表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Elsaleo ~世界を巡る風~  作者: 馬鷹
第八章 『再会と旅立ち』
101/120

第百話



 エルザ達と別れたレオは、一人街中を駆け抜けていた。闘技場や街の入り口近くの人は避難していたが、全ての住人が完全に逃げられるはずもなく、辺りからは逃げ遅れた人の悲鳴や苦痛の声が聞こえている。

 そんな中でレオに与えられた役割は三つ。


「おい、大丈夫か」

「あ、あぁ、何とか」


 一つ目は逃げ遅れた人を助けて、避難を手伝うこと。

 足を引き摺る男にレオが話しかければ、転んだ拍子に足首を挫いてしまったらしい。だがレオは回復魔法を使えない。パーラの家から持ってきた包帯で足首を固め、近くに生えていた木の枝を切り落とし、杖として使わせる。


「まだ戦いは終わってないみたいだ、早く街の外に避難を」

「分かった。あんたは?」

「俺はまだやることがある。それよりも、途中で逃げ遅れてる人を見かけたら、貴方も助けてやってくれ」


 レオは男と別れると、パーラから聞いていた場所へとやってくる。闘技場から離れていても、建物が崩れたり飛んできた瓦礫で道が塞がれていたが、どうやら目的の場所は無事だったようだ。

 安堵したレオは二つ目の目的を達せられる建物の中に入っていった。


「いらっしゃい」


 出迎えたのはカウンターの奥で座ってのんびりと新聞を読んでいる、皺くちゃな顔に眼鏡を掛けた白髪の老人だった。まだ避難していなかったことにレオは驚く。


「避難されてなかったのですか?」

「怪我した奴が来るかもしれんからの。それにマリア様が戦っておられるんだ。ワシだけ避難する訳にもいかん」


 新聞を折りたたんでカウンターに置くと、眼鏡を外しながらカラカラと笑う。

 人が居た事は予想外だが、やることは変わらない。レオは姿勢を正すと表情を引き締め、老人に対して軽く頭を下げた。


「マリア様の補佐をさせて頂いている、レオ・テスティと申します」


 そして懐から取り出したのは、他巫女の協力を取り付けやすくする為にマリアが書いた書状。封筒の外側には当然マリアのサインが入っている。


「はっなぁっ、ま、マリア様の遣いの方が何の御用でしょうか」


 予想もしない人物からの遣いが来て、老店主は驚き座っていた椅子から立ち上がり、サインをマジマジと見つめる。レオは時間も無いので即座に用件を切り出した。


「戦闘が長引いているマリア様方の為に、傷や魔力の回復薬、戦闘で使える道具をお届けしたいのです。生憎と今は持ち合わせが有りませんので、使用した道具の料金は後から届けさせます。どうかご協力をお願いします」


 自分で言っていながら、レオは胡散臭さを感じていた。

 街が襲われている最中、十代の若造が巫女からの遣いで来たと言っているのだ。偽造防止付きで、偽造すれば重罪となる巫女のサインがあっても、信用されるかどうかは別問題である。


 しかし、老店主はレオの安い身形を見た後、瞳を覗き込むように見てゆっくりと頷く。


「分かりまんした。ウチの商品で良ければ、使ってやってください」

「有り難うございます。では、両手で抱えられる程度の箱に、回復薬をお願いします。空きが出来そうでしたら、隙間にそれ以外の物を」


 レオと老店主は協力して箱に品物を詰めていく。回復薬だけでも丸薬や塗り薬、瓶入りの物などは割れないよう詰め物をする。箱一つでも重量はかなりのもので、この店では二箱の物資が集まった。


