、丘を上っていく途中で何かに気付いたレオが、足を止めて建てられた風車を見回す。
「運営側から考えれば、旅行者が怪我したり風車を壊されたくないから、止めている奴のどれかだと思うんだが……」
「なるほど、確かにその可能性はありますわ」
その意見に賛同したパーラが周りを見渡せば、風車の羽根が止まっているのは三機。その内一機は羽根の一つが完全に壊れていて、一機は小屋は汚れ具合から真新しく思える。
レオ達は残りの一機、年季の入って風車の止まっている小屋へと向かう。そこに人影はおらず、ドアを叩いてみても反応は無い。ただ、ドアノブを回せば鍵は掛かっておらず、静かに扉は開かれた。
中は風車の力で脱穀や製粉する為の臼の他にも、机や椅子が置かれてある。そして、机の上にはスタンプと朱肉が置いてあった。
「どうやらここみたいだな」
「一つ目、頂きましたわ」
「もう何人か来てるみたいね」
スタンプには既にインクが付けられた跡があり、机が汚れないよう置かれた下敷きにも、ずれて失敗したのかインクの擦れてついている。三人がシートに判を押せば、マークは場所によって違うのか、ここのは風車を表しているような十字の文様だった。
そして直ぐに小屋を出る。この街の地理に詳しくないので、出遅れているのは分かりきったことだが、エルザとの勝負に勝ちたいのはもちろん、どうせやるなら優勝を狙いたいからである。
「では次に向かいますわよ」
「一先ずここから下りるか」
三人がスタンプを押して高台を下っていると、一人の老婆が籠を背負って上ってくるのが見えた。風車を使って何か作業をするのだろう、少しずつ休みながら歩いている。
その様子を見て、少しばかり駆け足で下ったパーラが老婆に話しかけた。
「お婆さん、大丈夫ですか? お手伝い致しますわ」
手伝うということはもう一度高台を上るということで、エルザとの勝負を考えればかなりのロスになるだろう。しかし、パーラはそんな事を気にすることなく、老婆と楽しそうに話しをしている。
「爺ちゃん婆ちゃんっ子っぽいな」
カカイ滞在中からもパーラから家族の話題はよく出ていたが、姉妹の次に多かったのは祖父母だった。レオと一緒に二人の許へと向かうヘルヴィは、身体にそぐわない大きな籠を何とか背負おうとするパーラを微笑ましく見つめている。
「前の話しだけど、あの子は両親を亡くして祖父母に育てられたらしいのよ。だから家族が居るのに、喧嘩別れしたエルザちゃんと対立してたのかもしれないわね」
結局、魔法で強化しなければパーラは背負うことは出来ず、レオが代わりに背負って三人は老婆と共にもう一度高台を上っていく。その間、今参加しているスタンプラリーのことを話して、幾つか有益な情報を貰うのだった。
そして、イベントの終了時間。最初の広場にぞろぞろと人が集まり、その中にエルザとリリーの姿もあった。レオ達はそちらへと向かう前に、スタンプを押したシートを係員に渡し、シートの端に描かれた番号の一つを切り取って受け取る。
「お疲れー。どうだった?」
「中々集められたな。名所巡りだと分かってからは、推測や情報集めが楽だったし」
レオの言う通り、スタンプの多くは名所のどこかに隠されていた。その事にはエルザ達も当然気付いていたようで、うんうんと頷いている。
ただ、名所以外を示すようなヒントがある以上、優勝を目指すなら聞き込みなどが重要になってくるのだろう。
「あっ、結果発表が始まるみたい」
エルザが舞台に視線を送れば、司会者が舞台の中央に立ち賞品やらが運び込まれ、参加者や関係者に感謝の言葉を述べている。
そして始まる結果発表。賞品はいろいろと並べてあるが、司会者が発表したのは一番多く見つけられた優勝者だけ。ただ、それはレオ達でもエルザ達でもなく、三人ほどの二十代前半の男性チームだった。
「うーん、残念」
「でも、仕方ありませんわ」
「住人さんの方が優位だものね」
インタビューの内容から優勝者はこの街の住人のようで、地理や交友関係による情報戦には勝てなかったのだ。レオ達は素直に優勝者へと拍手を送る。
しかし、これで勝負が終わったわけではない。優勝は出来なかったが、本題はレオ達とエルザ達が見つけた場所の数である。先に優勝者を発表した以上、司会者が他の順位を発表することはないだろうと踏み、エルザとパーラは火花を散らしながら傍に近寄った。
