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第21話 約束を信じて

 夕暮れに染まった駅のホームは、部活帰りの高校生たちの声と電車のブレーキ音が重なり、いつもよりわずかにざわついていた。

 陸上部の練習を終え、まだ火照った身体をクールダウンさせるように、あたしはホームの隅に立って電車を待っていた。

 制服の袖を軽くまくり、リュックの肩ひもを片方だけ外して肩に掛ける。

 髪はツインテールじゃない。あれは――あたしと朋希くんだけの思い出の髪型だから。

 今は少し伸びた髪をシンプルにまとめているけど、それでも「やっぱり高瀬って可愛いよな」っていう声は、廊下を歩いていると嫌でも耳に入ってくる。部活でもクラスでも、そして最近始めたカフェのバイトでも。

 正直言って、中学の頃よりモテていると思う。そしてそれ自体は、もちろん悪い気はしない。

 でも――どこかむずがゆい思いもある。

 朋希くんと気の置けない会話をした毎日を思い出す。軽くからかった時の彼の反応。逆に、ドキッとする一言を言われた時のあたしの胸の高鳴り。

 ほんの一年ちょっと前のことなのに、なんだか遠い昔のことのように感じてしまう。

 いや、あたしが勝手に壁を作っているだけなのかもしれない。自分で言うのもなんだけど、作ろうと思えば彼氏は作れると思う。

 だけど、何か違うような――あの初々しい日々を送ることはもうできないような気がして、その気になれなかった。

 そんな毎日。でも、勉強に部活にバイトに――表面的には、まあ充実してるんだろうな。


 電光掲示板をぼんやり眺めていると、ふと反対側のホームに視線が吸い寄せられた。

 そこに立っていたのは、地味で目立たないけど、不思議と胸の奥がざわつく男の子。

 ――いや、違う。あたしだけが知ってるんだ。この子は地味なんかじゃない。何度も何度も、あたしの胸をときめかせてくれた人。朋希くん。

 目の前にいるのに、なんだか信じられなくて、何度も瞬きをした。

 少し伸びた背丈、少しだけ自信を持ったように見える立ち姿。けど、やっぱり彼らしい不器用さも残ってる。変わったようで変わらない、その感じが懐かしくて愛おしい。

 あたしが見つめていることに、彼も気づいたみたいだった。遠くからでも、目が合ったのがわかった。

 ほんの一瞬、彼の表情が柔らかくほどけた気がした。

 ――声、かけてくれるかな?

 そんな期待が胸をよぎる。もし彼がこっちに来てくれたら……どうしよう。

 目を合わせて、笑って「ひさしぶり!」って言えるかな。やっぱりお互いぎこちない感じになるかな。ただそれでも――陸上部の仲間やバイト先の子たちと話すより、ずっと自然に笑える気がする。

 だけど、考えているうちにホームに電車が滑り込んできた。車体が視界を滑って遮り、あたしと彼の姿を切り離す。それはまるで、あたしたちの世界がふたつに割れたみたいだった。

 ほんの少し身を乗り出して確かめたけど、次に見た時には、彼はもう乗り込んでいた。

 ドアが閉まり、車体がゆっくり動き出す。あたしはただ、遠ざかっていく窓の列を目で追うことしかできなかった。

 ――そっか。やっぱりそうだよね。

 少しだけ胸が締めつけられる。

 でも同時に、不思議と納得もしていた。だって、あの日――卒業式の日。

 あたしは彼に言ったんだ。「もっと大人になった時、またどこかで会えたらいいね」って。

 朋希くんは、きっとその言葉を覚えていてくれたんだと思う。だからこそ、ここでは踏み出さなかった。

 彼らしい、真面目で不器用な選択。ほんと、朋希くんらしいなあ……。

 ため息混じりに笑って、あたしはポーチを取り出した。

 中に入っている、ピンクのリボンが付いた二つのヘアゴム。中学のとき、彼にもらったものだ。卒業してから一度も使っていないけど、こうやっていつも大切に持ち歩いている。

 指先でヘアゴムのリボンをそっとなぞりながら、胸の奥でかすかに呟く。

「ねえ朋希くん。あたしたち、もう会ってないけど……本当はずっと一緒なんだよ」

 ツインテールを封印したのは、過去を切り離すためじゃない。むしろその逆。あたしがまたツインテールに戻る時、それはきっと彼に会う時だから。


 電車が来た。あたしはポーチを閉じてリュックにしまい、再び前を向く。

 まだまだ高校生活は続くし、部活だってバイトだって忙しい。きっと他にも、あたしはいろんなことを経験していくんだと思う。

 でも――心の奥では、あのヘアゴムを結ぶ日のことを、静かに待ち望んでいる。

 夕暮れの風が頬をかすめ、胸の奥の記憶まで揺らしていった。

次回で最終話となります。日曜の19時半ごろに投稿予定です。

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