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029 願いが織りなす守護

黒猫はリチャードの足元に身体を寄せたまま、ゆっくりと顔を上げた。


まるでそこに、人のような意志が宿っているかのようだった。


「……この猫、ただの生き物じゃないわね。」


ルビーが声を低くする。


エルフィーナが杖を軽く振り、空間を透過とうかする魔術を展開した。空気がわずかに揺れ、黒猫の体の内側から、細い糸のような魔素の網が広がるのが見えた。


「この町の人々と、繋がってる……。」


エルフィーナがつぶやく。


「まるで、“心の鍵”を開けるような……自分からこの猫を信じたいって思わせる、特別な力。」


クロエの言葉に、猫はまぶたを細めた。否定も肯定もない。ただ、静かな存在感がそこにあった。


「なぜ、こんなことを?」


ユイナが問いかけた。けれど、猫は答えない。代わりに、町の広場にいた老女が口を開く。


「昔ね、この町を守ってくれていた聖獣がいたのよ。名を“ニャルフィル”。……この子のことさ。」


黒猫が、まばたき一つせずユイナを見上げていた。


「ある日、大きな戦いに巻きこまれて、この子は命を落とした。だけど、町の人がそれを忘れられなかった。だから、願ったの。“もう一度、ニャルフィルに守ってほしい”って。」


老女は続ける。


「その祈りが、何かを呼んだのかもしれない。ニャルフィルは戻ってきた。けれど、今の彼は……生きているとは、少し違う。」


「意志を持っているけど、それはかつての“彼”とは別物……ってことか。」


リチャードは静かに言った。


ルビーが前に出る。


「このままじゃ、この町の人たちは、“自分の意志で”自由を手放したままになるわ。」


「でも、みんな幸せそうだったよ?」とクロエが問いかける。


「それでも……その笑顔の奥に、何かをあきらめたような影を見たの。」


ユイナが黒猫に視線を向けた。


「あなたは、善意からこの町を守っている。でも、それはきっと、もう必要ない。」


風が吹いた。黒猫は、ゆっくりと目を閉じた。


その瞬間、すべてのつながりがほどけた。まるで、古い夢から覚めるように、人々の目がみわたる。


黒猫は、リチャードの前でふわりと身体を横たえた。そして、そのまま……砂のように、崩れていった。


町は静かだった。ただ、どこか清らかで、新しい空気が流れていた。


「……ありがとう、ニャルフィル。」


ユイナの言葉は、誰に届いたかもわからない。それでも、彼女は微笑んだ。


その夜、町にあかりが戻った。


フォルナの人々は自分たちの意志で立ち上がり、もう一度、町を動かす準備をはじめた。


「さあ、行こうか。次の目的地が待ってる。」


リチャードの背に、夕暮れの風が吹いた。


小さな足音が聞こえた気がした。けれど振り返っても、そこには誰もいなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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