 レオは身体を強化して急いで店の外に箱を運び出す。


「お金は必ず支払いますので」

「いんや、マリア様の助けになるのなら、お金なんぞ受け取れません」

「お気持ちはありがたいのですが……後ほど上申してみます」


 巫女という立場上いろいろあるのは想像に難くなく、唯で貰っていいのかレオには判断出来ないので、後回しということにするのだった。

 そして協力してくれた老店主に礼を告げると、箱の一つを抱える。だが、もう一つは地面に置かれたまま。


「私もお手伝いしましょうか?」


 効率も考えて手伝いを申し出た老店主だったが、レオはそれを断った。その必要が無いからだ。


 レオが箱を頭の近くにまで掲げると、一言二言小声で話してから両手を離す。すると箱は浮かんだまま、どこかへと移動を開始したのである。

 実は事前にシルフィンスをヘルヴィに掛けていて、精霊に頼めば繋がっている先まで運んでくれるのだ。もう一つの箱も抱えて同じことを繰り返す。


「それでは私は他の店も回ります。ご協力有り難うございました。ただ、ここが戦場になる可能性もありますので、出来れば避難して頂きたいのですが」

「……分かりまんした。変な意地張ってマリア様の足を引っ張るわけにもいきません」


 老店主はレオから視線を外し、自分の店を横目でチラリと見る。そして、レオに視線を戻すと深く頷いた。

 同意してくれたことにレオは胸を撫で下ろし、三つ目の役割の合図が来るまで街中を走り薬を集めて回るのだった。




 ◇◇◇




 マリア達が逃げ出さない選択をした以上、エルザも一緒にヘイムと戦うことを選ぶ。当然、家族との思い出のあるパーラ、級友が街にいるリリーも同じく気合が入っている。

 元巫女三人を加えたことで、前衛はエルザとグウィードの二枚が揃い、前はもちろん後ろにも安全が増す。そして、普段は中衛として戦うパーラだが、今回は後衛のマリアの傍に陣取るのだった。


「何か手はありますの?」

「はい、結晶を」


 ヘイムに聞かれないよう若干抑え目の声だが、二人の会話は近くにいるタウノとリリーにも聞こえている。

 パーラがヘイムの胸元に視線を送れば、直ぐにマリアの言いたいことが分かった。魔力の結晶という珍しい物に驚きながらも、その後に出たのは攻め手を見つけられた喜びより、事の難しさに歪ませた表情だった。


「なるほど、ならその後の処置も考える必要がありますわね」


 小さな結晶でもかなりの威力、それが巨体の胸元を隠すほどにあればどれだけの威力になるのか。街に被害を広めないためにも、爆発させた後の事を考える必要があったのだ。

 その間タウノが上級魔法、リリーが中級魔法をヘイムに放つが、タウノのは巨剣で切られ、リリーのは拳一発で拡散させられてしまう。


「リリー、貴方は残りの魔力が少ないのだから、余り使い過ぎないように。どうしても必要だと判断した場合は任せますわ」


 リリーは素直にコクリと頷く。魔柱から身を護った時の魔法陣連発で、彼女の魔力は減ってしまっているのだ。

 もちろん、何かあった時に備えて戦場に出ていて、数回程度なら魔法や魔法陣を発動させることも出来るが、今はレオが集めている回復薬を待っている状態である。


 後衛は魔法によって前衛を援護しているが、そんな中でもパーラの声は自然と耳に入ってきて、不思議と言葉に力を感じさせた。それ以外にも見た目に気品があり、自己紹介でピアの姉、アイナの妹だと分かったこともあって、マリア達が無下に扱うことはなかったのである。


「ところで、結晶を誘爆させるのにどれほどの威力が必要か、ご存知の方はおられますの?」

「私も知りません。存在自体が伝説のような物ですし、上級魔法を叩き込めば何とかなるとは思いますけど……」


 マリアは静かに首を左右に振り、タウノも同じく知らないと告げる。結晶は歴史上でも余りに数が少なく、尋ねたパーラとリリーすら知らないほどである。当然、魔法に余り興味の無いエルザとグウィードも知らないだろう。


「一撃、入れてみる?」

「そうですわね。一応、一回で終わらせるつもりで。そして、爆発が始まったら敵の周りに結界を張って、周囲への被害を防ぎましょう」

「僕らも攻撃していますが、そう簡単には入りませんよ」

「えぇ、それは知っています。ですので奇襲、その一回で終わらせるつもりでいきますわよ」


 パーラが微笑みを浮かべて見つめるのは、無表情に見えて両手を胸元で握り締め、気合の入った瞳で頷くリリー。全てを伝えずとも伝わり、彼女が今も使えると分かったことに安堵し、パーラは作戦をマリアに伝える。


「レオさんからの物資が届き次第、始めますわ。それまでは前衛を援護しつつ、今使える放出系の魔法の中で、最大威力の物を考えておいて下さいまし。マリアさんには、爆発の拡大を防ぐ役割をお任せしたいのですが」


 奇襲によって最大威力をぶつけ結晶を誘爆させる、という作戦自体はマリア達も考えていたことで、特に可笑しな点がない以上承諾した。マリアが補助に回るという点も、自分たちや街を護る必要がある以上、外せない役割なのだ。


 そして、レオからの物資が届いたのを知らせたのは、剣を置いてきた代わりに、両手に回復薬の詰まった箱を持ってきたヘルヴィだった。彼女は魔力過多という前世の経験から、イーリスを避難させた後も様子を診ていたのである。

