078 最強
二人に指示を出した後、俺はユーリとともにジュリアンの攻撃を凌ぎ続けていた。
ダメージを受けたことで苛立ちを覚えていたジュリアンも、徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
俺への警戒は依然として残っているものの、結局のところ攻撃を喰らったところで致命傷になるほどのものではなく、意識しすぎるのはよくないと判断したようだ。
現に、左翼に負った傷は今にも再生を終え――
「そろそろ、茶番も終わりにいたしましょう」
「――――ッ」
そんな呟きと共に、ジュリアンは両翼を大きくはためかせ、一気に上空へと飛び立った。
それを見上げたユーリが悔しそうに歯を噛み締める。
彼女の表情には、手の届かない場所に逃れられた焦りが浮かんでいた。
そんな俺たちを見下ろすように、ジュリアンは冷たい声を響かせる。
「認めましょう、私の認識が甘かったと。まさか学生相手に、これだけ時間を使うことになるとは夢にも思っていませんでしたよ――ですが、それもここまでです」
ドンッと、重い衝撃と共にジュリアンの纏う魔力が大きく膨れ上がる。
先ほどまでと同じような魔力の高まりに見えたが、今回は少し違った。
その魔力は膨張した後、まるで生き物のように蠢きながら収縮し、ジュリアンの両手に集中していく。
「これは……」
ただならぬ気配に、ユーリが思わず声を漏らす。
その翡翠の瞳には、明らかな警戒の色が浮かんでいた。
そんな彼女の反応を見て、ジュリアンは一層気分良さそうに笑みを深める。
「貴方たちは確かに私の想像を超えましたが、同時に限界もよく分かりました。多少身を守る術に長け、私にダメージを与える攻撃手段を持っていようと、『暗黒の加護』の前にはたかが知れている――であれば、こちらもじっくりと時間をかけ、確実に貴方たちを葬る手段を選ぶとしましょう」
その言葉に呼応するように、奴の両手に集まった魔力の塊が、轟音を立てながら膨張を続けていく。
原理はこれまでの魔力弾と同じだが、その出力と規模を上げることで、こちらから対処する術を奪おうとしているようだった。
俺の隣でそれを理解したのか、ユーリが鋭く細めた翡翠の瞳を向けてくる。
「おい、何かこれを止める策はないのか!?」
「期待されているところ悪いが、今の俺たち二人には厳しいな」
「っ」
貫通効果が下がったナイトブリンガーを使ったところで、俺ではジュリアンにダメージを与えることはできない。
一時的に武器をユーリに譲渡し、彼女の最大火力の剣術スキルに賭けるという手もあるが、それでもまず致命傷には遠く及ばないだろう。
そして何より、覚悟を決めた今のジュリアンは多少のダメージなど意に介さず、魔力を限界まで溜め続けることを優先するはずだ。
とはいえ、それはあくまで俺たち二人だけの話で――
「アレンさん! 私の準備はできました!」
リリアナの力強い声が響き渡る。
振り向くと、彼女の前に巨大な氷柱が浮かんでいるのが見えた。
――――【フロストノヴァ】。
全MPの90%を消費する代償と引き換えに、格上相手にも大ダメージを与えることが可能な、リリアナが持つ最強の氷魔法だ。
「なんだ、あの圧は……」
その光景を目にしたユーリが、驚愕に目を見開く。
まさかリリアナにこれほどの攻撃手段があるとは思ってもみなかったのだろう。
しかし、当のジュリアンはそれでもなお、余裕の表情を崩すことはなかった。
「おやおや、背後で何をしているかと思えば、そんなものを準備していたのですか……ですが、認識が甘すぎます。今さらそんな魔法が私に届くと、本気でお思いですか?」
そう告げるジュリアンの手に集まる漆黒の魔力は、なおも増大を続けていた。
リリアナは発動寸前のフロストノヴァを維持したまま、隣に視線を向ける。
そこにいたのは、俺が彼女と同様に指示を出したグレイだったが――
「……っ!」
彼は剣を握りしめ、祈るように目をつむり続けるものの、その姿に一切の変化は見られなかった。
(……グレイはまだみたいだな)
俺がグレイに任せたのは、たった一つ。
アイツが俺との決闘で放った【紅蓮一閃】――そのオリジナルであり、ワーライガー戦で無意識に発動したあの技の再現だ。
しかしそれはグレイがこの一か月間、幾度となく試みてなお、一度として成功しなかった挑戦。
