012 時間停止系男子、敗北につき
崩れかけた空間の中、クロス・イレオスの足元に光のひびが走る。
時間そのものが、彼から“見放された”音がした。
「なぜだ……なぜ、貴様らごときに……!」
彼の声はまだ威厳を保とうとしていたが、声の奥に滲むものは焦りと恐怖。
「ごときって言われてもなぁ。」
リチャードは苦笑する。
「こっちは“仲間にツッコまれながら戦ってる”くらいの、ゆるさが売りでね。」
そして、一拍置いて。
「それでも、君の“時間”には負けないと、最初から決めてた。」
ルビーが静かに魔導銃を構える。
銃身に最後の一発――“タイムブレイカー”が装填される。
これは時間操作に干渉する“未来封じの弾”。
クロス・イレオスのような存在にとっては、まさに致命の一撃。
「あなたの演出は、たしかに美しかった。」
ルビーの瞳がまっすぐ彼を見据える。
「でも――これは舞台じゃない。現実よ。」
引き金が引かれる。
音もなく光が放たれ、弾はまるで“未来そのもの”を貫くように、一直線にクロスの胸へと走った。
「これは……」
彼が見たのは、“未来のない光”。
次の瞬間、空間が弾けた。
クロス・イレオスの姿が、ゆっくりと粒子へと還っていく。
だがその表情に、ほんの一瞬の“笑み”が浮かんだのをリチャードは見逃さなかった。
(あれが──演者としての、ラストカーテンか。)
舞台は静寂を取り戻す。
時空の揺らぎが収束し、破壊された結界も消滅する。
リチャードが息をつき、ルビーに目を向ける。
「……で、俺たち、次どこ行くんだっけ?」
「売店。プリンが半額。」
「え、マジで!?急ごう!」
「……さすがに切り替え早すぎない?」
「だって、プリンだぞ?命かける価値あるだろ。」
「“命”使いすぎでしょ……」
そうして二人は、まるで戦いなどなかったかのように、光の残る戦場を後にした。
だがその足元には、微かに残されたクロス・イレオスの“時計の針”が、ひとつだけ静かに転がっていた。
チク──タク。
それはまだ、“別の物語”の始まりを刻んでいるようでもあった。
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