第一部「夢現の狭間」その10
目次
第23章「流れ行く血は」
第24章「帰血」
第25章「銀の鍵」
あとがき
第23章「流れ行く血は」
「早く皆さんに知らせないと…!!」
あの時聞こえた音はきっと…もう1匹の怪物の足音だろう。
彼等は今、少なからず恐怖を感じているはずだ。
そんな状態で目指し続けた安全地帯でまた怪物と出会ってしまったら…
戦闘訓練を受けていない彼等が無傷で居られる可能性は低いだろう。
彼等がバスルームの扉を開ける前に止められればベストだが…確実に間に合わない。
彼等とはもう大分距離が離れているが…全力で走れば大事に至る前に対処出来る!
「…!?」
足が速くなっている!
いや…足の速さには元から自信があったが、今は確実にいつも以上だ!
これなら想定よりも早く彼等の元へ辿り着ける!
思考能力、運動能力、聴覚、視覚の異常な強化…
何が起きているのか分からないが考えるのは後にしよう。
彼等が出口に辿り着くまでの距離は…約20m程か。
そして私と彼等との間の距離は…約30m程。
今の私ならすぐに追い付けるはずだ。
「止まってください!」
…流石に声はいつものままか。
光と音が吸収されるというのは実に厄介だ…
少しずつだが彼等との距離は狭まってきている。
…………今なら声が届くだろうか?
そう考えた私は深く息を吸い込んで全力で声を出した。
「そのドアを開けないで下さい!」
彼等は振り返って私の方を見ながら何かを話し、また前を向いて走り出した。
声は届いているが…なんと言っているかまでは聞き取れないのだろうか?
だが、彼等が数秒間止まってくれたおかげで声が確実に届くであろう距離まで辿り着くことができた。
私はもう一度深く息を吸い込んで全力で声を出そうとした。
ん…?
何だ…この音は……後ろッ!?
「…あぁッ!?」
私の脇腹に突然鋭い痛みが走った。
あまりの激痛に思わず患部を手で庇おうとしたとき、私はこの激痛の原因と目が合った。
「いったい…どうやって…!」
あの時私が無力化したはずの怪物が私に食らいついていた。
何本もの牙が私の脇腹に深々と突き刺さり、段々と痛みと圧力が増していく。
「まさか…」
床の水溜まりや水滴を利用して滑りながら追いかけてきたのか…?
この状態で怪物の頭に力を加えると…そのまま脇腹を噛みちぎられる可能性がある。
それなら…!
「ふっ!」
私は右腕を上げた後に力を込めて振り下ろし、肘で怪物の首を突いた。
「グッ…ゥアエ…」
怪物の首から鱗が飛び散り、骨が折れる音が聞こえた。
しかし、怪物は噛む力を少し弱めただけで私の事を噛みちぎろうとするのを止めなかった。
まさか…私の力がここまで強化されているとは思わなかったが…驚くべきはこの怪物の耐久力だ!
確実に首の骨が折れているというのに…
そもそも…私は首に刃を突き刺したはずだというのに!
まさか…痛覚が無いのか?
だとすればかなり厄介だ…!
もしそうなら銃を使ったところで効果があるか分からない…
そうだ…彼等は!?
あぁ…もうドアの前に立ってしまっている!
今は怪物に構っている場合ではない!
「ダメです!ドアに近づかないで下さい!!」
あぁ…ダメだ…間に合わない!
「グェアシャアアア!」
「あぁッ!?」
いきなり噛む力が…ッ!
「…ッうぁあ!!」
私の脇腹にかかっていた圧力が一気に強くなったかと思うと、突然その圧力が無くなり、グチャグチャっという音が聞こえると同時に、思考力を削ぐほどの耐え難い痛みが私を襲った。
「カッ…!ゲハッ…!!」
私の口と腹から大量の血が吹き出し、内蔵が飛び出していた。
血は留まることを知らず、延々と体外に流れ出ていく。
足元に血溜まりが広がっていく。
…もう立って居られない。
両膝から崩れ落ちそうになるのを、何とか左膝だけ血溜まりに着くように済ませた。
眼前の景色が明滅している。
自分の心臓の音がやけにうるさく聞こえる。
隣を見ると、怪物が血を滴らせた肉片を咥えて力尽きていた。
きっと今ので全ての体力を消費して死んだのだろう。
この状態では…私もいずれここで…
前を見ると、彼等がなんとか怪物の攻撃を避けているのが見えた。
「逃…げ……」
今の内に逃げて下さい!
そんな言葉さえ伝える事が、声を出すことが出来ない。
何とか声を出そうと前のめりになった時、バランスを崩して倒れてしまう。
私の体が紅色の海の上に浮かぶ。
「皆…さ…ッ…」
言葉の続きがとめどなく溢れる血の波に押し流されて消えていく。
もう一度前を見ると彼等が怪物を気絶させるのが見えた。
しかし…あの怪物もまたすぐに彼等に遅いかかるだろう…
そうなればきっと…彼等は…
いや………絶対に、そんな事があってはならない!