今のところシートが返ってくるのか分からないので、これから発する数は自己申告でしかないが、二人ともそんなことで相手が嘘をつくとは全く思っていない。ジリジリと歩み寄り、ジリジリとした緊張感が漂う。
「せーの」
「十八っ」
「十六っ」
そして、リリーの掛け声の後で発せられた数には違いがあった。勝者は頬を綻ばせて口を開き、敗者はショックから大きく口を開く。
「勝ちましたわっ」
「負けたぁぁーー」
パーラが両手を握り締め、エルザは思わず空を仰ぎ見る。今回の勝者はレオとパーラ、ヘルヴィの三人組みだった。リリーは優勝者に贈ったのと同じように、彼らを称賛する拍手を送る。
しかし、エルザは何かに気付いたのか、視線を下げてパーラと奥にいるレオの二人を交互に見た。
「よく考えたら、そっち頭使える人が二人も居るじゃんっ」
「そのようなこと。貴女が勝手にチーム分けしたのではありませんか」
「……二人とも、閉会式はまだ続いているのよ。少し静かにしましょうね」
段々と声が大きくなってきていた二人をヘルヴィが諌め、二人は即座に黙って頷く。ヘルヴィはいつもの空気を纏うほど怒っていなかったが、二人が周囲の状況を思い出して自重したからである。
そして閉会式は続き、巨大な紙を舞台上に運び込んで全ての隠し場所を簡単に説明していた。後でシートや賞品と一緒に、小さな紙に書かれた同じ物を手渡すそうだ。
「そして何とっ、毎回隠していましたが発見されない秘密の場所。そこを今回発見された方々が居ました。参加番号五十一、五十二番の方。おめでとうございます、後ほどシート返還時に特別賞を進呈させて頂きますっ」
司会者がわざとらしさすら覚える程、大きなジェスチャーをしながら驚いて見せると、その内容に観衆からざわめきや歓喜の声が沸きあがる。実はこの隠された一ヶ所は、街で真しやかに語られ、都市伝説にまでなりかけた代物だったのだ。
リリーは小首を傾げて自分が持っているシートの切れ端を見ると、そこには五十二と書かれてあった。
「……あ、私とお姉ちゃんだ」
「ふっふっふっ、これって多く見つけたことよりも凄くない?」
「くっ、野生児の勘といったところですわね」
先ほどとは打って変わって、エルザが得意げに笑いパーラが悔しそうに両手を握り締めた。一応最初に決めた通り、勝負はレオ達の勝ちとなったのだが、パーラは素直に勝ちを喜べない決着となったのである。
ただ、レオからすれば勝敗には何の関係も無いのだから、特に気にする必要も無くエルザに勝ちを誇れるのだった。
◇◇◇
レオ達がスタンプラリーで勝負をしていた頃、大陽の巫女であるバネッサ・ハル・セラーノは、三人の仲間と共に旅を続けていた。今は修院との定時連絡を終わらせ、歩みを再開している。
修院から伝えられた情報は、今まで黙っていたのか信憑性を確かめていたのか、一度で聞くにはかなりの量に上った。
「父さんが戦列に復帰したみたいだ」
「まあ、あの人がそのまま離脱するとは思わなかったっすけど」
バネッサは父であるグウィードを尊敬していて、意識不明になったと聞いた時には取り乱したので、戦線復帰は非常に喜ばしいことだった。そんな彼女に賛同するようにフォルカーも頷いているが、二人の表情は喜びに満ち溢れてはいない。
「あぁ、だけど……」
「キルルキさんが」
それはキルルキの生死がまだハッキリせず、生存が絶望的だとの情報も聞いたからである。言葉を詰まらせたバネッサの後で、ピアは沈痛な面持ちで胸元に置いた手を握り締めた。
接点は少なくとも、同じ魔王討伐を目的に旅をしている仲間であり、また自分たちの危険を再認識させるのに十分だった。
「私も彼と話しをした機会は少ししかありませんでしたが、落ち着き冷静に自分の役割を担っているという印象でしたな」
しみじみと語るダルマツィオはマリア達と違い、キルルキを好ましく思っていたようだ。個人の好き嫌い以前に、組織にはそういった役回りの人が必要だと考えているのだろう。だが、フォルカーの意見は反対なのか、少しばかり眉を顰めている。
「へぇ、ちょっとしか話してなかったっすけど、ガチガチに頭が固くて煩くて、俺とは合わないってぇ思いましたよ」
