016 恋の神様、俺に胃薬をください
--------------------リチャードの視点。
冒険の第一歩ってのは、いつだってドラマチックであるべきだ。
初めての町、最初の仲間、最初の依頼、最初の出会い……。
だが現実はこうだった。
「まあまあまあっ! 婚約者が4人も!? いやあんた、すごいわねぇ!」
はじまりの町ルネッサ。宿屋に足を踏み入れた瞬間、いきなり宿のおばあちゃんからその言葉を浴びせられた。
「……へ?」
「4人も美女連れて旅してるなんて、きっと大陸を救う運命の勇者様なんでしょ!」
「い、いえ、私はただの執――」
「しかも、お嬢様風、魔法少女風、ツンデレ風、妹風! お見事! ジャンル制覇じゃないの!」
どこで分析された俺!?
周囲を見ると、いつものメンバーがぞろぞろと入ってきていた。
・お嬢様:ユイナ様(剣の神と恋仲中。超絶天然)
・ツンデレ:ルビー(怒るとだいたい物が壊れる)
・魔法少女というか知性派:エルフィーナ(眼鏡をかけているだけ)
・妹風:クロエ(王女様、王の器、でも中身はピュアすぎる)
そりゃ、ハーレムに見えるわけだ。
「すごい……まるで、ラブの神が見守ってるような構図ね……。」と、なぜかユイナ様がうっとりしながら言っている。
「ユイナ様。あの、あなたには剣の神シャリオン様という……。」
「え? うん、いるけど? で、それがなに?」
軽っっ!
「……シャリオンは気にしないと思うよ? “おまえは好きに生きろ”って言ってたし!」
恋人との関係がオープンすぎて逆にすごい。むしろ俺の方が怒られそうだ。
一方で、ルビーは渋い顔をしていた。
「……あたしは別にリチャードのことなんか……。まあ、そういう目で見られても困るっていうか……。」
頬を赤くして目をそらす。テンプレの中のテンプレだが、正直かわいい。
エルフィーナは静かに眼鏡を押し上げる。
「……少し騒がしすぎます。」
その言葉の裏に、どこか鋭い空気を感じた。
「リチャード、少し静かにしてもらえますか?」
その静かな口調に、俺はつい息を呑む。
だが、エルフィーナのお尻にあった“狼の尻尾”に気づいてしまった。
普段は服で隠れているそれが、今、わずかに動いているのが見えた。
……どうやら、俺が動く度に、尻尾が微妙に反応しているようだ。
これは一体、どういうことなんだろうか?
「し、静かにします……すみません。」
エルフィーナは何も言わずに頷く。
でもその視線が、まるで俺の動きをじっと見守っているようで、少しだけ不安になる。
クロエは手をぎゅっと握りしめながら、こっちを見つめてくる。
「わ、わたくしは……リチャードのこと、すてきだなって……!」
おいおい、スタート地点なのに、もうゴールイン寸前みたいな目をしないでくれ。
そんなこんなで騒いでいたら、ギルドからさらに驚きの事実が告げられた。
「今週は“恋人祭ウィーク”なので、クエストはすべてペア制になります!」
「えっ!?」
「カップル専用ダンジョン、カップル専用ギミック、カップル専用報酬♪」
町を挙げてのカップル推し。地獄かな?