彼等は死を身近に感じる必要が無い日々を生きてきたはずだ。
きっと愛する人達が、愛してくれる人達が居るはずだ。
自身にとっての幸福があるはずだ。
こんな風に変わるべきではないそれぞれの日常を過ごしてきたはずだ。
彼等と過ごした時は短くとも、彼等が確実に善人であるということは分かっている。
そして…ここを出ていつもの日々を過ごしたいと願っている事も。
未来に希望があろうと無かろうと、生きたいと願う者が、善人が、他者に人生の幕を降ろされるべきでは無い!
私の願いは…善人の幸福と悪人の破滅だ。
私はその為に生きてきた。
願いを叶える為に死ぬことは初めから覚悟している。
私には…自分の命と引き換えにしても善人を救う義務がある!
隣に立つ死の肩を借りて立ち上がる。
見下ろした紅色の水鏡に自分の姿が映る。
無表情な顔、光のない瞳、血塗れた髪と体…
恐らくこれが最期に見る私の姿になるのだろう。
最期に見た遺影をゆっくりと踏み荒らしながら前へと進み続ける。
私と共にあった痛みはとっくに息絶えている。
歩く度に、影の代わりに血が後を着いてくる。
私の目に宿った力は衰弱していき、彼等の内の誰が怪物に近づいているのかさえ分からなかった。
それでも私の目は断罪すべき者をはっきりと捉えていた。
……もうここまで来たら十分だろう。
リボルバーを両手で構え、射撃姿勢に入る。
「シシャエアアアアアア!!」
「…さようなら。」
引き金を引くと同時に、闇に吸収されるはずの轟音が鳴り響き、発射された銀の弾丸が怪物の頭を文字通り蒸発させ、完全に消し飛ばした。
彼等の無事と怪物の死を確認すると、私の体はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「あはは…クハッ…本当に銀の…弾丸は……怪物に効くんですね…」
意味が無いことを知りながらも、ひとりでに言葉が出てきた。
仰向けになり、リボルバーを彼らの目につくように、胸の上にリボルバーを置きその上に両手を重ねた。
意味が無い事は…返事が無いことは分かっている。
『私は絶対に大丈夫ですよ、もちろんジョセと他の皆さんも!だからそんな顔をしないで下さい。さぁ、もう早く寝ましょう、明日も忙しくなりますよ?』
「ごめんなさい…ジョセフィーヌ……あの時…の言葉…を…嘘にしてしまいました。」
しかし、言葉にせずには居られなかった。
「どうか貴女が…隊員の皆さんが幸せでありますように…。」
彼等を最後まで導けなかった後悔の思いと、静かな闇が私を覆っていく。
「皆さんが…無事にここを出られますように…」
第24章「帰血」
「おい…おい!起きろよ!!」
「ふざけんなよ…俺達の事は守れるくせに自分のことは守れねぇのかよ!!」
「もう止めた方が良いっすよ、僕達のこと守ってくれたんすから。」
「おい、あんたは…何とも思わねぇのかよ!」
「思ってるから言ってるんすよ。馬鹿な僕でもジョゼさんがもう助からないって分かるっすよ。」
「ふざけんなよ…諦められる訳ねぇだろ!!」
「ジョゼさんは僕達をここで喧嘩させるために助けたんじゃないと思うっすよ。」
「………んな事…分かってんだよ。」
「今、僕達にできるのはジョゼさんの犠牲を無駄にしない事じゃないっすか?」
「ジョセフィーヌさんは!」
ジョセフィーヌさんは…ッ!
