第15話「美月とサターン」
「「**……**……!」」
『……もう諦めろ。 今、外には彼女が……私の半身がいる。 前回の様にあの白い機体が助けに来ることはない……。 君たちに……黒土陽太に、万が一の勝ち目などない……』
炎に包まれた屋敷の中央にある大きな中庭で、ボロボロになって倒れ伏したアークサターンに、ネメシスが長剣を向けていた。
ネメシスによって屋敷の方へと吹き飛ばされ、輝たちと分断されたサターンは、魔王システムを発動させて立ち向かったが、全然歯が立たなかった。
こちらの攻撃は全く当たらず、逆に敵の攻撃は全然躱せなかった。
今だけは無尽蔵の魔力により機体が常に自動修復され、どうにか戦闘不能になっていないが、魔石本体にダメージを受けたらそれも……。
「お兄様……」
「「ミヅキ……!」」
魔石の中にいる美月が不安そうな声で自分の名を呼ぶ。それにより、陽太と同調した意識に少しだけ理性が戻る。
今、サターンは陽太の力を借りて一人で戦っていた。
美月にはもう戦って欲しくなかった。危険な目にあって欲しくなかった。
でも、自分が弱いせいでこのままでは美月も……。
それだけは絶対に阻止する。この命に変えても……。
「「アァァァァァァァァァァッ――!!」」
サターンは覚悟を決めると、アークXアックスを全力で地面へと叩きつけた。
その衝撃波が中庭全体に広がり、植えられていた草木や花が吹き飛び、廊下の窓が次々に割れていく。
大切なこの場所を自分で破壊したと言う罪悪感が胸に突き刺さるが、これで一時的にでもネメシスの視界を塞げた。
サターンはその隙に人間の姿へと戻ると、美月を連れて屋敷の中へと逃げ出した。
『……無駄だ。 君たちの逃げる場所など……私にも見当はついている……』
後ろから聞こえて来るネメシスの声が耳にまとわりついた。
*****
「ハァ……! ハァ……!」
「お兄……様……」
美月はサターンに手を引かれ、炎に包まれた屋敷の中を走っていた。
その目に映るサターンの背中が、十年前のあの日に、炎に包まれる中、自分を背負って逃げてくれた兄の背中と重なった。
「良かった……まだ無事だった……!」
「ここは……私の子供部屋……」
辿り着いたのは、この屋敷で自分と兄と母が暮らしていた子供部屋だった。
子供部屋と言っても決して狭くはない広さであり、壁には美月の好きな星空の模様の壁紙が貼られ、子供が寝るには大き過ぎるベットが置かれていた。
当時、母と兄がいないと不安で泣き出す美月の為に、自分たちの部屋があるにも関わらず、二人はいつもこの部屋で一緒に寝てくれたのだ。
さらに兄は自身の部屋の私物をわざわざ持って来てくれ、時間がある時はずっと一緒にいてくれた。
そんな部屋は十年前のあの日の朝と殆ど変わらない様子のまま残っていた。
それは十年前の事件の後、父の用意した今のセキュリティが万全のマンションに移ったこともあるが、毎年、母と兄の命日にこの屋敷に訪れても、母と兄の部屋とこの子供部屋だけはどうしても触れることができなかったからだった。
もし触れてしまえば、母と兄の存在が消えてしまいそうで……。
だから、今のマンションに移ったのも都合が良かった。母と兄とムーンたちがいないこの屋敷で一人で暮らすのは嫌だった。
「美月……覚えているよね? 小さい頃、この部屋にある隠し部屋の秘密の通路から裏にある庭園に行ったことを……」
「うん……ちゃんと……覚えているよ……」
「美月はそこに逃げるんだ。 大丈夫、安心して。 美月が生まれ育ったこのお屋敷は無理でも……せめて……お母様が眠る庭園だけは絶対に守ってみせるから……」
サターンが兄だと知ったことで、事故より前の欠けていた幼い頃の兄との思い出もちゃんと思い出せる様になっていた。
確かに、この屋敷には至る所に隠し部屋や秘密の通路があり、母が古き良きこの屋敷をそのままにしていたおかげで、そうした作りも全部残っているが……。
そんなことよりも、まるでお別れの様な言い方に言いようのない不安を覚える。
「お兄様はどうするの……?」
「……」
サターンは一瞬黙った後、ゆっくりとその口を開いた。
「僕は……美月の本当のお兄様じゃないよ……。 美月を守ると誓ったのに、一人で逃すのは心苦しけど……こうするしかないんだ。 例え僕じゃ勝てなくても、ネメシスと外にいるアレは危険過ぎる……。 だから、相打ちになってでもアイツらを止める。 僕たちのコアであるこの魔石を使って、全ての敵諸共自爆する」
「ーーッ!?」
サターンが口にした自爆と言うワードに美月は言葉を失う。
(そんなことしたら……!?)