 この回復薬はリリーもだが、連戦で道具を消費しているマリア達にとっても有り難かった。


「イーリスさん、あまり容体が良くないわ。私の気付けも気休め程度にしかならないし、早めに治療を行わないと」


 ヘルヴィは普段のおっとりとして柔和な物腰を引き締め、口調も口早である。それはイーリスの容体が良くないからというよりも、戦場に居ることで自然と引き締められたことによる物だった。


 そして、リリーの魔力が回復されたことで、作戦は実行に移る。


「お姉ちゃんっ」


 エルザとは事前に有る程度の取り決めがある。リリーが呼んだだけで全て理解したエルザは、頷いてみせて即座にヘイムとの戦いに戻り、グウィードと交差する僅かな間で言葉を交わす。


 その間、後衛組みは魔法の詠唱に入り、リリーは意識を集中するように目蓋を閉じた。耳には三人の謳うような詠唱が届き、その中でも一番長いタウノの最上級魔法の詠唱が末尾を迎える。


「……っ」


 それと同時にリリーは目蓋を開き空を見つめる。たったそれだけで空には巨大で緻密な魔法陣が描かれ、簡易ではない完全なる破邪の結界が発動、辺り一面を取り囲む。

 詠唱を続けるタウノは気付いていないが、既に詠唱を終えて待機していたマリアは今起こった事実に驚愕する。同じことが出来たのは歴史上ただ一人、神子ヨハナ・ワイズ・ケンプフェルだけだったのだから。


「ハアアアァァァーー」


 結界が発動するのと同時に、エルザとグウィードはヘイムの足を止める為に衝撃波を放ち、マリア達が居る方向へと下がった。破邪の結界は勝負を決めに行くので、敵から離れて後衛の守備について欲しいという取り決めである。

 レオにもそれは伝えられていて、空が見える場所なら作戦開始時が分かるのだ。レオは必要となるか分からないが、三つ目の役割を行うべく行動を開始していた。


 そして、タウノの詠唱が終わり、パーラと視線を合わせてタイミングを合わせ、渾身の一撃を発動させる。


「ウォレンライルロップ」

「ニックヴォード」


 タウノの両手から放たれたのは、急流をそのまま出現させたかの如く非常に荒々しい大量の水。今までのように球体や龍など、綺麗な形を保っておらず、全てを押し流すだけの荒々しいまでの水の流れ。

 パーラの両手からは火の鳥が羽ばたく。タウノの魔法と並んで飛べば非常に小さく、たちまち炎が消されてしまいそうに思える。だが、ニックヴォードは上級魔法であり、そう思わせるほどタウノの放った魔法が非常に強力だったのだ。


「ちょっ、水で汚れる」


 二つの魔法が宙を駆けヘイムに向かうが、ヘイムは衝撃波を切り払って直ぐにその場から移動した。自分がやられる等とは微塵も思わず、胸の結晶が汚れるのが嫌だったからだ。


 タウノもそんな事は予想済みだった。だからこそ、左右の手から流れ出る水の勢いを変えて、追尾させようとしたのだが、それは突然に現れた。


「――なっ」

「そのまま力の限り押し進めて下さいましっ」


 それは魔法陣。二つの魔法の行く手を阻むかのように空中に現れ、ぶつかった瞬間に魔法は消える。掻き消されたのではなく、まるで底なしの桶に飲み込まれていくかのように。


「何を――」


 それは一瞬の出来事。魔法が現れたのはヘイムの真正面、新たに出現した魔法陣から勢いそのままに飛び出してきたのである。


 ヘイムが二つの魔法に起こった疑問を口に出した次の瞬間には、消えたはずの火鳥が胸にぶつかり、大量の水に飲み込まれてしまう。

 水は留まることを知らず我先にと進み、大きな瓦礫の山にぶつかり地面を抉り、地中深くにヘイムの身体を沈める。地面にポッカリと空いた巨大な穴には、ヘイムを襲った水がそのまま溜まった。


「爆発は起こらないか」

「結晶のことは知っていたが、どんだけ硬いんだ」


 前衛の二人は後衛の攻撃方法や威力よりも、結晶を誘爆させられなかった事に驚く。

 そして、間を置くことなく水中からヘイムが飛び出して来た。


「けはははは、面白いなぁ楽しいなぁ」


 水に濡れた前髪を、両手で後方へと掻き上げて水を切るヘイムの表情は、楽しそうでありながら眼差しが鋭く獰猛になっていた。怒りや苛立ちからではなく、純粋に戦う気になったというのが正しいだろう。

