第4話 石と光
朝の陽が、庭の玉砂利を照らしていた。
空は青く、鳥の声もにぎやかに響いていたけれど、屋敷の中は静まり返っていた。
ハルは蔵の戸をそっと開けた。人の気配は薄く、誰にも見られていないようだった。
信長が言っていた。「わしの家じゃ」
――ならば、少しぐらい歩いても、いいのではないか。
裸足のまま、一歩。また一歩。
砂利が足の裏にちくちくと痛い。でも、ハルの顔には少しだけ好奇心があった。
花が咲いていた。白くて、やわらかくて。
木の枝に、緑が揺れていた。
音が聞こえる。子どもたちの笑い声だ。
声のする方へ、ハルはふらふらと歩いていった。
塀の外。畑の脇。見慣れぬ服の子どもたちが、輪を作って遊んでいた。
ハルが立ち止まると、ひとりの少年が彼に気づいた。
「……だれだ?」
もうひとりが顔をしかめる。
「見ろよ、あの髪。あいつが“鬼の子”だ!」
子どもたちの顔が、いっせいにこわばった。
ハルは一歩後ずさる。でも、遅かった。
「こっち来るな! 気持ち悪ぃんだよ!」
石が、飛んできた。
一つ、二つ――当たった。頬に、小さな痛み。肩に、重い衝撃。
「おまえ、呪われてんだろ!」「人間じゃねえくせに、出てくんな!」
声が飛び交う。石がぶつかる。泥がはねる。
ハルはよろけて、地面に手をついた。赤い瞳が、涙でにじんでいた。
なぜ。なぜこんなことをされるのか。
「……ぼく、なにも……してない」
かすれた声は、誰にも届かない。
そのとき――
「貴様らァアアアッ!!!」
鋭く怒声が割って入った。
次の瞬間、子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
砂煙の中を駆けてきたのは、信長だった。
「何をしとる!! 誰がこの子に触れてよいと言うた!!」
信長の顔は怒りに染まり、目は鋭く光っていた。
彼は倒れたハルの前に膝をつき、震える身体を抱き上げた。
「ハル……大丈夫か。どこが痛む?」
ハルは答えなかった。ただ、信長の着物の胸をぎゅっと掴んだ。
――あたたかい。
その腕の中で、ハルの瞳がうるんで光った。
涙とも、何か別のものともつかない、赤い光。
信長はそれを見て、ひとつだけ小さく呟いた。
「……すまぬ。わしが、おぬしを……人の中に置いてしもうたからじゃ」