兄の死を想像してしまい、ショックで座り込んだ美月に、サターンは優しく微笑むと、この部屋を後にしようとした。
そんなサターンの手を美月は泣きながら必死に掴んだ。
「待って!? そんなの絶対にダメっ!!」
「……ごめんね、美月から二度も陽太を奪うのは心苦しけど……この方法しかないんだ。 それに、コピーだがら分かるんだ、きっと本物の僕も同じ選択をすることが……。偽物の僕のことは気にしないで、むしろ恨んでくれて構わない……。 美月にはその権利があるんだ……」
「っ……!?」
サターンは兄の命を使うことには罪悪感はあっても、自身の命はどうでも良いと思っている様だった。
でも、自分にとってはサターンだって……本物とか偽物とか関係なかった。
サターンはゆっくりと振り返ると、空いている方の手で、自分の頭を優しく撫でてくれる。まるで昔兄がしてくれたのと同じ様に……。
そして、撫でてくれたその手で、自分がこうして掴んでいる手を振り解いてしまった。
ダメだ。行かせてはダメだ。このままではまた兄を失ってしまう。
(この手を離しちゃ……ダメだ!)
美月は振り解かれた手を再び掴んだ。
「待って! 行かないで、お兄様! 私を置いていかないって約束したのに! 一人にしないって約束したのに! お兄様の嘘つきッ!!」
美月の魂の叫びが子供部屋に響き渡った。
また置いていかれる。一人になってしまう。そんな思いはもう嫌だった。
「――僕は美月のお兄様じゃない!!」
「う……あ……」
しかし、サターンの叫びに拒絶された。
「美月も……お嬢様も知ったでしょう? 僕はあくまでも陽太の魔法が生み出した彼のコピーでしかない……。 この記憶も、感情も、オリジナルの僕の命を奪って盗み取った物なんです……。 だから、その呼び方は偽物の僕なんかに相応しくありません……。 もう一人の……本物の僕にかけてあげて下さい……。 お嬢様、どうか生きて下さい。 これでお別れです……」
それはまるでサターン自身にも言い聞かせている様にも見えた。
呼び方も口調も、自分のことを守る騎士の時のものになっていたけど、それでもその優しいの声色の話し方は兄のままだった。
今なら分かる気がする。その口調と在り方はきっと母の相棒のクリサリスを真似た物なのだろう。
母を守る騎士だった彼女を、自分も兄も本当に尊敬していたから。きっと兄も……サターンもそうなりたかったのだろう。
ずっとずっと守られてばかりだった。母に、兄に、ムーンたちに、そしてサターンに……。
きっと守られるだけの弱い妹の自分の声じゃ、サターンには届かない。
輝の言う通りだった。自分のことを守る為に死のうとするサターンの決意を止めるには、本当の意味で相棒にならなければいけない。
今がきっとその時で、最後のチャンスなのだ。
サターンが再び振り解こうとしてたその手を力いっぱい握りしめる。
「……分かりましたわ。 サターンがそう言うなら……わたくしだって、サターンの妹なんかじゃありませんわ!!」
「なッーー!? それとこれとは話は別ッ!!」
「一緒ですわ! サターンはわたくしのお兄様じゃないのでしょう!? だったらわたくしだってサターンの妹でも何でもない、黒土美月と言う名の一人の人間ですわ! 貴方と相棒になりたい一人の人間ですわ!」
サターンにとっての守るべき弱い妹ではなく、一緒に戦う強い相棒になりたかった。
自分だって守られるだけじゃなく、助けられる様になりたかった。
その為に守られるだけの弱い妹ではダメなのなら、妹としての立場を捨てる覚悟は決めた。
「だから……! だから……!」
(守られるだけの弱い存在じゃないと……一緒に戦わせなさいと……そう言わなきゃいけないのに……!)