 そして、ヘイムの胸には当初と変わらず、傷一つ無い綺麗なままの結晶が輝いている。


「そんなっ、無防備に喰らったのに、倒せない所か傷らしい傷も負っていないなんて」


 結晶の誘爆どころか、本体のヘイムも深い傷を負っていない。補助魔法などはまだしも、攻撃魔法にだけはかなりの自負があったタウノはショックを受ける。

 しかし、いつまでも引き摺るようなことはしない。タウノは即座に頭を切り替えると、先ほど魔法陣を発動させたリリーに眼差しを送った。


「貴方が夢練印を使えるというのなら、魔法を圧縮させることは出来ますか?」


 コクリと頷いてみせたリリーも、次善の手として考えていたのだ。


 術者が魔法を発動させた時に威力を高めようと考えた時、それだけで魔法はある程度密集して圧縮されている。それを魔法陣によって更に圧縮するのだ。これを使用したヨハナの中級魔法は、上級魔法ほどの強度を誇ったとされている。


「でも、同時に跳ばすのは無理」

「真正面からの力技ですね」


 魔法を圧縮し壊れにくくしたところで、避けられたり押し負けてしまえば、それで終わりなのだ。


「ヘイムに当てる方法か……」


 結晶が爆発した時の被害を抑えるために待機していたマリアは、既に戦いを再開している前衛の二人の援護に戻っていた。彼女の視線の先にはグウィードとエルザを相手に動き回るヘイムの姿。

 魔法によるダメージを受ける心配はして無いが、結晶が壊れたり汚れるのを気にしてるのだろう。少しばかり後衛にも気を配っていた。


 このままでは止まりそうもなく、前衛にもう一枚、手が必要になる。そう判断して実行に移せるのは、この場で一人しか居なかった。


「……わたくしが前に出ます」

「危ないよ」


 心配そうに眉を顰めるリリーは、常に回復薬を片手に魔力を補給し続けていた。魔法陣が発動している限り、魔力を消費し続けているからだ。

 そんな彼女が心配する最大の理由は、やはり前世よりも劣る今の実力。離れた場所から魔法だけならまだしも、接近戦となれば確実にその差が出てくるだろう。


 だが、無理をしなければ勝てない相手である。


「ただ、先ほどは二人掛りで結晶に傷を付けられませんでした。僕一人で誘爆させられるかどうか」


 タウノの役割は一番重要な止めの一撃。重職に就いている彼でもプレッシャーを感じるのだろう。ましてや自分よりも強いと思っているキルルキが、命を掛けて戦っても負けた相手である。


「タウノさん、大丈夫だよ。私信じてる」


 そんな彼に話しかけたのは、揺るがない眼差しを真正面から送るマリアだった。前衛の援護の手を止め、タウノの傍に近寄る。


「それに一人何かじゃない。私やグウィードさん、エルザさんに皆さん。そして……キルルキさんも、皆が皆で戦ってる、一人じゃない。私たちの成果をあいつに見せつけてあげて」


 一度も逸らさない眼差しには、説得させるという気は見られなかった。ただ信じている。それだけの信頼を向けられ、タウノは自らを奮い起こすと、静かに力強く頷くのだった。




 後衛の攻撃失敗、それを悟ったエルザとグウィードは直ぐにヘイムとの戦いを再開していた。鍔迫り合いを続けるグウィードの背後からエルザが抜け出し、ヘイムの横っ腹を蹴りつける。


 だが、大木のように確りと地面に張り付いたヘイムの身体は、闘気を高めてエルザが本気で蹴ったにも関わらず、ピクリとすら揺らぐことは無かったのだ。


「くっ、何だってのっ」

「苦戦しているようですわね、エルザさん」

「うっさいっ」


 背後から聞こえてきた声に、エルザは振り向かないで悪態をつく。そこに居たのは刀身に溝のある剣を両手に持ったパーラだった。場違いなヒラヒラとした服装に幼い見た目、迷子の子供かとも思わせる。


 だが、当然そんなことはない。

 パーラはエルザと反対側に回り込むと、二つの剣を平行に揃えてヘイムの横っ腹に切りかかった。しかし、それも効果は見られない。パーラの力の無さもあり、両剣は腹で受け止められたまま。


「では、これならどうですのっ。【炎延と燃えよ】」


 上の剣を下ろして下の剣と刀身と鍔を合わせ、パーラが短いワードを発すると、二つの剣が燃え盛りそのままヘイムの横を抜ける。そして背後に回りながら、先ほどとは違う溝の位置で刀身を合わせた。


