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第11話前編 炎よりも熱く

 林間学校って、正直ちょっと面倒くさい。

 虫は多いし、布団は薄いし、旅館は古いし。けど、みんなで来てるって思うと、それはそれで楽しい。夜のキャンプファイアーなんかは、きっと気分が盛り上がるし。……そう思ってたのに。

「陽奈、起きて! もう始まるよ!」

 友達の声で飛び起きたあたしは、完全に寝過ごしていた。

 入浴の時間が終わっていて、髪はまだ夕方のまま、身体も汗ばんだまま。ぼんやりした頭のまま浴衣を着直して、慌てて外へ。


 空気は昼間よりひんやりして、頬に気持ちよかった。

 広場の真ん中で、炎が高く燃えている。ぱちぱちと薪のはぜる音、赤と橙の揺らめき。さっきまでの眠気など、一気に焼き払ってしまうような熱さだ。火の粉が空へ舞い上がり、まるで星と手を繋ぐみたいに光っては消えていく。

 そんな、どこか神秘的な炎をみんなで輪になって囲み、フォークダンスが始まる。自然と心が浮き立つのを感じた。炎に照らされたクラスメイトの顔が赤く染まっていて、その中で自分も同じように頬を熱くしていることに気づく。

 最初のペアは慧だった。

「お、陽奈か。よろしくな」

 炎を背景にしてにやっと笑った顔が、ちょっと映画みたいに見えた。背が高くて、手を取ると包み込まれるようで、やっぱり様になるなあって思う。周りの女子たちの視線を感じて、少しだけ鼻が高かった。

 曲とともに、一人ずつペアが交代していく。適当に手を取って笑っていたけど、少しずつ心臓が高鳴る。

 だって、前の方に朋希くんがいるのを見つけちゃったから。

 彼はさっきから、ちらちらとあたしの方を振り返って見てくる。あたしとペアになるのを意識してくれてるのかな。

 一瞬目が合ったけど、すぐに前を向いちゃった。ふふっ、バレてるよ。


 いよいよ順番が巡ってきて、あたしたちは隣同士に並んだ。教室でもいつも隣にいるのに、こうやって炎の光に包まれた横顔を見ると、特別感で心が躍る。

「よろしくね」

 あたしがそう言うと、彼はどこか張り詰めた顔でこちらを見てきた。

 曲に合わせて前に出て、おずおずと手を伸ばしてくる。その指先に、自分の手を重ねた瞬間、ふっと体温が伝わった。思ったよりあったかくて、胸の奥がじんわりして、なぜかちょっと安心した。

 お互いに顔を見合わせて、でもすぐに逸らして。

 やばい、近すぎる。身体もすっかり熱くなって、なんだか――音楽やみんなの足音が聞こえてるはずなのに、二人だけ別の場所にいるみたいで。二人だけの時間が流れているみたいで。

 だからかな。なぜか、ぽろっと言っちゃった。

「――あたし、今日、お風呂まだなんだ」

 言った瞬間、自分で「えっ?」と思った。

 なんでこんなことを。けどもう遅い。朋希くんは「え?」と固まって、どうしていいのかわからないって顔をしている。

 そりゃそうだ。意味なんてない。ただ、寝過ごしたことが気になって、ふと口からこぼれただけ。

 でもすぐに次のペアに交代になって、手を離さなきゃならなくなったのは、あたしにとっては救いのようにも思えた。気まずいままで終わってしまったのが残念だけど。

 そのあともダンスは続いたけれど、あたしの心はさっきの言葉に引っかかったままだった。

 炎のように盛り上がっていた気持ちが、煙みたいにくすぶって胸の奥に残る。

 あたし、どうして朋希くんに、あんなこと伝えちゃったんだろう。


 やがてダンスが終わり、部屋に戻る。

 布団を敷いて、おしゃべりして、笑って。みんな疲れて、次々と眠り始める。けど、あたしだけはなんだか落ち着かない。お風呂に入れなかったことが頭を離れなくて。……それに、さっきの一言も。

「みんなのアイドルがお風呂入ってないなんて、恥ずかしいよね」

 自分で小さく呟いて、苦笑する。アイドル、なんて大げさだけど、そう言われてる自覚はある。だからこそ、汗ばんだまま布団に入るなんて、なんだか自分で許せなかった。

 こっそりと部屋を抜け出し、消灯時間を過ぎた静かな廊下を歩く。浴衣の裾を気にしながら、足音を忍ばせて。古びた木造の建物は、夜になるとやけに軋んで、電球の光も薄暗くて心細い。

 大浴場の扉を開けると、誰もいない広い空間に湯気だけが漂っていた。タイル張りの床はひんやり冷たく、遠くの蛇口から水滴が落ちる音がやけに響く。

 胸がすうっと縮こまる。普段なら友達とわいわいしてるから気にならないけど、一人だとちょっと怖い。大きな鏡に映る自分が、別人みたいに見えて。

 思わず背筋を震わせた、そのときだった。

「……陽奈ちゃん?」

 背後から声がして、心臓が飛び跳ねるほど驚いた。振り返ると、そこに立っていたのは朋希くんだった。

 あたしは目を丸くして、思わず声を失った。なんで、こんなところに──?

 問いかけたいのに、声が出ない。けれど彼の顔を見たら、不思議と安心した。暗くて心細かった浴場の入口が、急に明るくなったみたいに感じた。

 ——やっぱり、炎なんかよりもずっと。

 彼の存在が、あたしの心を熱くしている。

 次の言葉を探すより先に、目が合っただけで胸がいっぱいになった。

 夜はまだ、終わらない。

次回は日曜の19時半ごろに投稿予定です。

(日曜の夜・金曜の昼に更新)

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