079 救いの手
――アレン・クロードがジュリアン戦に合流する数分前――
【忘れられた星樹林】を駆ける俺の背後から、その声が響き渡った。
「アレンくん!」
「……ユイナ?」
振り向いた先には、大きく息を切らしながら駆け寄ってくる茶髪の少女――ユイナの姿があった。
彼女は琥珀色の瞳に、不安の色を浮かべながら見上げてくる。
「試験中なのにいきなり結界が張られたり、嫌な魔力を感じたりしたから、どうすべきか悩んでいたらアレンくんの姿が見えて……アレンくんは何が起きてるのか把握してるの?」
俺は頷き、リリアナたちのもとに敵襲があったこと、今から救援に向かおうとしていることを伝える。
するとユイナは軽く目を見開いた後、自分の胸に片手を当てながら身を乗り出してきた。
「だったら私も行くよ! こんな時のために、魔法も弓も頑張って練習してきたんだもん」
「…………」
ユイナの提案に、俺は思案する。
強化魔法を他人に発動した際、効果が半減するとはいえ、あるとないとでは確かな差がある。
自分でも発動可能なグレイはともかく、リリアナたちにとっては非常に強力な助けとなるだろう。
しかし、それを踏まえてなお、俺は首を横に振った。
「いや、ダメだ」
「っ、どうして?」
「ユイナの支援があれば心強いのは確かだが、敵からしたら真っ先に排除するべき対象になる。そうなった場合、今の俺たちじゃお前を守ることはできない」
この一か月間で成長したとはいえ、ユイナのレベルはまだ30にも満たない。
ジュリアンの攻撃を自力で凌ぐのはまず不可能だし、俺たちが無理に守ろうとすれば陣形が崩れ、逆に押し切られる事態になりかねない。
俺の言葉を聞いたユイナは、悔しそうに唇を噛んだ。
「そっか。なら、仕方な――」
「その代わり、ユイナには頼みたいことがある」
「――え?」
諦めかけていた琥珀色の瞳が、俺を見上げる。
「任せたいのは、ルクシアへの伝言だ」
「……ルクシアちゃん?」
「ああ」
結界内最大の戦力、いや、事実上の切り札とも言えるルクシア。
彼女の力を借りられるかどうかで、このメインエピソードⅣの結末は大きく変わってくる。
だが、ただ助力を得ればいいというわけではない。
俺が求めるのは、ジュリアンを瀕死に追い込むために最大火力の魔法――【天雷】を適切なタイミングで放ってもらうことだけ。
そしてそのための状況を整えるまで、彼女には待機していてほしいのだ。
途中で参戦されると、その後の計画が大きく崩れてしまう。
――そういったことを、俺は今からルクシアに伝えに行くつもりだった。
その役目をユイナが担ってくれるのであれば、俺は直接リリアナたちの元に向かえるため、大きく時間の短縮になる。
これらの内容を簡潔に説明すると、ユイナは真剣な表情で頷いた。
「分かった、やってみる……でも、ルクシアちゃんがいるのってきっと上位エリアだよね? 私一人で探せるかな……」
「そこは問題ない。アイツは下位エリアにいるはずだ。詳しい場所も知ってる」
「……え?」
不思議そうに首を傾げるユイナ。
詳しく説明している時間はないためルクシアがいるであろう場所を伝えると、ユイナは真剣な表情で頷いた。
「そういうわけで、後は頼……」
「待って、アレンくん! ……【ウィングアップ】!」
淡い黄緑の魔力が、俺の体を包み込む。
魔力は一瞬で消えるも、俺は体が軽くなる感覚に包まれていた。
ウィングアップは速度を上げてくれる風属性の強化魔法であり、その効果が表れているのだろう。
冷静に分析する俺に対し、ユイナが真剣な眼差しを向けてくる。
「あの時、私はアレンくんの力になれなかった……だからせめて、今回はこれだけでもと思ったの。できる限りの魔力は注いだから、5分は効果が続くと思う」
「……ありがとう、助かる」
ユイナの強化魔法がなくてもジュリアンの攻撃を凌ぐこと自体は可能だと考えているが、少なくともこれのおかげで【プロテクト】を発動する頻度を減らし、MPを温存することができるはず。
今の俺にとっては最大限に有難い支援であり、ユイナに心からの感謝を伝えた。
「それじゃ」
「うん」
その後、俺たちはそれぞれの目的地に向かうのだった――
◇◆◇
――その少女はいつだって、自分がどう振る舞うべきなのかを思案していた。
自分の実力が周囲から抜きん出ていることは把握している。
そんな自分が思うがまま力を振るうことが、本当に他者の利益に繋がるのかどうか分からないからだ。
だからこそ、ステラアカデミー入学を決断した時から、彼女は決めていた。
もし周りの者たちに試練が迫った時、極力手は出さない(あくまで極力であり、うっかりは仕方ないよね?)。
そしてそれは、彼女――ルクシア・フォトンと学園長イデアーレが秘密裏に交わした条件でもあった。
「……ふぅ」
高台に立ち、黒い翼を持つ敵と戦闘を繰り広げるアレンたちを視界に収めながら、ルクシアはゆっくりと呼吸を整えていた。
脳裏によぎるのは、数分前から今に至るまでの流れ。
立て続けに出現した、獰猛な古代の竜と、黒い翼という魔族の特徴を持つ元人間――ひとまず魔人でいいだろうか。
竜だけならともかく、魔人は今のリリアナたちが戦うには重すぎる相手であり、救援に入るべきか悩んでいたその時――ユイナがこの場所にやってきて、アレンからの伝言を教えてくれたのだ。
(なんで私のいる場所が分かったんだろ?)
