表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第1話 紅き瞳の子

春の風が、尾張おわりの山をそっとなでていた。

木の枝先にはちいさな若葉が顔を出し、冬の名残なごりを押しのけるように、の光が地面を照らしている。

だけど、そのおだやかな風景の中を歩く少年の足取りは、どこか不機嫌そうだった。


「……退屈たいくつじゃな。りというなら、もっと面白いものを見せてみい」


織田信長おだのぶなが、十歳。

尾張おわりの国をおさめる織田家の嫡男ちゃくなん。けれど周りの者たちは彼を「うつけ」と呼び、誰も真っ直ぐには目を合わせようとしない。

それでも彼は気にせず、森の奥へずんずんと足を進める。


わか……これ以上奥へ行かれましては……!」


後ろから心配そうな声がかかったが、信長のぶながは振り返らない。

木々のざわめきと、鳥の鳴き声。自然の音にまぎれて、小さく――誰かが泣いているような声が聞こえた。


「……今の、泣き声か?」


信長のぶながは足を止め、耳をすませた。

かすかに、くぐもったようなすすり泣きが風に乗ってくる。


声のする方へ、信長のぶながは迷わず歩き出した。

低い草をかきわけ、薄暗い木陰こかげを抜けたその先に――それは、いた。


小さな子ども。

裸足はだしで、服はやぶれてよごれていた。髪は春の花みたいに薄い桃色ももいろで、ひざをかかえて、うずくまっていた。


そして、その子が顔を上げたとき――信長のぶながは目をうばわれた。


目が、赤い。

真っ赤で、だけどどこかき通っている。悲しみをたくさんいこんだような、そんな色だった。


「おい、そこの――」


声をかけかけたところで、子どもがびくっとふるえた。

顔をこわばらせ、まるで逃げ場を探すように、きょろきょろとあたりを見回している。


「な、なんだあれは……!」


後ろから追いついてきた従者じゅうしゃが、青ざめた声をあげた。


おにの子だ……! 鬼の血を引く者だって、昔の話にあった……!」


刀を抜こうとする気配。だが次の瞬間――


「やめい。ころすでない!」


信長のぶながが、低い声で言った。

従者じゅうしゃの手をつかみ、強くにらみつける。


「こやつは、わしがひろった。どうしても殺したければ、まずわしをってからにせい」


その言葉に、従者じゅうしゃは息を飲んで動けなくなった。


信長のぶながは子どもにゆっくりと近づき、しゃがみ込んで目線を合わせる。

子どもはまだおびえていたけれど、信長のぶながの目をじっと見つめ返していた。


「名は……ないのか?」


子どもは首をかしげるだけで、何も言わない。

しばらく考えたあと、信長のぶながはぽつりとつぶやいた。


「春みたいな髪じゃな。よい、ハルと呼ぶとしよう」


子どもが、小さく口を開いた。


「……ハル……?」


初めて聞いたその声は、かすれていたけれど、しっかりと耳に届いた。

この物語は、織田信長と、一人の“鬼の子”ハルが共に歩んでいく、戦国異聞の物語です。


信長というと、「第六天魔王」と呼ばれる冷酷なイメージが先行しがちですが、

本作では“争いのない世をつくろうとする者”としての彼の姿を描いていきます。


一方、もう一人の主人公・ハルは、人のようで人ではなく、それでも人になろうとする少年。

言葉を覚え、心を揺らしながら、「信じたい」という想いで信長と絆を育んでいきます。


歴史に名を残す人間と、名前すら持たなかった存在。

交わるはずのなかったふたりが、なぜ「共に罪を背負う」のか――

その理由を、少しずつ紐解いていけたらと思います。


もし少しでも心に残るものがありましたら、お気に入りや感想など頂けるととても励みになります。

今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