080 決着。そして
リリアナとグレイによる共鳴スキル【創星天極】と、ルクシアによる最大火力の【天雷】。
その二つを立て続けに浴びたジュリアンは瀕死状態に陥り、まるで救いを求めるように手を伸ばしてきた。
――それが、自分自身の幕を下ろそうとする行為だとも知らないまま。
「【ヒール】」
その手を掴んだ俺は、迷うことなく【ヒール】を発動した。
直後、聖なる魔力が体内を駆け巡ったのか、ジュリアンが驚愕と苦痛の入り混じった声を上げる。
「これ、は、まさか……回復――――」
ここまで生気を失っていたジュリアンの瞳に光が宿り、彼はそのまま目の前にいる俺を見た。
大きく目を見開いた後、ジュリアンは戸惑いを隠すことなく告げる。
「だとしても、あり、えません……一介のヒーラー風情が、これだけの……」
しかし、ジュリアンはそれより先を紡ぐことはなかった。
かつてのバフォール戦を彷彿とさせるように、聖なる魔力によって全身が淡い光と化し始めたからだ。
そこでようやく自身の死を覚悟したのだろう。
ジュリアンはここではないどこかを見つめたまま、最後の言葉を漏らす。
「申し訳、ありません……ジオ、ラ……」
やがて彼の体は全て光となり、ゆっくりと大気に溶けるようにして消えていった。
――俺たちの勝利だ。
そう確信していると、証明するようにシステム音が響き渡る。
『経験値獲得 レベルが4アップしました』
『スキル熟練度獲得 【プロテクト】のレベルが1アップしました』
『スキル効果が上昇します』
ジュリアン討伐に伴う経験値獲得によって、レベルが40から44に上がった。
ダメージの大半を与えたのは他の者たちだからか、ジュリアンとのレベル差の割にはそこまで大きな数値ではない。
それもまた、かつてのバフォール戦と同様だ。
(……まあ、このレベル帯で一気に4つも上がってくれたら、十分すぎるくらいだけど)
その流れのままステータスに視線を落とし、現状を確認する。
回避を意識していたのと、ユイナのバフがあったおかげか、MPはかなり温存できて7割ほど残っていた。
HPに関しては9割以上だ。
「……終わったのですね」
俺がMP回復のポーションを優先してゴクゴクと飲んでいると、後ろから声が聞こえる。
振り向くと、そこには疲れ切った様子のリリアナがいて、彼女はジュリアンが消滅した場所をじっと見つめていた。
「本当に、今日は驚きの連続でした」
かと思えば、おもむろにその口を開く。
「かつて私に仕えていたジュリアンの襲撃と魔族化、グレイさんの魔法と合わせることで想定外の威力が生まれたにもかかわらず耐えられたかと思えば、畳み掛けるように降り注ぐ雷……あれは恐らく、ルクシアさんのものですね?」
「ああ。相変わらずとんでもない一撃だったな」
「ええ……ですが、私にとっての一番の驚きはアレンさんです」
彼女はそう言って、蒼色の瞳でじっと俺を見つめる。
「これだけの強敵相手に素晴らしい立ち回りを見せ、的確に勝利への道筋を示していくお姿には目を奪われました……こうして、貴方に命を救われるのは二度目ですね」
リリアナは自身の胸に片手を与えると、ゆっくり頭を下げた。
「入学前の一件に続き今回も、私たちの事情に巻き込んだにもかかわらず、貴方は勇気をもって私を助けてくださいました。私にとって貴方は心からの恩人……いえ、とても言葉では言い表せないような存在です。本当にありがとうございました」
「……大袈裟だな」
「そんなことはありません。それでも疑われるようでしたら、また場を改めてお礼をさせていただければと思います……どんなものでも構いませんから、よくお考えくださいね?」
最後には少しだけ茶目っ気を見せるように微笑むリリアナ。
彼女にしては珍しい姿に少し見惚れていると、
「貴様」
「…………」
「おい、聞いているのか!?」
……どうやら俺のことを呼んでいるらしい。
横を見ると、そこにはムスッとした表情のユーリがいた。
全身に多少の傷はあるが、枯渇寸前まで魔力を消費したリリアナたちとは異なり、元気自体は有り余っていそうだ。
「俺か?」
「そうだ。次から次へと、失礼極まりない発言をする不届き者……」
確かに戦闘中、俺はユーリを煽るためにかなり不躾な言葉を言い放っていた。
平民から貴族に対する物言いではなく、アカデミー内の出来事とはいえ罰せられても仕方ないくらいだ。
……まあ、そうなるつもりはさらさらないんだけど。
