第百三話
修院との会談の末、レオとエルザはマリア達と一緒に戦うことを認められた。しかし、それは一緒に旅する事が認められた訳ではない。修院はレオ達を先に向かわせ情報を集める先兵隊として、または魔王軍に対する囮として利用しようとしたのだった。
当然その事は彼らも理解しているが、断ることなく受け入れて再びマリア達と別れ、一足早くダムスミリィから旅立つのだった。
「よおーし、これで全員揃ったね」
先に待っていたヘルヴィに、友人や使用人と別れを済ませたリリーとパーラもやって来て新たな旅の仲間、元巫女の四人に元魔王のレオを加えた五人が揃う。
旅の道中することはある程度決まっているが、今は普通に会話をしながら歩みを進める。前をエルザとパーラとリリーが歩き、後ろからヘルヴィとレオが続く。
「リリーは確か修学遠征中だったんだよね。抜けて大丈夫なの?」
「うん、ダメだけど大丈夫。許可も貰ったから」
「まあ、俺らも同じようなものだしな」
この場に居る全員が学生であり、ギルドの依頼でない以上今は休学中の身である。エルザは参戦してくれる三人を、少しばかり申し訳なさそうに見回す。
「でも皆本当によかったの? 私達に交渉をまとめさせたから、最前線送りになっちゃったんだけど」
「何を仰いますやら。危険が嫌なら、そもそも魔王討伐に同行しておりませんわ」
「それに会談に参加しても結果は同じだったでしょうしね」
二人に同意を示すようにコクリとリリーも頷く。彼女たちも単なる一般人である自分たちが、魔王討伐に加わり融通してもらう為には、それなりの代償を払わなければならないと分かっているのだ。
ヘルヴィは気にしていないと笑ってエルザの背中を軽く叩くけば、少しばかり丸まった彼女の背中がシャンと伸びる。この辺りがリーダーであり、最年長だったヘルヴィの役割なのだろう。
特に何事も無く旅路は進み、昼食を取るために一旦わき道に逸れる。そして、食事も終わり一息ついた頃、四人を見回したレオが口を開いた。
「エルザ以外の巫女も揃ったことだし、魔王について話しておくか」
少しばかり重い口調から、エルザはレオが真実を話すつもりなのだと察する。自分たちは必死なつもりも天界魔界からは茶番な戦いであり、そんな中で死んでいった、と。
その事を聞いたエルザは怒りからレオに当たった。しかも、彼女と違ってヘルヴィ達はレオとの関係がまだ浅いのだ。
「えっと、いいの?」
「言い広めたい訳じゃないが、お前にも話したんだから、他の三人にも伝えておかなきゃ不公平だろ」
もしかしたら戦いや死を冒涜された、と怨まれたり憎まれる可能性もあり、これから旅を始めようとするには余り好ましくないだろう。しかし、だからこそレオは旅の最初に伝えておこうと考えたのである。
レオとエルザが少しばかり深刻な顔つきで会話しているのを、他の三人は不思議そうに見ている。
「三人とも聞いてくれ――」
そして、食後の心休まる会話とはいかない話しが、レオの口から魔王本来の役目、女神本来の立場、そして前回の戦いの真相が語られた。
その内容はいずれも信じ難いことばかりで、話の途中で怒りを表すパーラをエルザが宥めている。宥めるとは言っても、レオを庇っているのではなく、落ち着いて最後まで話を聞こうといった意味合いである。
「……えっと、叩いてもよろしくて?」
レオの話しが終わり、パーラが開口一番に放った言葉である。
「出来れば断りたいんだが」
「私も模擬戦でおもいっきり殴ったから」
あっち、とエルザは少し離れた広場を指差し、彼女たちから苛立ちをぶつけられると予想していたレオも、武器を持って先に進むパーラの後を追った。
この場に残った三人はカップを片手に、試合を始めようとする二人へと身体を向ける。
エルザはあの時のイヴと同じだな、と模擬戦を観賞している自分に複雑な感情を抱いているが、結構楽しみにしている自分がいるのも分かっていた。
例えヘイムと一緒に戦ったとはいえ、あの時は他人に気を使う余裕などなく、パーラの現在の力量が分かると思ったからだ。しかも、パーラは前世での、レオは現世でのライバル関係で、その二人が戦うとなれば湧き上がるものがあるのだろう。
「それにしても驚いたわ」
そんなエルザの隣で、ヘルヴィは一つため息を零しながら紅茶を飲んだ。
