085 モブヒーラーの戦い②
俺――アレン・クロードの前には、渾身の一振りを受けて横たわるリオンの姿があった。
どう考えても決着したとしか思えない状況。
――しかし、
「……すまない」
風に吹かれ消えていくような声量で何かを呟いた後。
身動き一つ取れない程の傷にもかかわらず、リオンはまるで呪われた人形のように重々しい動きで立ち上がった。
さらにはなんと、左手に剣を握り、構えるという執念を発揮する。
そして何より、最後に気になる点が一つ。
肩甲骨まで伸びる純白の髪が、徐々に黒へと染まっていくのが見えた。
(これは――)
呪印に秘められた最後の力、魔族化を使ったのだと俺は即座に判断した。
ジオラスターによって彼女の全身に埋めこまれていた暗黒の魔力が今、活性化し、現在進行形で強制的に彼女の体を作り替えているのだ。
『ダンアカ』のメインエピソードⅣ最終パート【黒堕ちる鴉】においてリオンの切り札であると同時に、彼女の破滅を確定させた力。
主人公が彼女を追い詰めた時に発動する、いわゆる最終形態であり、ここからがリオン戦の本番だった。
原作では魔族化した彼女との戦いの中で、リオンは自身の悲痛な想いを叫ぶ。
彼女にとって最も大切な宝物を亡くした過去、交わされた最期の契約のために生き続けなくてはならないこと。
そしていつの日か誰かが、この災厄を断ち切ってくれることを願っていると。
その願いに、グレイは応えた。
暗黒の加護を受け取り魔族化したリオンを倒せるのは、レイヴァーンから神聖なる炎を託されたグレイのみ。
覚悟を決めた彼は恩師をその手で殺め――彼女の内側に燻り続けた怨念ごと浄化し、彼女の意志を引き継いで戦い続けることを誓ったのだ。
度重なる絶望を乗り越え、主人公に相応しい実力と心の強さを手にした彼は、この過酷な世界を生き抜き、救うための強さを身につけた。
それと同じことが、俺にできるだろうか?
……いや、まさか。
リオンを上回る力を得たとはいえ、それはエクリプスやリジェネヴェールを駆使した一時的なもの。
この状態では別のスキルを発動できないし、そもそも万全の状態だったとしても神聖ですらない下位《聖》属性の魔法では力不足。
今の俺には魔族化したリオンを致命傷に追い込む手段も、原作のグレイのように神聖属性の魔法で圧倒する手段も存在しないのだ。
(そうだ……結局、どれだけ原作知識を使って上手く立ち回ろうとしたところで、俺にできることには限界がある)
もし俺が主人公だったら。
グレイのように真正面から恩師を超え、その意志を引き継いで、いずれ来る絶望に一人でも打ち勝てるだけの力を得られただろう。
だけど、
――――だけど、俺は主人公じゃないから。
正攻法なんていらない。
その過程で誰かの想いを踏みにじることになったとしても、手段を選ぶことは許されない。
必要なのは、たった一つの目的のために他の全てを擲つ覚悟のみ。
それが運命に選ばれなかった、モブの戦い方。
――だから!
(やるしか、ないんだ……!)
