第19話 声なき叫び
那古野の城下に、ひとつの騒ぎが起きていた。
表通りから外れた裏長屋の前。
商人の子どもが、野犬に噛まれて倒れているという。
あたりは人だかりになり、誰も近づこうとしなかった。
犬はどこかへ逃げたが、血のにおいを残したまま、道の隅に恐怖が残っている。
その中を、ひとり駆けてきた姿があった。
「どけって! 通してくれ!」
声が高く、ややかすれていた。
走り寄ってきたのは、裾をまくり上げた少年――ハルだった。
彼は子どもの傍にしゃがみこみ、傷口を見て、咄嗟に上着を裂いて包帯代わりにした。
血を止めようと、細い腕で必死に押さえる。
「しっかりしろ……おまえ、泣いてる場合じゃねえぞ……っ」
けれど、その手を掴む者がいた。男だった。
町の者か、子の親か。
「おいッ、なにをしてやがる!」
「見りゃわかるだろ! 止血してんだよ!」
「き、貴様……その目……!」
赤い瞳に、男がたじろぐ。
その顔が歪み、恐怖と怒りがないまぜになる。
「て、てめぇ、あの“鬼の子”だろうがッ! この子になにをした!」
人々の視線が、次々とハルに集まった。
ざわつく声。疑いの目。誰も彼の言葉を聞こうとはしなかった。
「違うって……おれは助けようとして……!」
男が掴んでいた手を、乱暴に振り払う。
「ふざけるな! こんな目をしてる奴が、人を助けるわけがねぇ!」
「……っ!」
ハルは咄嗟に立ち上がり、周囲を見渡した。
誰も味方してくれない。人垣の向こう、声のない否定の嵐。
少年が、背中を押されたように後ずさる。
「オレは、化け物じゃ……ない……」
そう言おうとした声は、喉の奥で潰れた。
掌が、勝手に熱を帯びる。
青い炎――あの時の力が、再び疼く。
でも今、それを出せば――
きっともっと、取り返しのつかないことになる。
「……やめろ、やめろ、でてくんな……っ!」
自分の手を抱え、膝を折る。
もう誰も見ていない。見ていながら、見ていない。
誰かを守ろうとして――否定される。
その叫びは、喉の奥に閉じ込められ、声にならなかった。