「自分と真逆だと思う人間も、話してみれば案外気が合うかもしれん。……話してみれば、だがの」
ダルマツィオはやり切れなさそうに俯き目蓋を閉じる。一同の間に再び暗く物悲しい空気が流れ、バネッサはそれを換えようとピアに話しかけた。
「そう言えば私の家族も仲良いが、ピアのところも仲が良いんだろ」
「はいなのです。お父様とお母様、お爺様とお婆様、それに姉様とお姉ちゃん。みんな仲良しなのですよ」
誇らしげに笑いながらピアは胸を張る。ただ、それでも小さなその身体は、仲の良い二人の姉と母を見ても将来期待出来そうにないことは、彼女自身がよく分かっていた。
バネッサはピアの頭を撫で、そんな微笑ましい二人を見つめるダルマツィオは、ピアの姉の一人を思い出す。
「ピアの姉君ならばアイナ殿がよく耳に入るの」
「あぁ~、聞きますねぇ。今は国内外でゴタゴタしてて大変みたいっすけど」
そして、フォルカーもアイナの名前は聞き覚えはあったのだが、彼女をそれ程意識していない彼だからこそ、もう一人の姉の方が気になった。
「しっかし『お姉ちゃん』って、嬢ちゃんの実家を考えたら俗っぽい呼び方だな。まだ姐さんを呼ぶみたく、お姉様って呼んだ方が良いんじゃないのか?」
ただそれは人柄などではなく、ピアの呼び方という程度でしかない。突っ込まれたピアも自分でそう感じていたのか、あははと少し困ったように笑っている。
「本人がそう呼ばれたかったみたいで……」
そんな理由に今度はフォルカーだけでなく、バネッサとダルマツィオも俗っぽいと思うのだった。そんな周囲の空気に気付いたのか、ピアは少しばかり焦ったように周りを見回し、パーラの印象を良くしようと口を開く。
「でも、本当にお姉ちゃんが居なかったら、私と姉様は今のように仲良くなっていなかったのですよ」
「えっ、アイナさんと仲悪かったのか?」
ピアから姉妹の話をよく聞いていたバネッサは、初めて聞く話に驚いた。
ただ、そう受け止められるとは思っていなかったのか、ピアの方が逆に驚くと、顔の前で両手をパタパタと振って慌てて否定する。
「いいえっ、そんなこと無いのですっ。姉様は小さい頃から家の為にと勉学や修練に励み、それでいてまだ幼い私にも気を使って下さって。とても優しくてとても立派で、すごくすごく特別な方なんだと思っていました」
普段のピアもアイナを尊敬し賞賛の言葉を並べているが、俯き過去のことを語る彼女からはどこか張り詰めた物を感じた。家族に向けるというには、余りにも遠くの人物に宛てたような雰囲気。
バネッサにも少なからずその気持ちを理解することが出来た。
「尊敬の念が強過ぎたってことか」
ピアにとってのアイナは、バネッサにとってのグウィードなのだ。非常に尊敬しているが故に壁が出来て特別視してしまい、それを壊さないままだと上手く話しも出来ないのである。
過去の失敗例を思い出しているのか、ピアは困ったように笑いながら頷いた。
「はいなのです。姉様のお邪魔になるのではと考えて、ほとんど話せていませんでした。そこでお姉ちゃんが間に入って、三人で一緒にお風呂に入ったり同じベッドで夜更かししながら話したり、とっても楽しかったのです」
嬉しそうに楽しそうに満面の笑みを咲かせるピアは、今もアイナを強く尊敬しているが、相手のことを考えるだけで相手の気持ちを顧みないことを止めたのである。
そして、その尊敬と愛情がもう一人の姉にも向けられていることは、喋っていなくてもバネッサに伝わってきた。
「そっか、大好きなんだな、二人のお姉さんが」
「はいっ、とっても大切で大好きなお姉ちゃん達なのです」
「ふふふっ、ただうちの姉さんも負けてないぞっ」
足を止めて姉談義に花を咲かせる女性二人を、フォルカーは呆れたようにため息を吐き出しながら見つめる。
「シスコンばっかっすねぇ」
「家族仲が良いのはよいことじゃて」
ダルマツィオは笑いながらそう言うが、女性陣の会話は姉妹から両親にまで話が及んでいく。どうやらまだまだ家族自慢は終わりそうも無いらしい。
フォルカーとダルマツィオは道から外れて木陰にどっかりと腰を下ろすと、バネッサ達の声や鳥の囀りを聞きながら大きな欠伸をする。魔王討伐の旅の、ある日の昼下がりである。