第14話 砦からの使者
あれから三年の時が過ぎた。
火の村で「紅の契り」を交わしたあの夜を境に、
信長とハルは、共に歩む道を静かに、だが確かに進んできた。
信長は十三の年を迎え、少年から若武者の顔つきへと変わりつつある。
剣の腕を磨き、政の理にも耳を傾けるようになった。
しかし、その瞳の奥には、幼き頃に抱いた“争いのない世をつくる”という理想が、いよいよ強く宿り始めていた。
ハルもまた、あの日の幼さを少しずつ脱ぎ捨てていた。
言葉はたどたどしくも確かに増え、自分の中にある力と向き合おうとする姿が、日毎に色濃くなっていた。
だが――
世は変わらず、血を欲していた。
まだ夜明け前の空が白み始める頃、那古野の屋敷に、ひとりの使者が駆け込んできた。
「西の砦が……! 敵襲です! 野武士の一団が包囲し、砦が陥落寸前とのこと!」
信長は即座に立ち上がる。裃を脱ぎ、脇差を帯びる。
「父上に報せを?」
家臣の問いに、信長は小さく首を振った。
「いや、わしが行く。いま、あやつらに義がなければ、誰がそれを示すのじゃ」
十三の身で兵を率いて立つことは、無謀とも言えた。
だが、彼の中にあったのは“家の命”ではなく、“誓いを守る者”としての決意だった。
その横で、ハルが顔を上げる。
薄明の光のなかで、赤い瞳が静かに揺れていた。
信長は振り返らずに言った。
「来い、ハル。おぬしも共に、民のもとへ参るのじゃ」
ハルの目には、信長の背がまっすぐに見えた。
それは、ただ歩く背ではない。進む道そのものだった。
そして、ハルはその背を、まっすぐに追った。




