幕間1「物語の裏側で」
「——本当に良かった……。 美月さんたちも無事な様で……」
「そうですね、マスター」
黒土邸の玄関付近で、満身創痍のノーブルヴィーナスに乗った輝が、美月からの連絡を見て安堵の息を吐いていた。
美月たちを分断した後、ネメシスが「クリサリス、ここから先は誰も通すな……。 それ以外は君の自由だ……。 好きにすると良い……」と言い残してこの場に置いて行ったあのクリサリスと呼ばれた機械仕掛けの竜は、本当に規格外の強さだった。
輝とヴィーナスは、シンクロゾーンとノーブルヴィーナスの武器を総動員して、機械仕掛けの竜と戦った。
その結果、自分たちの機体は、ノーブルマルチウィングを二機共破壊され、さらに機体の左腕も失った為、もう武器は右腕のノーブルガンソードしか残っていなかった。
機体の魔力もほぼ空で飛行魔法も使えない為、こうしてボロボロの機体でどうにか立っているのが精いっぱいだった。
それでも尚、輝は機体をどうにか動かし、この場に倒れているワールドユニオンの機体の中で、まだかろうじて動ける三機の中でも隊長機であろう草刈の機体に銃口を向けた。
『……アタシたちもこれ以上戦う気はないよ。 いくら死人は出ていないとは言え、早く病院に運ばなければヤバそうな奴もいるからね……。 だから、このまま投降するよ』
草刈は銃口を向けられて尚、抵抗する素振りすら見せず、逆にボロボロの機体の残った片手を無理やり上げて、投降の意を示した。
それに合わせる様に残りの二機も投降の意を示す。
ワールドユニオンは最初に襲って来た機体に加え、周囲に潜伏していたであろう予備戦力を合わせた三十機近くを機械仕掛けの竜との戦闘に動員していた。
それでも美月の護衛だった草刈と水島と炎炉のパーソナルカラーの入った三機以外はこうして全滅していた。
それにも関わらず、死者が出ていない理由は……。
『……一つ聞かせてくれ。 なんで敵であるアタシたちを庇った?』
機械仕掛けの竜との戦いの際、輝たちは三つ巴の戦いにならない様に、ワールドユニオンの機体をカバーする様に立ち回っていた。
その結果、半ば共闘する様な形となり、後数分でも戦闘が長引いていたら全滅していてもおかしくはなかったとは言え、こうして奇跡的に死者を出さずに済んでいた。
だが、そうしたのは決して助ける為ではなかった。
「……別に君たちのことを許したつもりはない……。 許すつもりもない……。 ただ、あの機械仕掛けの竜を抑える戦力として利用しただけだ……。 そして何よりも……美月さんの大切なこの場所を、君たちなんかの血で汚したくはなかっただけだ……」
『そうかい……。 でも、礼は言わせて貰うよ。 ありがとね、部下たちの命を助けてくれて……』
「……」
輝としても本当に苦渋の決断だった。
正体不明機は単騎でも規格外の強さだったが、最初に姿を現した時みたいにあの二機は合体できる様だったので、ワールドユニオンを利用してでも、合流するのを阻止する必要があった。
それがまだ荒療治の途中で不安が残るサターンに美月の命を任せるしかなくなるのだとしても……。
機械仕掛けの竜が急に屋敷の方へと行った時は、本当に心臓が止まるかと思った。
だから、お礼なんて言われたくないのだが、草刈の方はそのまま苦悩する様な声で言葉を続けた。
『美月様には本当に悪いことをしたと思っているよ……。 ずっと裏切っていたとは言え、これでも十年近くあの子の側にいたからね……。 情だって湧いていたさ……』
「だったら……!」
『それでもアタシは……アタシと部下たちは、この命をあの人に捧げると誓ったんだ……。 あの人が『現代の魔女狩り』を止めてくれなければ、アタシと母さんは今こうして生きていなかっただろうからね……』
現代の魔女狩り。それについて父から聞いたことがある。
戦後に起きた、WWⅢで悪い意味で名が広まった政治家や軍人、それから科学者などの本人やその家族に対する酷い差別と迫害行為のことだ。
相手は悪魔の一族なのだから、何をやっても許されると言う風潮の元、当時まだ生まれてすらいなかった子供にさえ、「親の罪は子の罪」としてその被害は及んだ。
そして、「未来ある子供に罪はない」として十年以上かかってでもそれを止めたのは、他でもないアダム議長だったそうだ。
『あの人は本気で、人類が歴史上誰も成し得なかった、恒久和平の世界を実現しようとしているんだ……。 だけどその為なら、人間ではない人工精霊は勿論のこと、同じ人間だろうと……美月様の様な子供だろうと、利用することに躊躇はしないだろうね……』
「そんなの矛盾している……!」
『だろうね……。 でもあの人は、背負って来たモノの大きさ故に、もう止まれないんだよ……』
恒久和平の世界。それは確かに誰もが望む世界だろう。
こうして一度も国同士の戦争が起きたことがない時代に生まれた輝は、WWⅢのことを知識としてしか知らないが、それでも戦争の悲惨さは理解しているつもりだった。
だけど、それを実際に体験し、終わらせたアダム議長は、きっと自分の比にならないくらい、その悲惨さを理解しているのだろう。
だから、本気で恒久和平の世界を実現しようとしていると言うのも本当なのだろう。
でも、だからと言って、美月を含む多くの人を傷つけて来たことを許す訳にはいかなかった。
多くの人を踏みいじるこんなやり方を認めるわけにはいかなかった。
『……どうやらお迎えが来た様だね』
草刈がポツリと呟くと、警察と消防、それから救急車のサイレンの音が聞こえて来た。
まだ油断はできないので、監視の意味も込めて銃口を向けたままにしながら、輝は美月たちがいるであろう方向を見た。
(……美月ちゃん。 これで僕も少しは君に返すことができたのかな……?)