一瞬、ヘルヴィが動いたことで身体をビクつかせたエルザだったが、普段彼女が怒った時の重く冷たい雰囲気が出ておらず、疑問に思いながら恐る恐る尋ねた。
「あの、怒ってないんですか?」
「怒っているわよ、物凄く。多分、エルザちゃん達と同じ……あの戦いで手を抜かれたことにね。最後の戦い、私達も必死だったから魔王も本気だったらしいけど、三貴将の人達はそうじゃないのよね」
レオとパーラの試合は既に始まっている。魔法剣士同士らしく、遠近攻撃が入れ替わり立ち代りする流動的な戦いだ。しかも、二人とも相手の動きを考えて次の手を打つ、似たような戦い方をしていたのである。
実力ではパーラがレオを上回っているが、レオが上手く立ち回ることで一方的な試合にはなっていなかった。
そんな二人の試合をヘルヴィは目を細めて真剣に見詰める。
「あの子が本気で戦争を仕掛けてきたら、個の戦いに持っていけたのかしら。そういう意味では完全に手を抜かれているわよね。私相手に」
リリー以外の巫女は、当時「自分こそが最強」と自負していた。そう公言出来るほど厳しい訓練や修練を積み、世界最強と謳われていた巫女になったのだから、当然とも言えるだろう。だからこそ戦いで手を抜かれた事に苛立ちを覚えるのだ。
ヘルヴィがレオとパーラの試合を見る表情は笑顔のはずなのだが、内心で怒りがふつふつと湧き上がってきているのか、三人の周囲を冷たく重い空気が漂い始める。
エルザは空気を換えるためリリーに話を振った。
「り、リリーはどう思った?」
「……人間界に来た理由も黙っていた理由も分かった。けど、やっぱり悲しい」
リリーは俯く。当時の家族や友人などの人間関係が絶たれてしまい、二度と会話をすることが出来なくなったのだ。当然と言えるだろう。
しかし、リリーは顔を上げてエルザとヘルヴィを見詰める。
「でも、私は今ここに生きてるし、お姉ちゃん達にもまた会えたからちょっと、すごく嬉しい」
エルザは照れたように微笑むリリーを抱きしめて頭を撫でる。何故撫でられたのか分からないリリーだったが、取り合えずエルザに身を任せて目を細めるのだった。
そうこうしている間にレオ達の試合に決着がつく。押し込まれる場面もあったが、最後は自力の差もあってパーラが押し勝ったようだ。
そして、決着がついた後で言葉を交わすと、傷らしい傷を負っていない二人が戻ってくる。
「疲れましたわ」
「こっちもだ」
互いに相手の裏を掻こうとしていたので、身体的な物以上に疲れているのかもしれない。
ただ、パーラは怒りから普段以上に釣り上がっていた眦も、いつもの角度にまで戻っている。どうやらエルザ同様、一回戦えばある程度スッキリしたようだ。
「わたくしには及びませんでしたが、レオさんも中々やりますのね」
少しばかり驚いたことを示すように、目を見開いてレオを見詰めている。
ヘイム戦で中級魔法を使った事や身のこなし等で、彼女もレオの強さを大体分かっていたのだが、実際に戦ってみるとそれ以上に厳しい試合だったのである。強いというよりも、戦い方が上手いというのが感想だった。
「でも私はレオに余裕勝ちだったし、パーラってほんと弱くなったねぇ」
そんなパーラをエルザが挑発する。口元を手で隠していても隠し切れない含み笑いは、完全にわざと見せているのだろう。
「な、なんですってぇっ。でしたら次はエルザさんの番ですわ、覚悟なさい」
「良いよ、相手になってあげる。でもさ、パーラ全然鍛えてないだろうから、今の試合だけでも疲れてるよね。何だったら闘気を練らないで戦ってあげようか?」
パーラの剣幕もかわしつつエルザは笑って挑発を続け、そんな二人を見ながらレオは水を飲んで一息を入れる。
「あら、それなら私とレオ君が戦っている間に休むといいわよ」
「……」
しかし、レオの肩にヘルヴィの手が置かれる。別に強く握り締められたわけではないのだが、まるで身体を動かすことが出来ないように固定されてしまったかのようだった。
当然、エルザとパーラがヘルヴィの提案を断るはずもなく、レオの連戦が決まったのである。
まあ、これからを考えれば疲労した中でも戦う必要が出てくるだろうし、彼女たちに負い目も感じている。レオは文句や意見をすることなく、先ほどと同じ場所へと戻るのだった。
「先を越されましたわ」