疑問に思いながらもアレンの伝言を最後まで聞き終えたルクシアは、小さく笑みを浮かべる。
(確かにそれなら、あの魔人も倒せるかも! ……でもでも、私の出番がやってくるまでの難易度が激高な気がするんだけど、アレンの言い方的に自信たっぷりみたいだし……アレンって、ほんっとーに不思議だよね?)
初めて出会った時から、アレンには言葉にできない何かを感じていた。
実力的には、ルクシアの足元にも及ばないであろう相手。
しかし、その思いはダンジョン実習が行われた【新星の迷宮】での出来事や、その後も色々と親交を深めていく中で一層強くなっていた。
正直、難しいことはよくわかんない。
それでも一つだけはっきりしているのは、不思議とアレンの言葉なら信じられるという点。
彼が自分の力を必要としているということは、本当に必要であり、行使すべきタイミングなんだろう。
手を出すべきか出さないべきか、悩んでいた先ほどまでの自分は一瞬でどこかに吹き飛んでいっちゃった。
――だから!
伝言通りに空から大量の雨が降るのを確認したルクシアは、これが合図だと理解して、満面の笑みを浮かべながらアレンに答える。
「おっけ~」
――それはかつて、アイアンゴーレムに放った時の威力を上回る、雨天時のみに許された最大火力。
さらに、微力とはいえ後ろにいるユイナの魔法力強化分を上乗せした、今のルクシアが放てる最強の魔法。
その名も――
「――――――天雷」
眩い雷光が空を駆け、魔人のもとへと降り注いだ。
◇◆◇
(なんですか――これは!?!?!?)
降り注ぐ天雷を前に、彼――ジュリアンは目を瞬いた。
視認した直後、回避を試みるよりも早く雷光は彼の身を呑み込む。
そして一瞬にして、その体を焦がし始めた。
(がっ……! なんですか、この威力は!? 大火力の攻撃を受けた直後とはいえ、私の『暗黒の加護』をいとも容易く突破するなど……こんなことが、こんなことが起こり得ていいはずがありません!)
ジュリアンの魂の叫びも虚しく、その高熱は留まることなく、魔力の鎧を、肌を、肉を突破し、内部に至るまで容赦なく焦がし続ける。
死。そんなワードが脳裏に浮かび上がった。
――しかし、
(いいえ、いいえ、まだです! いくら強力な魔法であろうと、『暗黒の加護』を持つ私を消滅させることはできません! このまま耐え続けさえすればやがて攻撃は終わり、再生も可能――私の敗北はありえないのです!)
一秒が永遠にも思えるような時間の中、ジュリアンはひたすらに耐え続ける。
頭にあったのは尊敬するあのお方への信頼のみ。
どんな痛みと苦しみがあろうと自分が死ぬことはなく、あのお方が救ってくれると強く確信することができた。
そんなジュリアンの意志に応えてくれたのだろうか。
やがて雷は収まり、彼は辛うじて生き延びることができた。
瀕死寸前までダメージを受けたのは間違いないとはいえ、死に至るほどではなかったようだ。
(やはり……私の『暗黒の加護』は、完璧なのです……)
ジュリアンは半ば朦朧としながらも、その事実に安堵の息を漏らす。
そして次の瞬間、彼は気付いた。
ぼやけた視界の中、自分のもとに差し伸べられる手があることに。
(あ、あれは……!)
間違いない。あれはきっと、あのお方による救いの手。
幻だろうか? いや、だとしても関係ない。
どんな状況であっても、取らねばならないからだ。
自分を拾い上げ、『暗黒の加護』まで与えてくださった偉大なる恩人の手を。
ジュリアンは縋るようにして、ゆっくりと自身の手を伸ばし――
(ああ……ようやく、貴方様の温もりに触れられ――)
――とうとう、それを掴んだ。
「【ヒール】」
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