「【渦成し翔けろ】」


 今度は渦を成した風が剣先からヘイムの背中に向かって襲い掛かる。

 だが、ヘイムはどちらも堪えた様子は見られない。眼前でやり合うグウィードと後方の魔法だけを気にしているようだった。


「何かリィズを二本に分けたような、面倒そうな武器ね」


 一旦ヘイムから距離を取ったパーラに話しかけたのは、彼女の両手に持つ剣を呆れた眼差しで見つめるエルザ。

 リィズは剣全体に術印を描き、色々と付いているパーツを細かく調節することで術印の形を変え、幾つもの魔法をワードで扱えるようにした武器だった。それを戦闘中、接近戦だろうと素早く切り替えながら、クラリサは戦っていたのである。


「この体格ですと、あの大きさの武器は扱えませんし、リィズに使用した程の素材はそう簡単に集まりませんもの。いろいろと試行錯誤をしてますのよ」


 そう言って魔力の回復薬を飲み込むが、薬の苦さに顔を顰める。


「私らは無視してても問題ないって感じかな」

「でしたらやる事は決まってますわ」

「同感、むしろ好都合ってね」


 二人はこの後の流れを確認して別れる。パーラはそのままヘイムの背後を取るように移動し、エルザはヘイムの正面から打ち合いを続けるグウィードの背後へ。その背中に手を合わせ、グウィードにだけ聞き取れるほどの小声で呟く。


 その間、パーラは双剣の片方ずつの鍔を噛み合わせ、ハの字になるよう地面に突き刺し、刀身が繋がるよう半円形の線をつま先で描く。そして、懐から三つの小さな魔玉を特定の場所に並べると、詠唱を行いながらエルザ、グウィードと視線を交えた。


「……ッ」


 それを受けてエルザが動く。先ずは効いてはいないが、先ほどと同じように横に回って一撃を繰り出す。これは進路を限定させるためのもので、グウィードと二人でパーラの陣取った方向へと向かわせるのだ。押し込めるのではなく、左右に移動しながら誘導する形。


 エルザはグウィードの背中を叩いて、仕掛ける合図を送りながら後方へと跳び下がった。そして、反動を付けて一気に加速。開いた手の平をグウィードの背中に強く叩きつける。狙いは後押しではなく、闘気によるヘイムへの攻撃。


「おわっ、なにっ」


 闘気はグウィードの身体を抜けて、鍔迫り合いを続けているヘイムの上半身を押す。それによって完全に押し出すことは無理だが、予期していない一撃と驚きから、一瞬の隙が生まれる。そしてそれを見逃すグウィードではない。


「おおおぉぉりゃあああぁぁぁぁーーーー」

「うおっ、おっ、お? っておおおぉぉぉぉ」


 そのまま致命傷を負わせることは無理でも、二人で押し出すこと位は出来る。ヘイムの後方は先ほどまで平らだったはずが、いつの間にかすり鉢状になっていて、押し出されたヘイムはその勢いのまま急な坂道を下る。

 そして中心部分にいるのは、この地形になった要因、周囲の土や岩を集めて作られたゴーレム。


「おぉ、デカイな。だけど、それだけじゃ――」


 ゴーレムはヘイムの脇の下から両腕を通し、ガッチリと掴み上げるが、それに苦しむ様子すら見せずヘイムはせせら笑う。

 しかし、パーラからすれば、ゴーレムの感想を好きに語ってくれて良い、脆いなどと哂って壊してくれても良い。一瞬の足止めさえ出来ればそれで良いのだ。


 エルザとイーリスを抱えたグウィードがヘイムから離れる。

 ここでレオの三つ目の役割。それはエルザ達全員にシルフィンスを掛け、緊急性があれば使用して補助するというもの。エルザの思っていた通り、身体が引っ張られる感覚で通常よりも早く移動することが出来た。


「これならあぁぁっ」


 タウノの放ったウォレンライルロップは彼の前にある巨大な魔法陣を通過し、捻られながら小さく圧縮されていく。大きさは通過する前の八分の一ほど。

 そして、エルザ達三人の横を駆け抜け、地面を抉り、すり鉢状にへこんでいる中央のヘイムに到達。ゴーレムを見上げるヘイムの胸に輝く結晶に接触した。


「なぁっ、傷が付くだろっ」


 だが、結晶は壊れない。ゴーレムごとヘイムを押し出し、地面に叩きつけているのにも係わらずだ。

 ヘイムは左手でゴーレムの腕を吹き飛ばして拘束を抜け出し、そのまま射線上に手をかざして防ぐ。しかし、水の押し出す力は強く、ゴーレムは土の壁に埋もれながらボロボロと壊れだす。


