第2話 異形の子
「そうじゃ、ハル。よい名であろう」
信長がぽつりと言うと、桃色の髪の子――ハルは、おそるおそると頷いた。
まだ怯えてはいるものの、その赤い瞳には、かすかに安堵の色が差していた。
信長は立ち上がり、後ろを振り返った。
「こやつを屋敷へ連れて帰る。着物も、食も、寝るところも用意せい」
従者たちは顔を見合わせた。困惑と恐れと、反発と――混じり合った感情が、誰の口も開かせない。
「どうした。命令が聞けぬか?」
その一言で、空気がぴたりと止まった。
やがて、ひとりの従者が深く頭を下げた。
「……承知つかまつりました」
信長はふっと鼻を鳴らすと、ハルの方へ手を差し出した。
ハルは、怯えたままその手を見つめていたが――やがて、そっと指先を伸ばし、信長の手に触れた。
冷たい、細い手だった。
「ようし、行くぞハル。わしの家は……わしの国じゃ」
そう言って、信長は歩き出した。
赤い瞳の子を連れて、春の山道をまっすぐに。
*
屋敷に戻ると、待っていたのは案の定、父・信秀の厳しい視線だった。
「信長。貴様、どこに行っていた」
「山じゃ」
「山……では、これは何だ」
信秀の視線が、信長の背後――信長の着物のすそに隠れるように立っていたハルに向けられる。
ハルは怯え、信長の袖を握りしめた。
「拾った。名はハルじゃ。これより、わしが共に暮らす」
「異形の子を、屋敷に入れるというのか。正気か、信長」
家臣たちもざわつき始める。
だが、信長はまっすぐ父を見返した。
「正気じゃ。わしが選んだ。この子はわしのもの。誰にも触れさせぬ」
信秀は黙ったまま、息を吐いた。
「……くだらん情けをかけるな。世は弱き者に甘くはない。いずれ裏切られるぞ」
「裏切られても構わぬ。わしはこの子を信じる。それがわしのやり方じゃ」
言い放ち、信長はハルの肩を軽く抱いて奥へ進んだ。
家中には冷たい視線が向けられていたが、信長は気にするそぶりもない。
ハルだけが、背中越しにそのすべてを感じ、また一つ、人の怖さを知った。
だが――信長の手のぬくもりは、たしかにそこにあった。