「……ということは、パーティは5人。誰かひとり、あぶれるわ。」とエルフィーナ。
「じゃあ私はリチャードと行く!」とユイナ様。
「私も……あ、でも……。」とクロエ様が小声で挙手。
「は? あたしが先でしょ!」とルビーが割りこむ。
「落ち着いてください、全員でじゃんけんしましょう。」
何その冷静な裁き、エルフィーナさん。
結果――
俺、全勝。
これがユイナ様の“超ラッキースター∞”の恩恵なのか。それとも、ただの試練なのか。
とにかく、俺は全員とペアを組んで、カップルクエストを4連戦こなす羽目になった。
【ユイナ様ペア】
洞窟入り口からすでにハートマーク。中には「ふたりの思い出スイッチ」なるものがあり、過去の甘い記憶を語らないと扉が開かない仕様だった。
「うーん、じゃあ私が初めてリチャードを拾った日の話にしよっか♪」
「拾われた覚えはありません……!」
【ルビーペア】
ツンデレバリア(感情をこじらせると扉が開かない)に苦戦しながらも、なんだかんだで息は合ってた。
「ありがと……って、言わないから!」
「言いかけてる! 言いかけてるよそれ!」
【エルフィーナペア】
完全沈黙で進行。エルフィーナは無駄な言葉を一切使わず、行動だけで俺と意思疎通をしている。
その冷静な態度とは裏腹に、時折見せる微妙な仕草が俺の気を引く。
「……リチャードとユイナが一緒にいると、私、どうしても心がざわざわしてしまって。」
エルフィーナは少し顔を赤くしながら、ほんの少しだけ前に歩み寄る。
「他の子と一緒にいるときも、気になるんだけど……ユイナといると、特に。」
その言葉を聞いて、俺はちょっとだけドキッとした。
どうやら、エルフィーナも俺に対して少しばかり、やきもちを焼いているらしい。
【クロエペア】
かわいさで扉が開く系ダンジョンだった。俺の精神の扉が開いた。
「リチャード、が、がんばりますっ!」
「もう帰ろう……ここに住もう……。」
クエストクリア後、町の広場でひときわ賑わっていたのが“恋愛神社”。
カップルで参拝すると、相性を占ってくれるという縁結びスポットだ。
というわけで、全員で並んでみることに。
なんでだ。俺はただの執事だぞ。執事が4人と神社で相性占い? 誰かこの世界を止めてくれ。
まずはユイナ様と俺。
祭壇の中央にある光る石に手を乗せると、光がゆらゆらと舞い上がり、空中に文字が現れた。
【ユイナ=相性測定不能】
「えっ……これ、壊れてる?」と俺。
「おぉぉぉ……運命、ぶっ壊れてるじゃない!」とルビーが変なテンションで叫ぶ。
「なにこれ、すてきすぎる……♡」と、ユイナ様はますますご機嫌に。
もう完全に乙女モードである。剣の神、見てますか? あなたの恋人、ノリノリです。
「……本当に、神様、怒らないんですか?」と俺。
「うん、大丈夫。シャリオン、そういうとこ無関心だから!」
もういっそ、その無関心さを俺の胃袋に分けてほしい。
次に、ルビー。
【ルビー=相性:68%】
【結果:ツンデレがちょうどよく作用している】
「は? ちょうどよくってなによ、失礼ね!」と怒りながらも、明らかに頬が緩んでる。
「いや、なんだかんだで相性いいってことじゃない?」と俺。
「う、うるさいっ……バカ……。」
語尾が完全にデレモードに入っていた。あとで何かが爆発するかもしれない。
続いて、エルフィーナ。
【エルフィーナ=相性:表示不能(魔狼の影響により測定不能)】
「えっ……また壊れた?」と俺が顔をしかめると、
「これは……魔狼の本能による不確定領域です」と巫女が冷静に言った。
「つまりどういうことなんですか?」
「相性が高すぎて、“理性で制御できない可能性がある”と判断されたようです」
エルフィーナは無表情を保ったまま、すこしだけ俺の袖をつまんだ。
「……だから、あまり他の人と仲良くしないでください。いろいろ、乱れるので。」
この娘、静かにすごいこと言ってるぞ。
そして最後はクロエ様。
【クロエ=相性:92%】
【結果:未来に可能性あり。今はまだ“恋”を知らぬ少女】
「わっ……こ、こんなに高いなんて……///」
クロエは顔を真っ赤にしながら、うれしそうに足をバタバタさせていた。
「これは、これは……ダークエルフ史上、由緒正しき初恋ですね」と巫女が感動している。
「よ、よかったら……リチャード、また一緒に占いしてくれますか?」
あまりにもピュアでまぶしい。もはや俺の精神の浄化に役立ちそうだ。
結論:恋愛神社に来るべきではなかった。
心がいくつあっても足りない。胃薬もだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。