「このままじゃ離れちゃう」


 今の勢いのまま攻防が続けば、壁となっている地面が耐え切れず掻き分けられ、ヘイムが遠くに飛ばされてしまうだろう。そうなれば完全に威力が乗り切らないと判断したマリアは、結晶が誘爆した時の結界をヘイムの後方に先に張ることにした。


「くはっ、重い」


 奥歯をかみ締めながらも笑うヘイムは、自由になった右手も左手に添える。

 そして、曲げられた肘を力強く押し返していく。だが、それによって腕への付加が強まったのか、止め処なく突き進む水が遂にヘイムの両手をへし折り、そのまま結晶に再度ぶつかって――


 ピシッ


 かすかな音と共にかすかな亀裂が入り、圧縮されていた膨大な魔力が溢れ出す。


 それと同時にマリアはヘイムの背後に発動していた結界を、そのまま射線以外の場所を囲むように展開。その形は天井のない円柱。キルルキと同じく、威力を誰も居ない空へと向ける算段である。

 タウノとリリーは、爆発が自分たちに向かって来るのを抑えるため魔法を放ち続け、彼らの許に戻ったエルザとパーラは防御壁の作成を行う。余り得意分野ではないエルザだが、無いよりもマシといったところだろう。

 最後にグウィードは五人の前に立ち、自身が壁になるように大剣を横に構えて気を高めた。


 そして、外へ広がろうとする魔力と、タウノによって形成された魔力とマナの結合物質が激しくぶつかり合い、原初の破壊を生み出す。

 最初の小さな爆発でマリアの結界の範囲を無理やり広げ、二度目の爆発で地面を引っくり返し、雲を貫いて天を切り裂く。


 その威力に耐え切れず結界は崩壊。エルザ達が補助していた防御壁など、何の意味も無いかのように簡単に崩され、衝撃はグウィードの気の壁ごとマリア達を吹き飛ばしたのだった。






 エルザは砂埃のついた頭を振りながら起き上がる。近くには他の面子が居て、起き上がり周囲を見回していることから全員無事だと分かった。


「ごほっごほっ、凄い威力だったね」


 辺り一面から建物はもちろん瓦礫すら無くなり、家が十数件は入りそうな巨大な穴が開いている。底は暗くて見えないほど深く、時折稲妻が走り周囲を照らすが、それでもまだ奥は見えていない。


「マリア、大丈夫?」


 既に起き上がり爆発によって出来た大穴と、変形した雲のある空を眺めるマリアにエルザは近付く。

 しかし、マリアは答えるどころかエルザに振り向くことなく、視線は空に向けられたまま何事か呟いている。そして、両手をかざして魔法を発動させた。


「えっ、なにっ」


 その瞬間、光の閃光が彼女たちの後方に突き刺さり、そのまま地面を深々と貫いていく。もしマリアが魔法を発動させ、光剣の軌道を変えていなかったら、誰かが貫かれていたのだろう。

 天空から地上へ一直線に伸びる光剣。見覚えは無いが殺傷能力の高い一撃に、エルザが驚いて空を見上げれば、雲の遥か上から左手に巨剣を持って構えるヘイムの姿。


「うおっ、バランスが取り難いぜ」


 そして、徐々に高度を落としてくると容姿がハッキリと見え、その変わりように再び驚く。それは右半身、腕や胸から脇腹までが吹き飛んでいるからではない。

 口が裂けて鼻と共に大きく前に突き出し、頭から生える二本の角は先端を分けて大きく広がり、腕や足や尻尾など身体全体が大きく膨らむ。人型というよりも竜の姿に近くなっていたからだ。


「……リリーさん、もう一度お願いします」


 膝に手を置いてゆっくりと起き上がったリリーは、マリアの言葉に無言で頷く。既に破邪の結界は先ほどの爆発で壊れ、再び張り直すだけの力は残っていない。


 地上に降りたヘイムは空を見上げて大きく口を開くと、左手に持った巨剣を口の中に押し込んだ。確実にヘイムの身体よりも大きな剣だが、光の粒子となって彼の体内へと入り込み、口内に光の玉が発生する。


 その間、マリア達も詠唱を続ける。魔法が使える人はマリアを中心に固まり、最後尾にリリー。グウィードは射線から少しずれた一番前、呼吸を整え気を高めて大剣を構える。


 対するヘイムも腰を落とし、開いた口にある光が強く輝きを増す。準備は整ったということなのだろう。頭部や様々な場所から血を流しながらも、楽しそうにニヤリと笑って鋭い歯を覗かせた。


「行きますっ」


 マリアの掛け声と共に、マリア、タウノ、エルザ、パーラの放つ魔法が、リリーの魔法陣を通過。それらを一纏めにして放出し、その横を沿うようにグウィードの衝撃波が大地を駆ける。