この状況でもまだ、最後の扉を開けずにいるようだった。
「っ、アレンさん……!」
額から冷や汗を流しながら、リリアナが俺を見る。
蒼色の瞳には、『ここからどうするべきか』と判断を仰ぐような色が浮かんでいた。
【思念共有】を使わないのは、魔法の維持に全神経を注がねばならないからだろう。
しかし、俺が答えるよりも早く、ジュリアンの声が響き渡った。
「『暗黒の加護』、その真価を皆様にお見せいたしましょう!」
「「――――!」」
ここまで脈動するように膨れ上がっていた漆黒の魔力が一転、凪のように落ち着きを取り戻す。
それは魔力放出の前準備を終えた証であり、同時にかつてない威力を孕んでいることを示していた。
「アレンさん!」
「まだだ!」
これ以上は待てないと叫ぶリリアナに、俺は必死の声を返す。
リリアナのフロストノヴァだけでは、俺の考えている作戦は絶対に成功しない。
何があってもここで、グレイには覚醒してもらわなければならないのだ。
――だが、それを待ってくれるジュリアンではなかった。
「では、終焉です!」
掛け声と共に、ジュリアンの両手から漆黒の魔力が放たれる。
それは俺たち全員を呑み込むほどの大きさと威力を含んだ、絶死の一撃だった。
ユーリとリリアナが最後の判断を仰ぐように俺を見る中、俺の視線はグレイだけに向けられていた。
(できるはずだ、グレイ)
絶望的な状況。
そんな中であってなお、俺には一切の不安もなかった。
だって、
――――だって、お前は主人公だから。
どんな挫折と絶望を繰り返しても、諦めることなく立ち上がる。
そして友人や仲間を守るためなら、何度だって限界を乗り越えて覚醒してみせる。
それが運命に選ばれた、主人公の戦い方。
――だから。
永遠のような一瞬の中、グレイが静かに口を開く。
「君が誰なのかも、君の言う覚悟の意味も僕にはまだ分からない……それでも今、僕には皆を守るための力が必要なんだ! だから――力を寄越せ!」
カッと、グレイがその両目を開く。
同時に、彼の握る剣に眩い紅の炎が灯った。
そこから放たれる魔力の圧はリリアナのフロストノヴァに匹敵するだろう。
それを確認した瞬間、俺は力強く叫ぶ。
「今だ!」
動き出しは同時だった。
リリアナは両手を前に出し、グレイは剣を力強く振るう。
「凍り付きなさい――フロストノヴァ!」
「燃え尽きろ――クリムゾンノヴァ!」
放たれるは巨大な氷の槍と、燃え盛る炎の奔流。
それらは一つ一つが圧倒的な威力を孕み、真っ直ぐと漆黒の魔力に立ち向かっていった。
自身に迫る二人の攻撃を見たジュリアンは、驚きに目を見開く。
「この炎は、まさか……いいえ、そんなことは関係ありません! 今さらその程度の魔法が一つ増えたところで、私の魔力に抗えるはずが――」
ジュリアンの言葉は正しい。
本来のメインエピソードⅠのシナリオ通りに覚醒できたグレイだが、現時点ではブルートを討伐可能な程度の火力しか持たず、せいぜいがフロストノヴァと同等。
一つが二つになったところで、ジュリアンの攻撃を打ち破ることはできないだろう。
そう――
「一つずつ、だったらな」
「――――ッ!?」
漆黒の魔力に触れる直前、氷の槍と炎の奔流が衝突し、二つの魔力が膨れ上がる。
それを見たジュリアンが目を見開く一方、俺だけは小さく笑みを浮かべていた。
思い出すのは、数十分前のシャドウセンチネル戦。
俺はファイアボールとウォーターアローを組み合わせることで発生させた【相克共鳴】によって勝利を収めた。
初級魔法同士でもあれだけの火力が生まれたのに対し、より上位の魔法同士ならどうなるのか。
その答えが今、目の前で明かされようとしていた。
これは『ダンアカ』において、【相克共鳴】の中で最上位とされていた必殺技。
主人公のグレイが放つ奥義と、メインヒロインのリリアナが放つ奥義が組み合わさった時にのみ発生する共鳴秘奥義。
その名も――
(共鳴スキル――――【創星天極】)
俺が心の中で唱えたのと、それが起きるのは同時だった。
相反する二つの属性が合わさることで生じた衝撃は、まるで天地が引き裂かれるかのような轟音を上げ、そのままジュリアンの放った漆黒の魔力を打ち破っていく。
想像すらしていなかったであろう展開に、ジュリアンは目を見開いた。