*****
——同時刻。宇宙のとある場所に隠された『方舟』にて。
「——本当に良かった……」
アークサターンからリアルタイムで送られて来る家像を見ながら、明日斗博士が安堵の息を吐いていた。
無事にネメシスとクリサリスを退けたのもそうだが、自分が手を尽くしても解決できなかった、サターンが抱えていた黒土陽太の偽物であると言う苦悩を、美月が解決してくれた。本当に感謝しかない。
「……すまない、サターン。 君にスタースピリットのことを話せなくて……」
もし、以前のサターンに十年前の全ての真相を話していたら、彼がスタースピリットに加わってしまう可能性は十分にあった。
その場合は、今回のネメシスたちの立ち位置に、サターンたちが立っていたかもしれない。
最悪の場合、サターンたちが美月を連れ去り、向こう側に行ってしまう可能性だって十分にあり得た。
だから、その最悪の可能性を恐れて、精霊たちが組織するもう一つの敵がいることくらいしか話せなかった。
「……しかし、ずっと美月を影から守っていた筈のネメシスたちが遂に動き出したか……」
この十年間、美月の為に自分が用意したリンたちにすら気づかれぬ様に、ネメシスたちが裏で脅威を排除し続けていたのは把握していた。
それにも関わらず、式典の日に何もしなかった理由も、こうして襲って来た理由も分かっていた。
「式典の日に彼女が目覚めたのは間違いない。 彼の計画もきっと最終段階に入ったのだろう……」
美月とサターンが出会ったあの日に、十年間の間眠っていた彼女が遂に目覚めたのは。自分も察知した。
アダム議長が何かを仕掛けて来ると分かっていながらも、ネメシスたちを呼び戻したのは、もしかしたら彼も、こうして自分が美月を守る為にサターンを送り込むことが分かっていたからかもしれない……。
「それでも、どうか……せめて今だけは、子供たちには明るい世界で生きて欲しい……」
そう遠くない未来に、アダム議長の計画と彼の計画がぶつかり合い、それに美月たちも必ず巻き込まれることになるだろう。
そんな時に、美月たちを助けてくれる人たちを……人間の為の未来でもなく、精霊だけの未来でもない、人間とメカニカルウィッチが共に生きる未来を望んでくれる人たちを見つけて欲しくて、こうして信頼できるメカニカルウィッチ学園に預けたのだ。
でも、それも長くは続かないだろう。いつか必ず終わりが来る。
それに、これからは主である彼女の元で動くであろうネメシスたちの代わりにやって来るのは、まず間違いなく、美月のかつての相棒だろう。
それにサターンの存在を知られている以上、陽太のかつての相棒も出て来る筈だ。
十年前のあの日に自我崩壊し、長い眠りについていた二人が彼女の力により目覚めたのも、自分は察知した。
「……きっと君は、私たちの子供たちすらも、自分の計画の為に利用することに躊躇いなんてないのだろうな……」
現に彼は、美月の中に眠るあの魔女と同じ力を覚醒させる為に、ネメシスたちに命懸けの試練を与える様に命じたのだ。
そんな彼を止める為に、彼女の命日にもなった十年前の今日と言う日に、懐を分かったのだ。それについて後悔はない。必ず止めてみせる。
それでも明日斗博士は、問いかける様にこの場にいない自分の半身の名をポツリと呟いた。
「——なあ、***」
第1章をお読み頂きありがとうございます。美月ちゃんとサターン君の兄妹並びに相棒としての物語を書きたくて、この作品を執筆しました。
次回からの第2章は、焔君とマーズちゃんのお話になります。




