第1話 隣に来た彼
鏡の前で、両手を器用に動かす。
耳の横あたりでゴムをきゅっと結んで――よし、今日もツインテールは完璧。高すぎず低すぎず、あたしの小さなこだわり。
「うん、可愛い」
小さく声に出してみる。自分で言うのもなんだけど、鏡の中のあたしはけっこうイケてる。
学校でもそう言われるし、実際ちょっとだけ自覚してる。
ただ、ひとつ不満があるとすれば……胸。やっぱりもう少し欲しいって思う。背は伸びてるのになあ。
それに、友達はもうほとんど生理が始まってるみたいなのに、あたしはまだ。
こういうの、誰にも言えなくてモヤモヤする。
でもまあ、気にしすぎても仕方ないか。
髪を揺らして、背筋を伸ばして。
「よし、今日から中二!」
気合を入れて家を出た。
通学路の桜並木は、まだ花びらが少しだけ残っていた。ピンクのかけらが春の風に舞って、光の粒みたいに散っていく。
制服の袖にひらりと落ちた花びらを指で払うと、それだけでちょっと幸せな気分になった。
新しいクラス、どんなメンバーになるんだろう。友達は同じクラスかな。男子は……まあ、あたしにはあんまり関係ないか。
そう思いながら、足取り軽く校舎に向かった。
少しそわそわした雰囲気の教室に入り、割り当てられた席に座る。しばらくしてあたしの隣にやってきた男子は――なんというか、とても「普通」だった。
髪は中途半端に伸びていて、どこか寝ぐせっぽい。制服はきっちり着てるのに、猫背のせいかどうもパッとしない。身長はあたしよりほんの少し低いのかな、男子にしては小柄かも。
全体的にぼーっとしているけれど、あたしと目が合った瞬間、彼の顔が一瞬で赤くなったのがわかった。
「よ、よろしく……」
彼はおずおずと声をかけてきた。
「うん、よろしくね」
あたしはにっこり笑って返した。笑顔はサービス、ってやつ。
まあ、真面目そうだし、別に悪い印象はないかな。
それが彼――真鍋朋希との最初のやり取りだった。
次の日の放課後。
トラックを走るたび、耳の横で結んだツインテールが揺れる。
髪先がふわっと跳ねるのを感じると、全力で走ってるんだなって気持ちになる。陸上部に入って良かったと思える瞬間だ。
直線に入るとスピードを上げる。風を切る音と、心臓の鼓動。汗で額が光るのも、なんだか心地いい。
ふと視線を感じて顔を上げた。
校舎の窓から誰かがこっちを見ている。
――真鍋くんだ。
教室にまだ残ってたのかな。じっと見つめてくるその目に気づくと、なんだか少しくすぐったい気持ちになる。
「ふふっ」
思わず笑って、手を振ってみた。
すると彼は、びくっとしてから、ぎこちなく小さく手を振り返してきた。
……ちょっと可笑しい。あれは絶対、あたしに見とれてたでしょ。
いや、まさかね。でも――。
新しいクラス。新しい隣の席。
中二の春は、なんだか面白くなりそうな予感がしていた。
「第2話 運命のいたずら」は、9/14(日) 19:30に公開予定です。
(日曜の夜・金曜の昼に更新)