第15話 灯火
山を越え、砦へと向かう途中。
一行は、古びた街道沿いの峠で、旅の僧とすれ違った。
――空玄だった。
あの火の村で、信長とハルの在り方を見届けた男。
笠を目深にかぶり、袈裟はところどころ焦げていたが、その目だけは変わっていなかった。
冴えた、飄々《ひょうひょう》とした眼差し。世のすべてを一歩引いて見ているような。
「……また、命知らずな顔をしておるのう、若信長」
空玄は立ち止まり、煙管をくゆらせながら、煙の奥からそう言った。
信長は馬を止め、目だけで応じる。
「わしの顔は、いま戦へ向かう者の顔じゃ。引けるものか」
「まさにその顔じゃて。引けぬ男の、よう燃える顔よ」
くつくつと笑いながら、空玄は道の端に腰を下ろした。
そして、近づいてきたハルをちらりと見やった。
「よう、おぬしの目も、少し大人びてきたの。――“ちから”は、どうじゃ」
ハルは、足を止める。
「……まだ、こわい。こわいけど……ときどき、あったかい、って、思う」
「それでええ。それでこそ、ちからは“人”のもんになれる」
空玄の言葉は、どこか皮肉混じりで、どこか優しかった。
「理想を語るのは結構。けれど、現世というものは、思うより泥深い。
仏であれ、鬼であれ、その足を汚さんと、真っ直ぐには進めんぞ」
信長は馬上から静かに応えた。
「それでも、わしは歩む。たとえ膝まで泥に浸かろうと、行く道は決めておる」
空玄はその言葉に返さず、ひとつ煙を吐いた。
そして、焚き火のようにぽつりと言った。
「ならば、いずれ“灯し火”となる者が必要じゃな。
闇を怖がらぬ者ではなく、闇に火をともせる者――たとえば、鬼子の手に、青き火が宿るならば」
信長は表情を変えず、軽く手綱を引いた。
「言の葉で未来を占うな、空玄。わしはただ……目の前にあるものを信じるまでじゃ」
「その眼で、“目の前”の中に、何が見えておる?」
空玄の問いに、信長は一言だけ残した。
「――希望じゃ」
馬が進む。
空玄はもう、何も言わなかった。
ただ、その背を、静かに見送っていた。




