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第6話 届く声、弾む心

 夏の太陽は、校庭に容赦なく照りつけていた。白いラインが引かれたグラウンドに、赤や白のハチマキを巻いた生徒たちが溢れている。

 熱気と歓声、そして砂の匂い。今年の体育祭は特別に胸が高鳴っていた。

 ――だって、あたしはクラス対抗リレーの走者に選ばれているから。

 陸上部だから足の速さに自信はある。けど、クラスの勝敗がかかる舞台で走るのは初めてで、思っていた以上に緊張していた。耳の横で結んだツインテールが汗ばむ首筋に当たるたび、気持ちが少しだけ落ち着く。

 出番が近づくと、クラスの応援席から「高瀬! 頼むぞ!」という声が飛んできた。思わず手を振り返したけれど、視線の中にひとりだけ、特別に気になる顔がある。

 ――朋希くん。

 いつものように少し背を丸めて、でもじっとこちらを見ていた。あの真面目そうな目が、今日はなぜかやけに熱を帯びて映る。胸の奥がくすぐったくなって、思わず視線をそらした。


 いよいよリレーが始まった。第一走者がスタートラインに並ぶ。

 ピストルの音とともに一斉に駆け出した。

 ――あっ。

 うちのクラスは出遅れてしまった。隣のクラスとの差はすぐに広がっていく。応援席からは「頑張れー!」と声が響くけれど、あたしの胸は不安でいっぱいだった。

 四番手のあたしにバトンが回ってくる頃には、トップとの差は大きい。けれど、スタンバイした瞬間、不思議と怖さは消えていた。

 ――追いつける。いや、追いついてみせる。

 バトンを受け取って一気に加速すると、風が全身を包み込んだ。耳の横のツインテールが大きく跳ねて、頬に汗が散る。前を行く背中をひとつ、またひとつと捉えて抜いていくたび、歓声が大きくなるのがわかった。

「陽奈ー! いけーっ!」

 誰の声かはわからない。でも、あの中にきっと朋希くんの声も混じっている。そう思うだけで、足はさらに速く回転した。

 気づけば順位は二位。最後のカーブを曲がり、ゴール前に立つアンカーへと一直線に走る。バトンを差し出した先にいたのは――慧。

「よっしゃ、任せろ!」

 力強く受け取った慧の背中がどんどん小さくなる。トラックをぐるりと一周する間に、先頭との差をみるみる詰めていく。

 そして――最後の直線。アウトコースから一気にトップに躍り出た。そのままゴールテープを切った瞬間、観客席が割れるような歓声に包まれた。

「やったーっ!」

 思わず跳ねるように叫んでいた。全身が熱くて、汗と涙が混ざりそう。そこへ慧が戻ってきて、笑顔で手を突き出してくる。

「ナイス、陽奈!」

「慧こそ!」

 自然にハイタッチしていた。乾いた音が響き、二人して笑い合う。その瞬間だけは、努力がすべて報われたようで、胸がいっぱいになった。

 でも――ふと応援席を見たとき。

 朋希くんと目が合った。

 彼は両手を叩いていたけれど、その笑顔にはほんの少し影が差して見えた。たぶん気のせい。でも、あたしの心に小さなひっかかりを残した。

 ――慧と笑い合う姿を、どう思ったんだろう。

 考えたら、胸の奥がまたざわついてしまう。勝利の喜びで高鳴る鼓動の中に、別の響きが混じってしまったみたいだった。


 そのあともクラスのみんなは大騒ぎで、あたしと慧は胴上げされそうになるくらい持ち上げられた。笑顔で応えていたけど、心のどこかで、朋希くんの表情ばかり探している自分がいた。

 ――どうしてだろう。

 ただのクラスメイトのはずなのに。勝利の余韻に浸る今も、あの視線を思い出すたび、胸がじんわり熱くなる。

 夏の太陽の下で感じたのは、勝利の喜びと――もうひとつ。自分でもうまく言葉にできない、少し苦しいような、とても甘いような気持ちだった。

次回は金曜の12時ごろに投稿予定です。

(日曜の夜・金曜の昼に更新)

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