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第8話 こぼれた秘密

 夏休みの真ん中。

 昼間の暑さがようやく和らいで、提灯の明かりがぽつぽつと灯りはじめた夕暮れ。あたしは浴衣姿で神社の境内を歩いていた。

 今日はクラスのみんなと夏祭り。耳の横で結んだツインテールも、今日は少し念入りに結んできたから、下駄の音と一緒に軽やかに揺れている。

「陽奈ちゃん、浴衣……似合うね」

 朋希くんに褒められたとき、思わず笑っちゃった。だって彼、あたしの浴衣を見た瞬間に耳まで赤くして固まってたんだもん。

「ありがと。せっかくだし、ちゃんと気合入れてきたんだよ?」

 そう返すと、ますます目をそらす。かわいいなあ、もう。あたしだって、ちょっとは照れてるけどね。白地に水色の花模様の浴衣、帯の色もあわせて、いつもより大人っぽく見えるかなって思ったから。


 境内は人でいっぱい。屋台のにおい、太鼓の音、あちこちで笑い声が響いていて、夏祭りらしいごちゃごちゃ感に胸が高鳴る。

 あたしが朋希くんと屋台を見ていたとき、少し離れたところから歓声が聞こえてきた。遠くからでもわかる長身。慧だ。

「本宮、すげー!」

「うわっ、また当てた!」

 射的の屋台の前で、次々に景品を撃ち落としている。その姿は背が高くて映えるし、店のおじさんにも「兄ちゃん、腕いいなあ」なんて褒められて、すっかりヒーローみたいになっていた。

 極めつけは――当てたぬいぐるみを、ひょいとあたしに差し出してきたとき。

「ほら陽奈、やるよ」

「えっ、いいの?」

 正直、そんなに欲しいわけじゃなかったけど、みんなの「おー!」って声と冷やかしの視線に押されて、受け取らざるをえなかった。

 にっこり笑って受け取った瞬間、あたしの胸は少し弾んでたのは事実。でも――ちらっと横を見れば、朋希くんがなんとも言えない顔をしてるのが目に入る。

 あ、ちょっと拗ねてる。……やっぱりかわいい。

 そういうの、あんまり隠せないんだよね、彼。


 時間が経つにつれて、人の波はますます濃くなった。気づけばみんなとはぐれてしまって、あたしと朋希くんだけが取り残される形に。

「ど、どうしよう……」

 ちょっと困った顔をしている彼に、あたしはにっこり笑って言った。

「まあいいじゃん。あっち、行こ!」

 だって、こんなチャンス滅多にない。クラスのみんなと一緒も楽しいけど、二人きりの夏祭りなんて、特別感があってわくわくする。

 人ごみを抜けて河川敷に出ると、夜風がひんやり頬をなでた。遠くでは花火大会の大玉が上がって、どんと胸に響く音。だけどあたしたちは、買ってきた手持ち花火を楽しむことにした。

「線香花火、やろ」

 しゃがみ込んで火をつけると、細い火花がちりちりと弾けて、小さな玉が落ちそうで落ちない。息をひそめながらその灯を見つめていると、不思議と時間がゆっくりになる気がする。

 そのときだった。視線を感じて顔を上げると――朋希くんが、じっとあたしを見ていた。

「……なに?」

 そう声をかけた瞬間、自分でも気づいた。線香花火を持つためにしゃがんだ拍子に、浴衣の裾が少し乱れていた。下駄の足首からふくらはぎ、そして――その奥に穿いているものが、ちらっと覗いてしまったのかもしれない。

 一瞬で顔が熱くなった。慌てて姿勢を直したけど、もう遅い。

「……見た?」

 震えた声で小さく問いかける。朋希くんは「えっ」とか「いや」とか言いかけて、結局何も言えずに視線をそらす。

 ああ、これはもう答えみたいなものだ。見られちゃったんだ、あたしの、あれを。

 胸の奥がドキドキする。恥ずかしい。普段は絶対こんなことないのに、ちょっと油断しただけで。浴衣って、やっぱり危ない。

 でも……変なの。あたし、嫌じゃなかった。むしろ、秘密を共有したみたいな、不思議な気持ち。

「……内緒ね?」

 わざと笑ってそう言うと、彼はますます赤くなって、こくんと頷いた。その仕草がなんだか可愛くて、あたしの方がドキドキしちゃうくらいだった。


 その後も、花火の火が消えるまで二人で眺めていた。夜空には大きな花火が咲いて、川面には提灯の明かりがゆらゆら揺れる。胸の奥では、あの一瞬の出来事が何度もリフレインしていた。

 浴衣姿を褒められたこと。射的でぬいぐるみをもらったこと。二人で河川敷に来たこと。そして……見られちゃった、あの瞬間。

 夏の夜のひとコマが、全部鮮やかに焼き付いている。どれもこれも、忘れたくない秘密みたいに。

 ――あたしと朋希くんの、特別な夏祭り。

次回は金曜の12時ごろに投稿予定です。

(日曜の夜・金曜の昼に更新)

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