第7話 理想の種
ぱち、ぱち、と火がはぜる。
囲炉裏の火が、三人の影を地に長く落としていた。
空玄は、竹筒から米を出し、干し椎茸と味噌を放り込みながら、呟くように言った。
「……鬼を斬った数で出世する奴もいれば、
鬼に飯を分けたことで村を焼かれた者もおる。
どちらも“正義”と呼ばれたことがある。滑稽じゃろ」
信長は、黙って火を見ていた。
ハルは隣で膝を抱え、鼻をくすぐる香りにじっと耐えていた。
「坊主。おぬしは――なぜ、そんなに投げやりなのじゃ?」
信長の問いに、空玄はふっと笑った。
「投げたのではなく、拾ったのだ。希望をな」
「……どういうことじゃ」
「昔、わしにもおったのだよ。おぬしのように、まっすぐで、やかましくて、
“世界を変える”などと寝言を語る若造がな」
空玄の目が、ふと遠くを見るように細まる。
「そやつは、己の大切な者を守ろうとして、皆の敵になった。
誰も味方をせず、祈る者もおらなんだ。
最後に残ったのは――争いと、血だけじゃ」
沈黙が落ちた。
信長も、言葉を挟まなかった。
やがて、空玄が味噌を溶きながらぽつりと言った。
「わしはそれを見て、思ったのだ。
“正しさ”は、時に誰よりも人を殺すのだとな」
火のゆらめきが、信長の横顔を照らした。
その目に、何かが灯っていた。
「……では、争いのない世など、やはり妄想か」
そのとき、ハルが口を開いた。
「ノブ、まえ、いった……“つよくなる”って」
信長は、目を細める。
「うむ、言うたな」
「でも……つよくなって、なにするの?」
その言葉に、空玄の手が止まった。
信長は、火を見つめたまま答えた。
「――守る。奪うためではなく、守るために強くなるのじゃ。
わしは、まだそれが“正しい”のかはわからぬ。
じゃが、あやつを――ハルを守りたい。それだけは、確かじゃ」
空玄は静かに目を閉じた。
そして、ほんのわずかに微笑した。
「……なるほど。まだ間に合うのかもしれんのう、この世も」
火の香りと味噌の匂いが、あたりを包む。
やがて、温かな椀が三つ並び、ひとつ、またひとつと手に渡されていく。
その夜、争いも正義も語られた。
だが、確かにそこには――ひとと、鬼と、ひとりの坊主が交わす、静かな“希望”があった。