「ありえません! このような者たちに、私の加護が破られるなど――」
言葉が紡がれたのはそこまでだった。
【創星天極】はジュリアンに衝突し、辺り一帯に激震と砂煙を生み出す。
それだけに留まらず、空へと伸びた衝撃波は強烈な上昇気流となって結界を突き抜けた。
【忘れられた星樹林】に展開された結界はあくまで魔力や命ある者の移動を防ぐだけであり、光や衝撃まで遮るわけではない。
それゆえ、衝撃はそのまま天高く貫いたかと思えば、空を裂き、広範囲に局所的な大雨を降らせ始めた。
最上位のスキルを組み合わせた際に発生する天候変更効果だ。
「…………なんという、威力だ……」
俺の隣にいるユーリが、呆然とした表情でそう呟く。
その表情は驚愕に染まり、もはや嫉妬や羨望を抱く余裕すらなさそうだ。
すると、その直後。
「くっ」
「うぅ……」
バタリと、背後からリリアナとグレイが膝を落とす音が聞こえた。
フロストノヴァと同様、クリムゾンノヴァも最大MPの90%を消費する必殺技。
これまでの疲労も伴い、両者ともに限界を迎えたのだろう。
それでも、二人の表情には達成感と安堵が浮かんでいた。
まだ自分たちの成し遂げたことを理解できているわけではないだろうが、渾身の一撃が通用したことを喜んでいるのだろう。
戦いが幕を閉じたことによる緩慢とした空気が、三人の間には流れ――
「……驚きましたよ。まさか、これだけの技を用意していたとは……」
「「「――――!」」」
――そんな中、絶望を告げるようにその声は響いた。
三人は慌てた様子で顔を上げる。
そして、砂煙が晴れたその場所に浮かぶジュリアンの姿を見て、一様に顔を強張らせた。
「馬鹿、な……今の一撃でも、倒し切れないというのか……?」
「「…………」」
理解できない、とでも言いたげにユーリが呟く。
それは他の二人も同じだったようで、ただ呆然とジュリアンを見上げていた。
顔、胴体、腕、翼、足と、全身に大ダメージを受けていることは間違いないが、それでも致命傷に届いていないのが分かる。
そんな中、ジュリアンは安堵と嘲りが入り混じったような声を上げた。
「ですが、結果は見ての通りです。貴方たちは私の想像を超える実力を有し――そしてそれ以上に、あのお方から賜った『暗黒の加護』は素晴らしかった!」
興奮した様子で、ジュリアンは声を荒げる。
今の一撃は、さすがのジュリアンであっても死を覚悟したのだろう。
【創星天極】はそれだけの火力を秘めた魔法であるため、当然の反応だ。
しかし、残念ながら結果はジュリアンの告げた通り、暗黒属性の抵抗力を貫き致命傷を与えるまでには届かなかった。
致命傷でない以上、ここから俺がヒールを使ったところでトドメを与えることはできない。
かといって、リリアナたち三人はここまでの戦いで死力を尽くした。
もう一度同じことをしろと言っても、誰一人として応じることはできないだろう。
「くっ……」
「ここまで、なのでしょうか」
「……まだ、僕は」
勝利を確信するジュリアンと、今度こそ敗北の予感に包まれた様子の三人。
そんな状況の中、俺はただ一人――
(――――勝った)
――そう、心の中で呟いた。
こうなることは、初めから分かっていた。
【創星天極】がいくら強力とはいえ、ジュリアンとのレベル差と暗黒属性の特徴を加味して、削れるHPが半分にも満たないであろう目算は立てていたのだ。
それでも二人にこの技を発動してもらうよう頼んだのは、ダメージを与える他にもう一つ、ある大きな目的があったから。
――ふと、数分前に考えていたことを思い出す。
今、この結界内には本来のジュリアン戦でいなかった貴重な戦力が二人存在する。
そのうちの一人はユーリだが、ではもう一人は誰なのか。
俺? いや、違う。
俺が転生したことで実力は大きく変わっているだろうが、アレン自体はEクラスの生徒であり、そのイベントに連れて行くことができる。
――いるんだ、もう一人。
単独でリリアナやグレイの秘奥義すら超越してしまうような、圧倒的規格外が。
俺は雨の降りしきる空を見上げると、その切り札に向け小さく呟く。
「さあ――――出番だぞ、最強」
そして、雷光が瞬いた。
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