Side:信長 2
――紅の契りの夜、火が静かに揺れる。
手を握る感触が、まだ残っておる。
小さくて、温くて、脆い。
それでも、あやつは震える手で――前に立った。
「まもりたい」などと、あの子は言わなかった。
ただ、怖いままで、薫の前に立った。
それが、何より尊い。
わしは、あやつに何をしてやれるか。
剣を渡せばよいのか? 力の使い方を教えればよいのか?
そんなものは、きっと、後からでよい。
あやつが迷ったとき、口にできぬ想いを抱えたとき、
それを引き取って、言葉にしてやることが――わしの役目じゃ。
思えば、わしはずっと、“争いの意味”を探しておった。
勝つため、奪うため、家を継ぐため――
どれも理由にはなるが、心を燃やすには足りなんだ。
じゃが、あやつを見ていて思う。
「争いのない世をつくる」などと、他の誰かが口にすれば、
わしは笑って流していただろう。
戯れ言、と。
だが――あやつが言うと、本気で叶えてやりたくなる。
たとえ、それが「罪を重ねる道」だとしても。
人は、自分と違うものを恐れる。
それは、争いの根。
ならば――わしが“違うもの”を、全て受け入れる王となろう。
恐れの矛先を、すべてこの胸に引き寄せてやる。
わしが“第六天魔王”と呼ばれるようになるのなら――それもよい。
あやつが、あやつのままでいられるためなら。
あやつの手は、小さかった。
けれど、交わした血は、誰のものとも違わぬ、確かな“紅”じゃった。
この命をもって証す。
あやつが何者であろうと――わしの傍に在る限り、誰にも渡さぬ。
契りとは、守ることではない。
“共に背負う”と、決めることじゃ。
夜が静かに明けようとしていた。
だが、わしらの闇は、まだ深い。
ゆえにこそ、この手は、離してはならぬ。