例えもう二度とお兄様と呼べなくなっても、兄弟としての関係に戻れなくても良いと覚悟は決めた筈だった。
なのに自分で言っておきながら泣きたくなって来る。ここで弱さを見せたらまた心配されるのに……。
だから頭の中に浮かんだ言葉を震える声で無理やり出力させた。
「——わたくしも……サターンと……お兄様と一緒に連れて行って……! もう二度と……私を置いていかないで……一人にしないで……」
サターンと本当の意味で相棒になりたいのは本気だった。
それでも十年前のあの日、ただ一人生き残って……置いて行かれて、一人になって悲しかった。苦しかった。寂しかった。
もし、もう一度やり直せるなら……例え死ぬことになっても、今度こそ最後まで兄とずっと一緒にいたかった。
この想いだけはどうしても捨てられなかった。
——それが美月の本当の願いだった。
*****
——美月が……妹が泣いていた。 その綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにしていた。 泣かせたのは……僕だった……。
「……違う、違うよ……。 お嬢様を……美月を泣かせたかった訳じゃない……。 そんな顔……させたかった訳じゃないんだ……」
美月は……妹は笑っている顔が一番素敵なんだ。
妹が生まれた時に初めて見せてくれたあの天使の様な笑顔が一番似合うんだ。
偽物の自分なんかの為に、そんな悲しそうな顔して欲しくはなかった。
罪悪感から立っていられなくなり、その場に座り込んでしまう。
自分で兄じゃないと言っておきながら、美月が妹じゃないと言い出した時は気が気じゃなかった。
美月を妹として見ないなんて自分にはどうしても無理だった。
だって例え本物の陽太から奪った記憶や感情だとしても、妹に対するこの気持ちだけは本物だったから。
妹だけは絶対に守ると言うたった一つの願いだけは本物にだって負けていないから。
でも……。
「それでも……偽物の僕なんかが……本物の僕の居場所を奪うことなんて……美月のお兄様になることなんて許される訳が……!」
「——サターンもお兄様でしょ! 本物とか……偽物とか……関係ない……! どっちのお兄様も……私にとって大切なお兄様だよ……!」
「僕……も……?」
妹は涙を流しながらそう言った。そう言ってくれた。
本当は……ずっとずっとその言葉が欲しかった。
例え偽物だっとしても……本物の陽太になれなくても……自分も美月のお兄様なんだって胸を張って言いたかった。言える様になりたかった。
もし、許されるのなら、自分も美月とずっと一緒にいたかった。
人間の姿に変身する時、美月と同い年くらいの姿になるのは、自分が精霊として未熟なのもあるが、同じ時を生きたいと願ったからだった。
でも、ダメなんだ。だって自分はまだ何も成せていないのだから。その資格がないのだから。
命を賭けて妹を守って死んだ本物の陽太と違って、偽物の自分は妹を守ることすらできていないのだから。
偽物のバトルで輝とヴィーナスに負け、絶対に負けてはいけない本物の戦いでネメシスに負けてしまった。
そして、今もこうして妹の命を危険にさらしている。
その罪の重さから目を逸らしたくて、下を見て俯くと、その頭をゆっくりと立ち上がった妹がその胸元で抱きしめた。まるで昔、母にされた時みたいだった。
「——本物とか……偽物とか……そんな悲しい言い方をしないで……。 だってどっちのお兄様も私を守ってくれた……」
「違う……僕は美月を守れなかったんだ……!」
震える声で否定する。
守れてないと、思わず首を振りたくなるが、自分の頭を妹は抱きしめたまま離してはくれなかった。
「サターンも私のことをずっと守ってくれたよ……。 式典の時も、学園の時も、今この場所でも、いつだって私を守ってくれた……」
「でも……僕は弱い……! 僕じゃアイツらに勝てない……!」
「それなら私も一緒に戦わせて……。 私もサターンの……お兄様の力になりたいの……。 お兄様を助けたいの……。 だから……」
——自分の頭を妹がぎゅと強く抱きしめた。
「——私を信じて……」
「……!!」
妹が流した涙が自分の顔へと伝わって来た。
思わず目を見開くと、妹が身に付けている母の形見のペンダントが視界に映った。
そっか妹も……美月も自分と同じだったのだ。
自分が母と最後に、「妹を兄が必ず守る」と約束した様に、美月も母と最後に、「兄のことを妹が助ける」と約束したのだ。
美月を信じたい。でも、信じることが……一緒に戦うことが怖い。怖くない筈がない。
十年前のあの日、まるで命が消えてしまった様に動かなくなった、血まみれの美月の姿が脳裏を過ぎる。
もし美月を失うなんてことがあれば、きっと自分は死んでも死に切れないだろう。きっとこの世の全てを呪うだろう。
自分が大嫌いだった。弱くて何もできない価値のない存在だと思っていた。
だけど、美月はそんな自分に真っ直ぐに向き合ってくれたのだ。その想いに応えたかった。
顔を上げようとすると、自分の頭を美月がゆっくりと離してくれた。