「仕方ないだろ、あの時はああするのが最善だった」
「なんだと?」
「だって俺の口から、ここは素直に引いて守りに徹してくださいって言ったら聞いてくれてたか?」
「…………」
額にしわを寄せ、珍しい表情で考え込むユーリ。
先ほどのリリアナと同様、これもゲームではあまり見なかった表情だと考えていると、彼女は不満げにフンと鼻を鳴らす。
「確かに、発言の内容自体は間違っておらず、貴様がいなければ勝てなかったのは事実だろう」
納得してくれたかと思いきや、彼女はキッと翡翠の双眸を細め、俺にビシッと指を突き付ける。
「だが、不遜だったのもまた事実だ!」
「……結局、何が言いたいんだ?」
「……今回の借りはいつか必ず返す。それを忘れずに覚えておけということだ」
長い金色の髪を靡かせるようにして反転した彼女は、そのまま俺から離れていく。
耳がほんのりと赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか。
「どっちの意味だ……?」
純粋にお礼をしてくれるつもりなのか、それともヤンキー的なお礼参りを言っているのか……
ユーリならどっちもありかねないと考えている直後、
「アレン」
「……グレイ」
俺の名前が呼ばれたため、そちらに視線を向ける。
するとそこには、ようやく魔力枯渇寸前の状態から立ち上がれたらしいグレイの姿があった。
グレイは迷いが吹っ切れたような爽やかさと、少しだけ悔しさが滲んだような複雑な表情を浮かべていた。
「今回の試験は、どうやら僕の負けみたいだね」
試験前、グレイが『今回の試験、君には負けない。この一か月間の成果を見せるよ』と言っていたことを思い出す。
「負けって……横槍が入った時点で判定の仕様がないし、そもそもダメージの大半を与えたのはお前だろ」
「だとしても、だよ。今回の最大貢献者が誰かってことくらい、一緒に戦った人は皆分かってる……だから、リリアナさんもユーリさんも君に感謝を伝えたんだ」
「感謝……?」
ユーリのアレは感謝だったのだろうか。
そう疑問に思っていると、グレイは手に握る剣を一瞥した後、真剣な表情で俺を見つめる。
「ありがとう、アレン。君がいなかったら、きっと僕は何もできないままだった」
「…………」
「この力の意味はまだ分からないけれど、それでも僕は誰かを守るために振るうと決めたんだ……そしてそのためには、誰よりも強くなる必要がある」
一度言葉を止めた後、グレイは続ける。
「だから――次こそは必ず、僕自身の力で君の想像を超えてみせるよ、アレン」
「……勝手にしてくれ」
しっしっと雑に手を払うも、グレイは楽しそうに笑った後、俺から離れていった。
その結果、リリアナ、ユーリ、グレイの三人が視界に収まる。
彼女たちは疲労した体を休ませるように呼吸を整えたり、レベルアップしたであろう自身のステータス画面を見ながら一喜一憂していた。
共通しているのは、強敵相手に勝利を収めたという事実に確かな達成感を抱いている点だろう。
(――そうだ。それだけのことを、コイツらは成し遂げてくれた)
本来のシナリオより一年も早く登場したジュリアンという強敵相手に勝利を収めたのは、決して俺が上手く立ち回ったからだけじゃない。
彼女たちもまたゲーム以上の速度で成長し、困難を乗り越えるべく立ち向かってくれたからだ。
俺は、3人やルクシアたちに深い感謝と敬意を抱く。
彼女たちの覚悟と勇気がなければ、こうしてジュリアン戦を勝利で終えることはできなかった。
だから、
だから――――
(――――ここから先は、俺の役目だ)
俺は雨が止み始めた空を見上げながら、心の中でそう呟くのだった。
◇◆◇
ジュリアンに勝利した喜びを噛み締める中、彼女――リリアナ・フォン・アイスフェルトはその違和感に気付いた。
(……? ジュリアンがいなくなったのに、まだ結界が張られたままですね……)
ジュリアンの襲撃と同時に、【忘れられた星樹林】全体に張られた仄暗い結界は未だ健在だった。
通常であれば、発動者が死亡した場合、結界も解除されるはず。
なのに、いったいなぜ――
自分だけで考えても答えが出ないと思ったリリアナは、最も信頼できる人の意見を尋ねるべく振り返る。
だが、
「……アレン、さん?」
気付いた時――そこにいるはずだったアレンは、姿を消しているのだった。
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