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第3話 蔵の中の晩餐

ハルに与えられた寝場所は、屋敷やしきの奥にある小さな古蔵ふるぐらだった。

薄暗うすぐらくて冷たくて、壁にはふるびたつぼれた道具がならんでいた。

人の気配も、ぬくもりも、そこにはなかった。


信長のぶながが「ここでらせ」と言ったのではなかった。

家臣かしんたちが勝手に決め、誰もあらがう者はいなかった。


ハルは何も言わなかった。ただ、蔵の片隅かたすみにちょこんと座り込み、じっとしていた。

誰かが通る足音がすると、身体からだをぎゅっとちぢめて息をひそめる。

食事も、誰も持ってこない。水も、声もない。


――ひもじい。


でも、それを口に出すことはできなかった。

この世界では、言葉を持たない者は、生きることすら許されない。

けれど、それでも。信長のぶながの手のぬくもりだけは、たしかにおぼえていた。



その夜――。


蔵の戸が、きい、ときしんで開いた。

し込んできたあかかりの中に、見慣みなれた影が立っていた。


「おるな、ハル」


信長のぶながだった。片手に、小さな木のぼんを持っている。


その上には湯気ゆげの立つわんと、おにぎりが二つ。

そのかおりに、ハルのおなかが、きゅう、と鳴った。


信長のぶながは口元だけ笑って、盆をそのまま床に置いた。


え。めぬうちにな」


ハルは、戸口から一歩も動かないまま、ちらりと盆を見た。

そして、信長のぶながの顔を見た。

うたがっているわけではない。ただ、どうしていいかわからなかった。


「……わしの分もあるゆえ、心配いらぬ。毒など、っておらんぞ」


そう言って、信長のぶながはその場に座り込むと、自分のおにぎりを一つかじった。

それを見て、ようやくハルがそろそろと歩みる。


小さな手が、熱を持った椀にれたとき、ほんの少しふるえていた。


一口、口にはこんで――目を見開みひらいた。

それは、ちゃんとあたたかかった。ちゃんと、おいしかった。


ふいに、瞳に涙がにじむ。


「なんじゃ、熱かったか?」


信長のぶながが首をかしげた。

ハルはぶんぶんと首を振り、懸命けんめいにおにぎりを頬張ほおばる。


言葉にならない。けれど、きっとそれでもつたわっていた。


信長のぶながは、しばらくその様子を見ていたが、ふと静かにつぶやいた。


「この世は、あらそいでり立っておる。つよき者がうばい、よわき者はうばわれる。

――わしは、そのてっぺんを取る。それが武家ぶけことわりというものじゃ」


その言葉の意味を、ハルがどこまで理解りかいしたかは分からない。

けれど、彼はその夜、誰よりもおいしいめしべて、初めて少しだけやすらかな顔でねむった。

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