残念そうに呟くパーラの視線の先で二人の試合が始まる。
今度の戦いは先ほどの物とは違い、魔法なしの剣だけによる戦いが繰り広げられていた。これは薬などで魔力を増やさなければ魔法を使えないヘルヴィに、レオが合わせた形である。
これも一種の手加減と言えるかもしれないが、別にレオは剣を苦手としているわけではない。今もランク上では格上のヘルヴィを相手に、魔法を使うことなく押していた。
今回の旅やリカルドとの訓練で、旅立つ前よりもかなり鍛えられているのだ。
「久々に一対一で勝った気がする」
「魔法使わせられないまま負けちゃったけど、次こそ勝ってみせるわ」
そして結果はレオが優勢なままで終わった。
ヘルヴィの攻撃を受けては流し、いろんな攻撃を引き出させる、レオがリカルドに受けた訓練のような模擬戦だった。もっとも二人の実力がそこまで離れていなかったので、リカルドがやったよりも不恰好で余裕もなかったのだが。
ヘルヴィも本気を出されずに勝てば相手に腹が立つが、自分が負ければその怒りは自身に向かうのだ。パーラほど激情を面に出していなかったが、一応ヘルヴィも納得したようである。
「覚悟はよろしいですわね」
「そっちこそ」
そして、ようやくと言った感じでエルザとパーラが立ち上がると、互いを正面から睨みあって火花を散らす。どちらも視線を逸らすことなく、軽口を叩きあいながら決戦の場へと向かう。
二人と入れ替わるように、レオとヘルヴィがリリーの隣に腰掛ける。
「二人はどんな関係だったんだ?」
「そうねぇ、ライバルかしら。実力も拮抗していて歳も近かったし、事あるごとに対立していたわ。でも――」
レオもある程度分かってはいるが、やはり昔から知る人に聞きたかったのだ。
二人を語るヘルヴィの視線の先では、エルザとパーラが試合前の舌戦を激しく繰り広げている。
「やっぱり仲が良いわよね」
しかし、遠目に見えるその表情は、楽しそうに笑っているように見えるのだった。ヘルヴィの言葉にレオとリリーは素直に頷く。
そして、二人の試合が始まる。
今回の試合は力の差が歴然と出た試合だった。エルザが縦横無尽に動き回って、パーラが反撃する余裕すら与えず上下左右から攻撃を繰り出し、完全に圧倒していたのである。
パーラもエルザの初動には反応出来た、続く流れも経験や勘で身体を動かせた。しかし、そこまでである。
以前のエルザと同じ、反応に身体が追いついていないのだ。意識はエルザを追いかけていても、腕が顔が視線が追いつかない。その結果、数回はエルザの猛攻を防げていても、遂には背中に体当たりを喰らって吹き飛ばされてしまう。
パーティーの中でトップ二人の試合は、一番早くに勝負が着いた。このまま戦っても意味が無いと、パーラが負けを認めたのである。
「この借りは必ず、必ず……」
「今のままじゃ、何回戦っても無理だねー」
そして二人が戻ってくる。動き回っていないパーラの方が疲労困憊のようで、エルザは清々しく高笑いをする余裕すらあった。
「やっぱり仲が良いな」
「えぇ、本当に」
二人に同意するようにリリーも頷く。
エルザがあそこまで力の差を見せ付けたのも、結局は今のパーラに歯痒い思いをさせることで、同じレベルにまで来て欲しかったからだった。まあ、本人がそこまで考えているか、考えていても否定するかもしれないが。
帰ってきた二人は何故か微笑ましい眼差しを送られて、不可思議そうに小首を傾げるのだった。
「これで私達は終わったけど、リリーも誰かと戦ってみる?」
この中で戦っていないのは純粋な魔術師であるリリーだけ。魔術師に一対一は向いていないが、実力さえ有ればそれは意味を成さない。リリーも夢練印を使えば、下手な前衛など圧倒出来るだろう。
リリーは戦うかどうかと尋ねられ、他の面子を見る。実力的に同レベルと戦うのなら、相手はレオかヘルヴィになるだろう。
「……いい」
しかし、リリーは少しだけ考えてフルフルと首を左右に振った。
これは戦うのが嫌だからという理由ではなく、レオとヘルヴィはこれまでに二戦していて疲労の色が隠せておらず、戦うのは厳しいと感じたからだった。
模擬戦はこれから旅を続けていけば出来るのだ、別に今日急いで行う必要はない。エルザは一先ず全員の模擬戦を見た上で、リリー自身はどれ程の力量だと思っているのか尋ねてみた。