「美月……」
「——やはりここだったか……」
——自分の声を遮る様に、ネメシスの声が聞こえて来た。
「ーーッ!?」
咄嗟に立ち上がり、美月を守る為に前に出ると、入り口の外の廊下に人間の姿に戻ったネメシスがいた。
「ネメシス……!」
「今度こそ終わりだ。 偽物の……弱い君では私には勝てない……妹を守ることもできない……」
「っ……!」
その事実に何も言い返すことができなかった。
ネメシスに刻み付けられた敗北感と、美月を失うかもしれないと言う恐怖で、体が震えていた。
——その震える手を美月が掴んだ。
「お兄様……!」
「美月……」
美月が自分の後ろではなく、隣に並びだった。それだけで頼もしかった。
それに美月はこんな自分のことも兄と呼んでくれるのだ。それだけで十分だった。
もうネメシスに何を言われても関係なかった。大丈夫だった。
「そうだよ、ネメシス……全部全部お前の言う通りだよ……。 でも、それでも! 僕だって美月のお兄様なんだ! こんな弱い僕でも美月を守りたい! 勝てないかもしれない! また負けるかもしれない! それでも僕が必ず美月を守るんだ!」
改めて美月の顔を見る。美月の手も震えていて、まだ涙を流していたけど、その紫水晶の瞳には強い意志が宿っていた。
もう美月は……妹は守られるだけの弱い存在じゃない。このことは強い。だから信じると、そう決めた。
「——僕は弱い……一人じゃ美月を守れない。 こんな言い方、矛盾しているのは分かっている。 それでも、美月に僕を助けて欲しい! 美月を守る為に!」
助けを求めると、その声を聞いた美月は嬉しそうに微笑むと、力強く頷いてくれた。
「——大丈夫だよ、私が必ずお兄様を助けるから!」
*****
美月はサターンと手を繋いだまま、隠し部屋の秘密の通路を走っていた。
でも、それは逃げる為じゃなく、決戦の場へと赴く為だった。
中庭へと続く廊下へ出て、そのまま窓からサターンにお姫様抱っこされる形で飛び降りる。
下へと落下する最中、サターンが決意の籠った瞳をしながら、その口を開いた。
「——美月、僕も君のお兄様だ。 でも今は、お嬢様の相棒であるサターンとして戦うよ! だから、僕に力を貸して下さい、お嬢様!」
「うん、勿論だよ! 行こう、サターン……!」
「「——マジカルチェンジ!」」
変身魔法が発動し、巨大な光と大きな音と共に、アークサターンが顕現し、中庭へと着地した。
その頭部の仮面は下に降り、目元を隠したままで、そこから漏れる光もサターンの紅玉の赤の瞳の色だ。
今はまだ……。
サターンと初めて会った時に渡され、昨日からずっと沈黙したままだったマジカルウォッチが再び起動する。
改めてサターンとリンクしていく中、美月は母の形見であるペンダントを両手で握りしめていた。
本当は自分だって戦うのは怖い。怖くない筈がない。
自分の子供部屋も、兄の部屋も、母の部屋も、生まれ育った大切なこの場所が壊され、炎に包まれていくのは悲しいし、苦しいけど、それでもせめて、母が眠るあの庭園だけは絶対に守ってみせる。
それに兄と……サターンと一緒に戦うと決めたのだ。前に進むと決めたのだ。
だから、逃げる為ではなく、前へ進む為に、母から貰った勇気のお呪いを唱えた。
(お母様、私に後ほんの少しの勇気を貸して下さい……! 私の背中を蹴っ飛ばして下さい……!)
「——頑張れ、私! 頑張りなさい、わたくし!」
アークサターンの仮面が上へとスライドし、再び側頭部の二本の角と合わさって、王冠の形を形成する。
そして、サターンの紅玉の瞳の色と、美月の紫水晶の瞳の色が混ざり合い、二つの色を合わせた美しい色をした力強い瞳が現れた。
それだけじゃない。美月とサターンのシンクロ率九〇パーセントの最後の見えない壁だった十パーセントが取り払われ、その数値が上昇していく。
九五パーセント、そして理論上の限界値である九九パーセント、さらにその先へと。
輝は言っていた。お互いを心から信頼し合った二人が、目の前に立ち塞がる大きな壁を一緒に乗り越えようとした時、限界を超える為に自ずと開かれるモノだと。
自分とサターンは本当の意味で相棒となり、目の前に立ち塞がるネメシスと言う大きな壁を一緒に乗り越えなければならない。
必要な条件は全てクリアされた。今こそ、限界を超える時だ。
「「——シンクロゾーン!」」
シンクロ率が百パーセントのその先へと至ったことで、メカニカルウィッチであるサターンだけではなく、人間である美月の紫水晶の瞳にも、サターンの紅玉の瞳の色が混じり合った。
マジカルウォッチによるリンクだけじゃない、サターンと心から一つになった様な感覚を美月は感じていた。
二人は今、文字通り二人で一つの存在になっていた。
——シンクロゾーン。それは、魔法科学によってシステム化された人工魔法であるマジカルスキルとも違い、ネメシスが使う失われた昔の本来の魔法とも違う。これはきっと人間とメカニカルウィッチの絆が生み出した、全く別の新しい魔法だった。




