表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

第11話後編 湯けむりにそそる

 大浴場の前で振り返ったとき、そこに立っていたのが朋希くんだってわかった瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。

 きっと、あたしがキャンプファイアーでぽろっと言っちゃった「お風呂まだなんだ」が気になって来たんだろう。

 それでも、あたしはわざと「どうしたの?」って聞いてみた。彼は「いや、その……」ってしどろもどろに視線を泳がせる。そんな彼を見ていると、なんだかおかしくなって、唇が自然とゆるんだ。

「ふふ、やっぱり気にして来てくれたんだ」

 彼は真っ赤になって首を横に振る。照れ方がまた可愛くて、胸がちょっと熱くなる。

 林間学校は今夜で最後。明日にはバスで帰って、あっという間にいつもの日々に戻る。

 どうせなら――と思った。

 どうせなら、今日だけの思い出をひとつ増やしたい。だから――。

「ねえ、どうせ誰も来ないよ。一緒に入ろ?」

 言った瞬間、自分でも大胆だってわかってる。朋希くんは何を言われたのかわからないという顔。

「な、何言ってるの! そんなの無理に決まってるだろ! だいたい僕はさっき入ったし……」

 しばらく固まったあと、当然の反応。そうだよね。そうなんだけどさ。

 そこまで全否定されるとなんだか悔しくなってきて、あたしは引き下がれなかった。

「そんなこと言わないの。なんか怖いから、一人じゃ入りたくなかったんだもん」

 さっきちらっと見た薄暗い大浴場。べつに本気で怖いわけじゃないけど、一人で入るのはちょっと寂しかったのも事実。

 それに、「怖いから」って理由をつけたら断れないんじゃないかって、ちょっとずるい考えもあった。

 朋希くんはもちろん大慌て。「え、いや、それは……!」って手を振るけど、あたしはにこっと笑ってその手を引っ張るのだった。


 別々の洗い場に座り、あたしたちは背中合わせで身体を洗いはじめた。

 広い大浴場に響くのは、桶にお湯を汲む音と、シャワーの水音。普段なら気にもしないその音が、今夜はやけに大きく聞こえる。

 髪を洗うためにツインテールもほどいた。湯気で湿った髪が肌に貼りつく感覚で、少しムズムズする。

 すぐ背後には朋希くんがいる。連れてきたのはあたしなのに、今になって遅れて恥ずかしさが込み上げてきた。

「ねえ、朋希くん」

 緊張を隠すために、背中を向けたまま話しかけてみる。

「……なに?」

「こっち、見てもいいんだよ?」

 冗談めかしてそう言うと、向こうでカランと桶を落とす音がした。思わず吹き出しそうになる。

「っ……! み、見ないって!」

「ふふっ、残念。……洗いっこでもしようかなって思ったのに」

「そ、そんなことするわけないだろ!」

 裏返った声で真剣に返してくる彼に、笑いがこみあげて仕方ない。

 でも、彼の気配がぴたりと止まる。背中越しに、心臓の音まで聞こえそうなくらいの沈黙。

 こんなにドキドキしているのに、なんだかほんの少しくすぐったいような、甘いような気持ちになる。

 もしかして、いろいろ想像してるのかしら。ちょっと調子に乗っちゃったかな、彼も男の子だもんね。

 あたしはふっと笑って、ほどいた髪を洗い始めた。


 一通り身体を洗い終えると、バスタオルを胸に巻いて湯船に向かった。

 湯気が立ちこめる大浴場の中央で、朋希くんがすでにお湯に浸かっている。あたしも隣に入り、肩をそっと寄せる。

 じんわりとお湯の熱が広がって、疲れが溶けていく。

「……髪、下ろしたんだね」

 彼に言われて気づいた。髪をほどいて湯気に濡れた姿を見せるのは、これが初めてだって。

「え? あ、これ? 似合わないかな」

「……すごく、きれいだ」

 真剣な声に、思わず頬が熱くなる。鎖骨に湯がまとわりつき、背中を伝って流れ落ちる感覚さえも、彼に見られているようでくすぐったい。

(朋希くんに、こんな顔させるなんて……悪い気はしないな)

 けれど、その油断がいけなかった。

 あたしの、ほんの少し膨らみかけた胸元――。

 ふと腕を上げた拍子にバスタオルが緩んで、わずかな隙間ができてしまったのだ。あっ、と思った時にはもう遅かった。

「っ……」

 ささやかに自己主張する、あたしの胸の“先端”。

 朋希くんの視線が、そこに釘付けになったのを、あたしは敏感に感じ取った。

(見られちゃった……! こんなとこ、誰にも見せたことないのに)

 思えば夏祭りのときもそうだった。彼の前ではなぜかガードが緩くなってしまう。しかも、あの時よりもずっとずっと恥ずかしい部分なのに。

 胸の奥がどくんと跳ねて、耳まで熱くなる。だけど不思議と……そこまで嫌じゃない。

「……見たでしょ。わかるんだから」

 バスタオルを直しながら、あたしは言う。わざと口を尖らせて。

「ち、違っ……!」

「ふふっ。秘密、また増えちゃったね」

 あたしは少し身を寄せて、濡れた手で朋希くんの頬をなぞる。指先に触れる体温は熱くて、まるでお湯よりも熱いくらい。彼の心臓の鼓動まで伝わってくる気がした。

「……陽奈ちゃん、ごめん。僕、先に上がるから!」

 いたたまれないように立ち上がった朋希くん。そのとき――

(え……?)

 腰に巻かれたタオルの隙間から、“何か”がはみ出しているのが見えてしまった。はっきりと。

 思わず目を丸くしたけど、次の瞬間には口元がゆるむ。

 ――あれが、男の子の……あんな風になるんだ。

「……ふふっ」

 頬に手をあてる。胸の奥で、さっきよりもずっと大きな鼓動が鳴っていた。

 ――あたしの身体を見て、朋希くんがあんな風になったんだ。

 そう思うと、恥ずかしいのに、ちょっとだけ嬉しくて。

 なんだか、また特別な夜の思い出ができちゃった気がする。

 林間学校も、悪くはないな。

次回は金曜の12時ごろに投稿予定です。

(日曜の夜・金曜の昼に更新)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