「夢練印を使ったら……パーラ、ちゃんには勝てる」
「ちゃん付けっ」
「使わなかったら……レオには勝てない、と思う」
「あっ、私には勝てるのね」
前世からヘルヴィには『ちゃん』付けだったので気にしてなかったが、リリーに初めて言われてパーラは驚く。可愛い、と内心嫌いではないのだが。そしてヘルヴィは「分かっていたけど」と、自分の弱さに物悲しく肩を落とす。
内心は正反対なショックを受ける二人に対し、エルザはパーラを無視してヘルヴィだけをフォローする。
「ヘルヴィさんは貰った魔力の回復薬でも飲んで、昔みたいに戦えば良いじゃないですか。エリクサーもどきを使えば、あの時のイーリスさん並みの魔力なんですよね」
「それも手なんだけど、譲ってもらったエリクサーはあれ一本しか無いから。誰かが怪我した時のことも考えて、私が使うこと前提で考えちゃダメよ」
手っ取り早くヘルヴィを戦列に加える方法は、魔力の量を上げさせればいいのだが、エルザの提案をヘルヴィが窘める。
レオ達はダムスミリィから旅立つ前に、マリア達の為に用意された回復薬から、幾つか分けてもらっていたのだ。当然、巫女が使うのだから何れも一級品で、レオ達の所持金では到底払えない金額だろう。
しかし、けち臭いところを見せたくないのか、余り気にしていないのか、修院からお金の請求はなかったのである。
「あとリリーは基礎能力がレオより高いけど、レオが相手に合わせて戦い方を変えるから、負ける可能性があるってことかな」
「うん、戦い方が上手」
リリーはこくりと頷く。真正面から魔法の打ち合いや押し合いなら、リリーに分があるのだろうが、戦いとなればレオに分がありそうとのことらしい。
これでメンバー個別の強さが分かった。リリーは戦っていないが、他の面子から見ても同じ意見なので違いはないだろう。
そして、戦ってみて浮き彫りになった問題、というよりも初めから分かっていた事を再認識する。
「私達ってちょっと弱いよね」
「エルザなら相応、パーラでももう少しってところか」
それはこれから魔王城の最前線という場所に向かうのに、自分たちの実力が相応しくないということだった。
全員が今のエルザと同じ位強くなれるのが理想なのだが、短期間でそこまで成長することは難しいだろう。
「ですが何もしない訳にはいきませんわ」
「そうね、私も剣だけで自分の身は護れる位になっておかないと」
「私も頑張る」
パーラ達に加え、レオとエルザも改めて強くなることを決意した。
その為にはどこを鍛えていくのかが重要になってくるが、ゆっくりと全てを鍛えるには時間が足りない。しかし、彼女たちがその事で悩むようなことはなかった。
「今から魔力の底上げをしても意味無さそうよね。簡単な魔法ぐらい覚えておこうかしら」
「戦える前衛がエルザさん一人では心許ないですわ。わたくしも前に出たほうが安定しますわよね」
「うん、その方が落ち着く。私は魔力の量とあの魔法陣を小さくしてみる」
それぞれ自分に足りないものやパーティーで必要な役割を考えて、優先に鍛えるものを決めていく。前世で鍛え抜かれた元巫女だけに、必要な物をすんなりと決めることが出来たのだ。
そしてリリーが魔法陣に触れたことで、エルザは真剣な眼差しを彼女に向ける。
「お願いねリリー。前回は無理だったけど、敵と一緒に自爆なんてする気は無いから……って、レオが助けになるかもしれないんだった」
「まあ、力になれるかは分からないが、魔族が使う魔法陣の観点から協力出来るぞ」
「本当っ」
魔族という全く新しい方向から魔法陣を作れると知り、リリーは嬉しそうに瞳を輝かせると、レオの裾を摘んで早速魔法陣の作成に取り掛かろうとする。パーラの武具製作と同じように、リリーは魔法陣製作が趣味なのだ。
しかし、それを止めたのはヘルヴィだった。
「それは夜にでもね。今は旅を続けないと」
魔法陣を作るには図面を描いたり、文字を書き留める必要があるので、歩きながらだと周囲への警戒が疎かになってしまう。
リリーは今直ぐ始められない事で残念そうに俯くが、理由にも納得しているのでそのまま頷いた。
「それじゃあ、軽く整地してから出発するとしますか」
エルザの掛け声に全員が立ち上がり、先ほど戦って荒れた場所へと向かう。こうして元巫女と元魔王一行の旅は始まったのである。