 両者の丁度中間でそれぞれが全てを賭けた一撃がぶつかった。威力はほとんど同じ……いや、ヘイムの方が上。拮抗していたのは最初だけで、じわりじわりと押し返されてしまっているのだ。


「くっ、あんな身体のどこにっ」


 パーラが思わず毒づく。元巫女としての意地、プライド。そんな物が何の役に立たないほど、全盛期からは程遠い自分の力に怒りを感じるものの、それを力に変えたところで結果は同じ。

 六人はヘイム一人に押されていた。




 ◇◇◇




 闇の中、イーリスは自身の過去の記録を見ていた。幼少の覚えていない記憶まであり、多少恥ずかしさは感じるが、久し振りに見た両親に胸が温かくなり、映像が終わった後も気恥ずかしさが残っている。


 しかし、終わったと思われた映像が再び砂嵐を巻き起こし、再生を始めた。


「何だ?」


 赤子以前となれば胎児、それを見てもと思ったイーリスだが、映ったのは大型な映像投影した場所。人が沢山集まり、ざわめきが起こっている。当然、イーリスは見たことのない場所、人々である。


『ダメっ、クロウがっ』

『落ち着け、アイツがこんな事で死ぬはずなかろうっ』


 映像の主は酷く取り乱しているようで、画面が非常に揺れ動く。だが、声を掛けられた相手を見たことで、イーリスは映像の不可解さに余計悩ませる。

 そこには頭から角が生え、龍人と呼ばれる魔族が居たからだ。他にも人間とは違う姿をした人達が映り、映像内の映像で戦う人物に鋭い視線を向けている。


 内容は一人の男性と四人の女性が戦っている映像だった。しかも女性陣は見覚えがある衣装に身を包んだ、一方的に良く知っている人物。


「何だこれは……あれは、巫女様方と魔王、レオ?」


 魔族を見て何故レオが浮かんだのか、自分でも分からないとイーリスは不思議がる。


「こんなところにまで来たのね」

「誰だっ」


 突然闇の中から聞こえてきた声に、イーリスはそちらを振り向いた。

 闇が広がるだけの空間から現れたのは、浅黒い肌に耳の尖った女性だった。人と違う点は耳ぐらいしかないが、纏う雰囲気の違いからイーリスは直感で気付く。


「魔族、この空間は貴様のせいか」

「違うわ。これはさっきの映像に出てた……えっと、エンザーグドラゴンの魔力ね。貴女の精神を侵食しようとしているのよ」


 心外だとばかりに女性は眉を顰める。

 魔族の言葉を信じるかどうかは難しいところだが、何故かイーリスは目の前の魔族を信じられる気になっていた。


「あれは何なんだ。何故私はあの魔族をレオだと思ったんだ」

「……あの人の生まれ変わりがレオだから。そして、私は貴女の前世。この膨大な魔力の性で、記憶の混濁が起こってるのね。前世の頃がハッキリと出るまでに」

「私の前世が魔族だと」

「子供の頃の貴女はもっとハッキリ覚えていたのよ。それが大きくなって忘れ、私の『傍にいられなかった、護れなかった』という想いだけが強く残ってしまった」


 先ほど流れた子供の頃の映像でも、それらしい気配は見えていた。だが、だからこそイーリスは激昂する。


「私は私だっ、イーリス・ネルンストだっ」


 まるで今の自分を形成しているものが、目の前の魔族のものかという恐怖心があったからだ。しかし、女性は優しく微笑んで、肯定を示すように静かに頷く。


「そう貴女は貴女、私は私。私の気持ちも私のもの。だから安心して、誰かを何かを護りたいという気持ちは誰もが持つ感情よ。私にはクロウが、そして貴女には」

「……マリアだ」


 イーリスの輝きが増す。その輝きこそ彼女が彼女である証。

 女性はもう一度頷くと、闇しかないはずの上空を見上げる。


「外が騒がしいわ。魔力の扱いなら私も得意だし、意識を目覚めさせるための道を作るから、マリアさんを助けてあげて。貴女は後悔しないように」


 女性が人語ではない言葉で何かを呟くと、イーリスの右横に扉が出現する。扉だけで、裏を見てもどこにも繋がっていないが、扉の隙間から光が漏れ出している。

 イーリスは女性に礼を言って取っ手に手を掛けようとしたが、何を思ったのかそのまま扉を開くことなく、一度女性の方へと振り向いた。


「レオに、何か言うことはあるか?」


 急いで外に向かうだろうと思っていたのか、女性は多少面食らって驚いてみせる。

 だが、その気持ちはありがたかったのだろう。嬉しそうに気恥ずかしそうに、はにかみながら言った言葉を、イーリスは確りと記憶して扉を開いた。


「えっと……私に気付いてくれてありがとう」




 ◇◇◇




 目を覚ましたイーリスは上半身を起こし、周囲を確認するために視線を送る。目の前には見知らぬ目付きの鋭い褐色肌の女性。座っている格好や自分の位置から、膝枕をしてもらっていたのだと理解する。


