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Side:信長 1
わしは、強くなければならぬと教わった。
力を持つ者が上に立ち、力なき者は下を這う――それが、この世の道理だと。
わしはそれを疑わず、信じてきた。いや、信じねばならなんだ。
力を示さねば、人は従わぬ。
名を知らねば、斬られる。
家を守るには、剣を抜け。
それが、生きるための“正しさ”だと、信じ込んできた。
けれど――あやつと出会って、わからなくなった。
あやつは、何も持っておらぬ。力も、名も、居場所も。
ただ、震えて、黙って、傷ついて、それでも、生きていた。
あのとき、わしはあやつを守ると決めた。
“鬼”だと言われようが、蔑まれようが、それでも――わしの中の何かが、あやつを手放したくないと叫んだ。
守ること。信じること。
奪うためではなく、寄り添うために、わしは力を使えるのかもしれぬ。
……それが弱さなら、弱くてもよい。
それが甘さなら、甘くてもよい。
わしは、もう迷わぬ。
あやつの目を、裏切りたくはないのじゃ。
――ハル
咲きかけた花のようなその名を、わしはこの胸に刻んだ。
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