第11話 鬼でもいい
翌朝。
村は淡い朝霧に包まれていた。
信長は、薪を運ぶ子どもたちを手伝いながら、村人たちの顔色を探っていた。
こちらを遠巻きに見る者、目を合わせず黙々《もくもく》と作業する者。
だが、それでも石を投げる者はいなかった。
「信長さま。……あんた、刀を持っとるのに、人を斬らんのかい」
背後から、ぽつんと声がした。
振り返ると、髪の焦げた痕が残る少女が立っていた。
年はハルとそう変わらぬ――名を薫という。
「わしの剣は、あやつのためにある。
人を守るために抜く。欲のためには抜かん」
「ふぅん……へんなの」
それだけ言って、薫はまた薪を運びに行った。
信長は苦笑しつつ、手を止めた。
あの娘が、今日、何を引き寄せてしまうのか――まだ知らずにいた。
*
午後。
村のはずれにある川辺で、子どもたちが魚を捕っていた。
ハルも呼ばれた。
最初は戸惑っていたが、薫に背中を押され、川に入った。
笑い声が上がる。水しぶきが舞う。
――それは、ほんのわずかの、平和の時間だった。
そのときだった。
川上の林から、がさりと物音がした。
「……!」
現れたのは、血にまみれた旅装の男たち。
背には刃、腰には縄、目は飢えた獣のように光っていた。
「おやおや……小金にもならん村かと思えば、
ちょうど良い“担げる荷物”が揃ってるじゃねえか」
野盗だ――しかも、数は六。
大人たちの姿は近くにない。
子どもたちの声が、一気に凍りついた。
「やめて……!」
薫が叫び、ひとりの男に飛びかかろうとする。
だが、男は容赦なく、逆にその肩を突き飛ばした。
「キャッ……!」
小さな身体が空を舞う――
その瞬間、川の水が異様に揺れた。
風が逆巻き、葉が逆流し、空気が赤く震えた。
ハルだった。
赤い瞳が、光っていた。
「やめろッ!!」
その叫びと同時に、地面が鳴る。
男の足元が裂け、転倒する。
空気が圧し掛かるように重くなる。
「な、なに――!?」「こいつ……鬼だ!!」
男たちが後ずさる。
ハルは、震えながらも薫の前に立ち、叫ぶ。
「こないでッ! もう、いや……やめてぇ!」
信長が駆けつけたのはその直後だった。
すでに空気は異様に重く、まるで戦場のような緊張感が広がっていた。
「ハル!」
信長がその名を叫ぶと、ハルの力がすっと抜け、膝から崩れ落ちた。
赤い光がすうっと消えていく。
野盗たちは慌てて撤退した。
残されたのは、倒れたハルと、泣きじゃくる薫、呆然とする子どもたち。
信長はそっとハルを抱き上げた。
「よくやった。あやつを守ったのじゃな……」
そのとき、薫が信長の裾を握った。
「……こわかった。でも……助けてくれた。
鬼でも、なんでもいい……ありがとうって言いたい」
その言葉に、信長は目を細める。
「鬼でも、か……」
静かに立ち上がり、村を見渡す。
「ならば、わしが“鬼の王”となろう。
この世すべての恐れと、憎しみと、怒りを背負って――
争いを終わらせる“罪”を引き受けよう」
空玄が遠くから見ていた。
その目に、初めて――哀しみでも、皮肉でもない、
ひとつの信頼の火が灯っていた。