ゲームではイベントシーンが流れる中で完了する魔族化。
この世界が現実となった今、俺はその魔族化が終わるよりも早く、右手でエクリプスを強く握りしめその場を駆け出した。
「――――!」
まさかこのタイミングで襲撃があるとは想定していなかったのか、リオンは軽く目を見張った。
だが、その程度の不意打ちが通用する相手はない。
「こちらの隙を狙うのは悪くない判断だが――それでは、足りないんだよ」
どこか複雑な声色でそう呟いた後、シュンッと、剣を握る彼女の手がブレた。
【星喰蝕命】によって俺のステータスは上昇しているが、同時に彼女も魔族化によって力を増している。
結果、俺が放ったエクリプスの刀身は、寸でのところで彼女の剣に弾かれ――
「――まだだ」
「っ!? くぅっ!」
――続けて俺は、左手で腰から抜いた純白の短剣を振り抜いた。
その刃は見事に彼女の呪印――正確には戦闘中に刻まれていた傷跡をなぞるように切り裂き、辺りに血を撒き散らした。
それを見届けた俺はそのままリオンの脇を通り抜け、サッと振り返る。
「今さら、何を……」
困惑した様子でこちらを窺うリオンの様子が視界に入る。
今の俺が彼女を倒すためには、魔族化が完了する前にエクリプスで追撃を仕掛けるしかなかった。
そんな中、確実に攻撃を命中させるためとはいえ、火力に劣る短剣を使用したことが理解できないのだろう。
だけど、
(いや、これでいい)
俺は迷うことなく、心の内でそう呟いた。
仮に俺が使ったのがただの短剣だったならばリオンの言葉が正しかっただろう。
しかし、現実はそうじゃない。
――不意に、俺は思い出す。
【零落の間】の影骸の守護者戦におけるギミック【虚無の宣託】。
あの場所で俺はスキルの発動を制限されたが、二つだけ例外が存在していた。
一つは事前に継続効果のある魔法を使っていた場合。
そして、もう一つは――
「放出――――」
俺は告げる。
俺にとって始まりとなる、その魔法の名を。
「――――――ヒール」
「ッッッ!」
刹那、リオンが驚愕しながら自身の左腕を抑える。
まるで激痛に襲われたかのように顔を歪め、全身を震わせた。
「これ、は……! そうか、その短剣で聖属性を……!」
彼女の視線の先にあるのは、俺の左手に握られた短剣――エンチャント・ナイフ。
事前に付与しておいた魔法を任意のタイミングで発動できる特殊な武器であり、それを利用して俺は彼女の呪印に【ヒール】を使用した。
もしこれが魔族化を発動する前ならば、暗黒属性の魔力が沈静化しているためヒールによる攻撃効果は発揮されない。
逆に魔族化が終わり暗黒属性の魔力が完全に定着した後であれば、攻撃効果が発揮され一定のダメージを与えることこそ可能だが、瀕死でない以上トドメには至らなかっただろう。
しかし、今。
魔族化が進行しているこの瞬間だけは、そのどちらとも違う現象を生み出す。
今、リオンの体に埋め込まれて眠っていたはずの魔力は活性化し、現在進行形で体を作り替えている。
そんな中で聖属性という異物が混じった場合、暗黒の魔力は魔族化よりも異物の排除を優先させるのだ。
その結果、魔族化に使用されていた全ての暗黒の魔力が聖なる魔力の効果をかき消すべく呪印に集い、相反する属性が反発することによって、耐え難い苦痛が彼女を襲っていた。
この魔族化のギミックが明らかになるのは物語終盤であり、メインエピソードⅣ時点のグレイでは当然知るべくもない。
だからこそアイツは、真正面からリオンを打ち破ることを選択したが――
(俺が、その運命に従う必要はない)
勝負は一瞬。
聖なる魔力が暗黒の魔力によって完全に消滅させられ、魔族化が再開するまでのほんの数秒しか猶予はない。
――――だけど、それだけの時間があれば十分だった。
「――――――」
「――――――」
地を蹴り、駆ける。
リオンは僅かに目を見開き、先ほどと同じように剣を構え応戦を試みる。
ただ、結果が同じになることはなかった。
魔族化が中断したことに加え、魔力の反発によって激痛が走り続けているリオン。
対し、俺は星喰蝕命の残り時間が20秒を切り、過去最高のステータスとなっている。
この時点で、初めから勝者は決まっていた。
一振りごとに漆黒の刃が宙に剣閃を描き、甲高い剣戟を鳴らしながらリオンの刃を押し込んでいく。
最後の攻防にかけられた時間はたった二秒。
交わされた言葉は0。
切り結んだ数は実に十合以上。
その末に俺の刃はとうとう彼女の剣を跳ねのけ、そして――
――――渾身の一振りが、リオンの左肩から先を勢いよく斬り飛ばした。
「が、ぁぁっ……!」
握られた剣ごと彼女の左腕はくるくると宙を舞い、ぽとりと地に落ちる。
俺が嗚咽を零す彼女の首元を掴み地面に押し付けるのと、彼女の左腕が聖なる魔力に打ち勝った漆黒の魔力に呑み込まれ消滅するのはほとんど同時だった。
「…………アレン、クロード……君、は……」
押さえ込まれたリオンは何が起きたのか、未だに分からないと言った呆然とした表情で俺を見上げる。
彼女に対して、俺は一言――ただこの言葉を告げた。
「これで今度こそ、俺の勝ちです――師匠」
激闘決着。
次回『086 アレンとリオン』
戦いの果てに交わされる言葉が何なのか、どうぞお待ちください。
ちなみに今回のサブタイトルを『進化キャンセル界隈』にしようかと一瞬だけ思いましたがさすがに自重しました。偉い!