「おはよう、イーリスさん」

「あぁ、ありがとう。それで何か知っていることは?」

「マリアさん達は魔族と力比べ中だけど、分が悪いみたい」


 ヘルヴィが指差した方向には巨大な魔力同士がぶつかりあっている。分が悪いということは、押されている方がマリア達だとイーリスは駆け出した。

 その後ろ姿をヘルヴィは頬に手を当てて不可思議そうに眺める。


「あらあら、不思議ね。あの状態で目覚めるなんて……」


 小首を傾げる彼女の足元には、マリア達に渡した後でレオから届いた支援物資が、空の常態で転がっていた。


 普通、自身の許容量を超えて魔力を回復すれば暴走してしまうが、ヘルヴィの場合は精神は前世のもの。つまり、人の枠を超えるほど魔力を増やしたとしても、それが普通の状態だったのだ。

 もちろん身体には悪影響があり、今の身体にどんな影響を及ぼすかは分からない。


「でも、今は無理しないと」


 ヘルヴィは残りの回復薬をポケットに仕舞って立ち上がると、イーリスの後を追って戦場へと向かう。




 マリア達の傍にイーリスがやって来たのとほぼ同時に、レオも戦場に駆けつけた。ただ、イーリスは先ほどのことがあっても、今言葉を交わすことなく真っ先にマリアへ駆け寄る。


「マリア、大丈夫かっ」

「姉さんっ、姉さんこそ、くっ」


 イーリスの登場に驚くマリアだが、のんびりと会話をしている余裕はない。会話をすることは諦め、意識を前方に集中させた。

 当然、イーリスも状況が分かっているので、マリアや他の仲間や街に人々を護るため、呪文の詠唱に入る。


「【――」

「なっ」


 イーリスの口から発せられた言葉は、人語の物ではなく魔族の言葉だった。一度記憶の混濁を意識してしまえば、全ての記憶を見るほどの時間は無いが、一番強い魔法と思えば効果や威力、詠唱も浮かんでくるのだった。


 そんなイーリスを唖然として見るレオだが、こちらも直ぐに意識を切り替えて詠唱に入る。例えこの中で一番弱く、使える魔法が中級止まりだとしても、今は少しでも手が必要だと感じてやって来たのだから。


「みんな魔力が少ないみたいだから渡すけど、気を確り持ってね」


 少し遅れてやって来たヘルヴィが、それぞれの背中に触れて溜め込んでいた魔力を渡していく。細かな調節が苦手な彼女がやれば、魔力を多めに渡してしまうこともあるので、わざわざ先に注意をするのだった。

 そして、全員に渡し終えるとヘルヴィも詠唱に入る。今の状態なら、現世では魔力が足りずに使えなかった魔法も扱えるのだ。


 人数も揃い魔力も回復、体力は無理でも気力で補えばいい。

 マリアは僅かな間だが全員に眼差しを向けると、幻想かこの場に居ないはずのキルルキを見た気がした。


「皆、行くよ。これが最後の、最後の……」


 彼女の脳裏には闘技場での戦い、結晶を破壊させた戦いが過ぎる。

 ぞわりとマリアは産毛が逆立つ。それは対面している敵や、味方が死ぬかもしれないという恐怖からでもない。身体の中の全てが外に突き抜けようとする感覚。それらを全て両手に集める。


「最後だぁぁぁーーーー」


 全員の魔法が一斉に集まったことで、魔法陣の許容量が超えそうになり、リリーは思わず魔法陣を大きくしてしまう。ただ、壊れるよりはマシだが、そうなると圧縮率が悪くなってしまうのだ。

 リリーは両手をかざして指を魔法陣の外郭に合わせると、それを狭めて魔法陣を小さくするよう強く意識する。その成果が現れるように徐々に魔法陣は縮み、魔法の圧縮率も高まっていく。


 そして、幾つもの魔法が一つになったと言えるほどに混じり合い、強く強く強く輝きを増す。それはヘイムの閃光よりも強い輝きで、一瞬にして閃光を飲み込むとヘイムに襲い掛かり、彼を飲み込んだまま地平線の彼方にまで続くのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