020 ブラック職場、300年放置されてたら巫女がいた件
--------------------リチャードの視点。
北の魔境“エルドラフト”に到着した。
塔の前で、俺たちは風に吹かれていた。
……いや、“塔”っていうには、ちょっと無理がある。
だってこれ、どう見ても地平線を刺すレベルの建築物なんだけど?
物理法則とか工事費とか、ツッコミ担当を何人潰せば気が済むの。
「これが、“時忘れの塔”ね。」
エルフィーナが言った。ピンクの髪が風に揺れる。相変わらず見た目は天使、口を開けば世界観説明担当。
さすが“賢狼”にクラスチェンジしただけある。
「正式名称は、“観測区画第零域”。かつてここで、全ての時が記録されたと言われているわ」
「わー、すごーい(棒)。」
クロエが見上げながら言った。声にやる気はないけど、持ってる弓は構えっぱなしだ。
うん、信じてるよ。主に戦闘力を。
一方、ユイナ様は塔の扉をじっと見つめていた。
ふわふわした巫女姿の少女・エレナは、霊感が強いらしい。
こういう“よくない場所”では、やたらとピリッとする。
「……この扉、夜の門の紋章が刻まれてる。古代の封印式、重ねがけね。」
「夜の門……空間を“夜”に変える術式、だったか。」
ルビーがうなずく。いつの間にかバトルアクスを肩に乗せ、何事もない顔で立っている。絶対、力の入れどころが違うけど……まあ、安心感はダントツ。
「扉を開けた瞬間、内部の時間感覚がずれるわ。気をつけて。」
……要するに、「入ったら二度と出られないかもしれない系。」ってことだな?
怖っ。
でも──行くしかない。
俺たちは、門をくぐった。
塔の中は、静かだった。
音が全部、遠くのどこかで鳴っているような感覚。
床は滑らかな黒い石で、天井は……見えない。空間そのものが迷子になっているような場所だった。
エレナが結界を張ってくれたおかげで精神は安定しているけど、「ここ、絶対に健康に良くない。」って体が全力で警告してきてる。
「なあ、そろそろ“出迎え”とかない? 出るなら今のうちに出てきて?」
そう言った直後だった。
「……ようこそ、観測者たち。」
──声がした。
塔の奥、扉の横。
まるで最初からそこに存在していたかのように、ひとりの少女が静かに佇んでいた。
年はたぶん、ユイナ様と同じくらい。
細身、灰色の外套。目元には布のような飾りがかかっていて、それが妙に懐かしい空気をまとわせている。
そして何より、“そこにいること”があまりに自然すぎて──誰も、気づけなかった。
「なんか……君のこと、知ってる気がするんだけど?」
「記録者の巫女──“ルリ”。かつてこの塔で補助係をしていた者です。」
ルビーが一歩前に出た。
「補助係? この塔の?」
「はい。観測記録の整理、精神負荷の軽減、迷宮内の調整……全てを、私が行っていました。」
……どんだけ働かされてたんだこの子。
この世界にもブラックはあるのか。
エルフィーナが問いかける。
「あなた、なぜ今もここに?」
「観測が止まったあと、塔そのものが“眠り”につきました。私は、そのまま取り残されたんです。……あなたたちが来たのは、約三百二十七周期ぶりくらい、でしょうか」
「暦が異次元過ぎて全然ピンとこない。」
思わず口にしたけど、ルリは微笑んだ。
「でも、ようやく来てくれた。あなたが──リチャード、ですね?」
「え、俺? なんで名前知って……。」
「あなたの記録は、私の“最初の仕事”でした。
忘れていても、私は知っています。あなたがここに来る未来を。」
……うわ。なんか物語の核心に触れてるっぽいやつ来た。
「リチャード、これ……完全に巻きこまれ型主人公ですね。」
クロエがにやにやして言う。ちょっと待て、それ俺のツッコミ枠じゃなかったっけ?
「では、案内します。あなたの記録の最深部へ──扉は、すでに開かれています。」
その時──塔の奥で、なにかが“ゆっくりと目を覚ます”ような気配がした。
鼓動が、逆から打ち始めるような奇妙な感覚。
空間がひっくり返るような、懐かしいような、でもやっぱり怖いような。
「行きましょう。すべては……記録に還るために。」
ルリが静かに微笑んで、俺たちは──歩き出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。