第10話 火の村にて
山を越え、谷を抜けた先。
かつて戦に焼かれた村があった。
すすけた屋根、崩れかけた土壁、干からびた水路――
生きる音がほとんど失われたその地に、信長たちは降り立った。
「……ここが“火の村”じゃ。
一月前、隣国の兵に焼かれたばかりでな。人も土地も、まだ痛んどる」
空玄が低く言う。
「なぜ、こんな場所に?」
「“何もない”ところには、逃げる者も集まりやすい。
それに、鬼の目も……ここの者たちなら、すでに見てきた。
もう少しやそっとの異形では、叫びもせぬ」
信長は村の入り口で立ち止まり、肩越しにハルを見た。
「歩けるか?」
ハルはこくりと頷く。
まだ顔に不安の影を残していたが、足はしっかりと前を向いていた。
村には十数戸の家が残っていた。
子どもや女たちは顔を伏せ、年寄りたちは黙ったまま土をいじっていた。
「……よそ者か?」
しゃがれた声が一つ、焚き火のそばから聞こえた。
現れたのは、腰の曲がった老婆だった。
頬の皺に煤が入り、火事の痕を隠すように、粗末な布で頭を覆っている。
「空玄か……また厄介を連れてきたのかい」
「厄介かどうか、見てから決めるのがよかろう」
空玄はあっさり言い、信長とハルを押し出すように前へ出した。
信長は深く頭を下げる。
「織田信長。ひととき、身を置かせていただきたく存じます。
この子はハル。わしが拾い、守るべき縁にございます」
老婆はしばらく無言で信長を見つめた。
次に、ハルの赤い瞳を見て、さらに長く沈黙した。
ハルは一歩引こうとしたが、信長の袖がそれを留めた。
「……ふん。若いくせに、えらく真っすぐな目をしておるな。
あたしゃそういう目が、いちばん信用ならん」
それでも老婆は、焚き火の傍らをぽんと叩いた。
「空玄がそう言うなら、ひと晩は飯と屋根ぐらい貸してやらぁ。
ただし……化け物の力で何か壊したら、次はねぇぞ」
「恩に着る」
信長は再び頭を下げた。
ハルも真似して、ぺこりと礼をする。
その晩、三人は村の片隅の小屋に通された。
壁には風がしみ、床には埃が積もっていたが、それでも――炎の中を越えてきた身には、十分だった。
火を囲んで、質素な夕餉を分け合いながら、信長はふと思った。
――この村は、何も持っておらぬ。
だが、何もないところにこそ、希望は芽吹くやもしれぬ。
ハルはその夜、火の光に照らされながら、久しぶりに少しだけ、笑った。




