EP1 遺産を探しに来たら女の子になってた件について
日本に来てから、莫可はすでに丸一年ここで過ごしていた。
最初の頃は新鮮でワクワクしていたけど、今ではすっかり飽きてしまって、むしろウンザリしている。
表向きの日本は何もかもが整っていて素晴らしい。だが、深く関わってみると、とにかく面倒なことばかりだ。
毎日毎日、母ちゃんの言うところの「クソみたいな敬語」を使って他人と話すのは、もう限界だった。
できることなら、全部「ち●毛」とかに置き換えてやりたいぐらいだ。
でも、帰国の日はもうすぐそこまで来ている。
そう思うだけで、気分もかなり軽くなった。
たとえ日本人が、飯を食ってる最中に嫌味を言ってきたとしても、今の莫可は大人の余裕でスルーできる。
そう、彼は日本に大学に通うために来たわけじゃない。
いや、最初は一応、ついでに大学にも通うつもりだった。
でも今はただ一つ、祖父の遺産を手に入れて、とっとと帰国することしか考えていない。
しかももう時間も猶予もない。日本での生活費も底をつきかけていたからだ。
莫可はごく普通の高校生だ。いや、正確には大学入試で200点ちょっとしか取れなかった、正真正銘の怠け者。
母親に育てられたが、別に不幸な過去があったわけじゃない。
むしろ家庭はかなり裕福で、母親は省都で名の通った会社の社長。大学に行かなくても、衣食住に困ることはなかったし、会社に行けば形式だけの役職くらいもらえる身分だった。
だが、そんな怠惰な態度にしびれを切らした母親が、彼を「鍛える」という名目で生活費を完全に断ち、働いて自活するように命じたのだ。
最初のうちは莫可も「この世は広い、別にあんたに頼らなくてもいいし」と思っていたが、いざバイトを始めてみると……。
これは人間の生活じゃない!
丸一日ヘトヘトになって働いたって、稼げる金は雀の涙。
その瞬間、莫可は学生生活の素晴らしさを思い出した。
母親は最終的には情に負けたのか、彼にまとまった金を与え、日本の大学に行けるよう手配してくれた。
だが、その条件はただ一つ。
——祖父が日本に残した遺産を探し出すこと。
莫可は祖父のことなどまったく知らない。なにせ、彼が生まれる前に日本で失踪していたのだから。
最初はこんな面倒なこと引き受けるつもりなどなかったが、母親が「遺産を見つけたら、その金はすべて莫可のものにしていい」と言った瞬間、態度は一変した。
母の話によれば、その遺産は少なくとも300万ドル相当——それが手に入れば、母に頼らなくても優雅な一生が過ごせるというわけだ。
こうして莫可は、知り合いもいない、言葉も分からない異国の地で心を入れ替え、猛勉強して日本語をN2レベルまでマスターした。
今はN1合格を目指しているが、大学卒業のためというよりは、祖父の残した「手がかり」を解読するためだった。
その手がかりとは、祖父が失踪前に日本から送ってきた日記。
この忌々しい日記、全編日本語で書かれているうえに、平仮名だらけで字も汚く、いまだに完全には読めていない。
母親がなんで翻訳者を雇わなかったのか、飛行機で来日して自分で取りに来なかったのかは謎だが、
遺産を見つければ全部自分のものになる——それだけで、莫可にとっては十分だった。
「金持ちのくせに、俺の生活費はちょびちょびしか送ってこないし、毎月振り込みとか……ほんとケチな母ちゃんだよな」
ぶつぶつ文句を言いながら、モコは懐中電灯の明るさを最大にした。
今、すべてが終わろうとしている。
そう、彼はついに、祖父の遺産の場所を突き止めたのだ。
深い山奥にある、廃神社を抜けた先にある地下洞窟。
入口には暗号が必要だった——それを解くのに、実に一ヶ月も費やしてしまった。
洞窟は異様に深く、人工というよりは自然の地形に神社を建てたような構造。
莫可はびくびくしながら進む。いくら唯物論者でも、こんな真っ暗な洞窟の中ではホラーゲームの映像が頭をよぎる。
幽霊なんていなくても、死体を見たら十分怖いだろう……。
「き、嫌だ……オバケ屋敷とか一番無理……」とブツブツ言いながら角を曲がった瞬間、
十字架が嵌め込まれた棺桶が目に飛び込んできて、思わず震えた。
心臓はバクバク。
でも、莫可は思い出した。
数百万ドル、そして母親に干渉されない自由な人生——その想像だけで恐怖は一気に和らいだ。
莫可は金持ちの息子ではあるが、母親の管理が厳しかったせいで、生活水準はせいぜい中流。
古い団地に住み、召使いもいない。
だから「金なんていくらあっても足りない」と思っている。
彼にとって数百万ドルは、まさに夢のような金額だった。
「この金で会社を作ろう。うん、美少女ゲーム専門会社……イラストレーターはリアル美少女で……韓国のはやめとこう、整形多いし、ふひひ……」
そんな妄想にふけっていた時、不意に懐中電灯がチカチカと点滅した。
我に返って棺桶を見つめる。
日記によれば、遺産は棺の中にあるはずだ。
でも、棺ってことは……まさか祖父の遺体が入ってる?
恐怖に震えながらも、彼は入力パネルを開き、パスワード「WAHKL」を押す。
……しかし、何も起きない。
「は?嘘だろ、パスワード間違ってるのか?」
「ゴゴゴゴ……」
次の瞬間、地面が揺れ、棺の蓋がゆっくりと開いていく。
莫可は期待と恐怖で固まる——その時!
横の壁が開き、カラカラに乾いた死体がズルリと滑り落ちてきた。
「わ、わあああ!?やめろって老爷子ぉ!!」
死体の手には、巻物が握られていた。
——中にはこう書かれていた。
「我が後継者よ。先祖代々の遺産は、この棺の中にある。それは金では買えぬ力。
それを飲めば、凡人を超えた力を得るだろう——」
莫可は棺を覗き込む。中には、真紅の液体が入ったガラス瓶がひとつ。
「……金じゃねぇのかよ」
どっと疲れが押し寄せ、彼はその場に崩れ落ちる。
「おいジジイ、なんだよ、これ……ウルトラマンにでもなれるってか!?ここは現代社会だぞ!科学的に頼むよ!」
怒り心頭の彼は、瓶を取り上げ観察する。
「どうせ飲めないワインだろ……いや、300年前のワインとかなら価値あるかも?」
悩んだ末に、莫可はついに決断する。
「ここまで来たんだ。飲まなきゃ損だろ!どうせ特撮みたいに、出た瞬間敵に襲われるパターンかもしれんし!」
栓を懐中電灯でこじ開け、「シュッ」とガスが抜ける音。
「ゴクゴクゴク——」
中身を一気に飲み干した。
……味は、なんだかコーラっぽい?
その瞬間、大地が揺れ、棺が動き、下から赤い魔法陣が姿を現す。
「マジで力が手に入るのか!?」
意識が遠のき、視界がグルグルと回る——
次に目を覚ました時、目の前には光る鏡。
鏡の中には、ぶかぶかの服を着た銀髪の少女。
彼女は不思議そうに赤い瞳を瞬かせ、鏡に手を当てた。
——冷たい感触。自分の手の感触。
「……え?」
後ずさりして鏡を見下ろすと、少女は自分だった。
ほっぺたをつねる。……痛い。
夢じゃない。
地面には、空になったガラス瓶が転がっている。
つまり——
「得られる力」って……女の子になること!?
「おいジジイ!出てこい!!遺産って何だよ!!女の子になることが家宝かよぉおお!!」
彼は乾いた死体をガクガク揺さぶりながら叫んだのだった。