「いつも俺達の事を…助けてくれたじゃないですか…!なのに……俺達は何もしてやれてないなんて……あんまりじゃないですか…」
「もうどうにもならないんすから、ここから出て元気に生きるのが精一杯の恩返しっすよ。」
「俺は…そんな風に割り切れませんよ…」
「大人になると割り切る事に慣れるんすよ。」
「ずるいですよ…」
「でも慣れるってだけで辛くないわけじゃないっすよ。」
「春喜さん…」
手に力が入りすぎて…爪が食い込んで…
「手から…血が出てますよ…」
「…本当っすね。」
「……すいませんでした…酷いこと言って…」
「………気にしないっすよ。これが当たり前の反応っすから。」
「星次さんも…包帯が剥がれてきてますよ。」
「んなことどうでも良いだろ!」
「どうでも良くないですよ…そんなに腕を動かしたら…もっと血が出るのに…」
「クソッ……クソがぁ!」
星次さんって…こんなに優しい人だったんだ。
頭が良いから…怪物の死体を蹴ったって、きっと意味が無いって分かってるのに…
「止めてください!星次さん!!」
「…鱗で靴と足がボロボロになるっすよ。」
「全部…分かってんだよ…こうでもしねぇと……気がすまねぇんだよ…」
「ジョゼさんは…出口が見つかるまでここに置いて行くっすよ。」
「嫌ですよ!せめて最後まで一緒に…」
「それでまた何かあって死んじゃったらどうするんすか?ジョゼさんが助けてくれたのに自分で自分の首締めるんすか?」
……春喜さんは…しっかりしてたんだな…
「分かり…ました…」
「…こいつの銃は…俺が持っとくぜ…」
「使えるんすか?」
「あぁ…普通の奴だが…何回か撃った事はある。」
「OKっす。」
「じゃあ…行きましょうか…でも…その前に…もう少しだけ…」
「……そうっすね。」
体が血まみれになって…お腹だって…食いちぎられて…それなのに……俺達のことを最期まで助けてくれて…
「本当に……ありがとうございました…」
「ジョゼさんのおかげで僕は今も生きてるっすよ。」
「星次さん?何でジョゼフィーヌさんの手を…」
「手を組ませてやるんだよ……また迎えに来るぜ。」
………え?
「今…星次さんの血が…!」
「あぁ…見間違えじゃねぇよな!?」
「ジョゼフィーヌさんのお腹の方に…吸い込まれて…」
「……なぁ。」
「どうしたんすか?」
「これ…俺の勘違いじゃねぇよな?こいつの手首触ってみろよ!」
「…え?」
動いてる…
脈が…ある!
「背中…背中の方に耳を!」
「あぁ…心音が聞こえてるが…弱いな…」
「さっきまで心臓止まってたっすよ。」
「あんたも確認してみろよ!」
あっ…まただ!
「春喜さんの血もさっきみたいに吸い込まれて!」
「な…何がどうなってやがる…?」
もしかして…!
「少し静かにしてて下さい…星次さん!もう一度心音を!」
「…音が強くなってんぞ!」
やっぱり!
じゃあ…もしかしたら!
「なぁ…今…分かったかもしれねぇんだが…」
「はい、僕が考えてる事もきっと同じです!」
「ジョゼフィーヌさんに血をあげたら生き返るって事っすか?」
「あぁ!」
「はい!」
「今は信じてみるしかないっすね。」
確かに…俺だって有り得ないって思ってるけど…
今はジョゼフィーヌさんを助けられるんなら何だって良い!!
「春喜さん…ダガーを貸してくれませんか?」
「…やるんすね。」
「いや、俺が…」
「大丈夫です。無傷なのは俺だけですし、星次さんと春喜さんの方が運動神経が良いので…俺がやります。」
「切るんだったら左の手の平にしとけ、お前の利き手は右だろ?」
「良く見てますね!」
やっぱり星次さんの観察力は凄いなぁ…!
「ギャンブルにイカサマは常識だからな。やる側としてもやられる側としても観察力は大事なんだよ…深く切りすぎんなよ?」
「分かりました…」
よし…やるぞ!
「気をつけるっすよ。」
左手で刃を握って…軽くッ!
「うっ…」
痛ってぇ…!
痛いけど…これで!
「血が全部吸い込まれてるっすね。」
「おい、今度はこいつの髪と服についてた血も一緒に吸い込まれてるぞ!」
す…すごい…
周りの血が全部傷口に吸収されてる!
でも…
「傷口は…塞がりませんね…」
「いや…良く見ろ。」
「何か動いてるっすね。」
「おぉ…ちょっと……」
言わないでおこう…少しだけグロいって思ったこと…
あれ?
何か少しずつ床の血も…!
「なぁ…何か…血を吸収する力が強くなってねぇか?」
「そうっすね。」
「お前はそろそろ止血しと…立てッ!」
「えッ!?どうし…」
「クソ野郎が…まだ生きてやがったのか!」
く…口が動いてる!
「この距離でぶっ倒れてんだ…弾外すわけねぇよなぁ!」
「待つっすよ。あれ死んでるっすよ。」
「じゃあ何で口動いてんだよ!」
「よ…よく見て下さい!あの牙に刺さってるのって…」
「肉片…か?」
「あ…あれが…動いてるんですよ!」
「あれが血と一緒にジョゼさんの所に向かって来てるっすね。」
そ…それに…
「奥の方からも血が沢山…!」
「なぁ…あれって大丈夫なのか…?」
「ど…どうなんでしょう…」
うわぁ…もしかしてこの血も肉片も全部ジョゼフィーヌさんの…
グチャグチャ音鳴ってるぅ…っていきなりスピード上がった!
「なっ…!?」
き…傷口に肉片が!
「くっ付いて…塞がって!」
「…完璧に塞がったっすね。」
は…肌も綺麗に元通りに!
もう…ただ眠ってるみたいに見える!
「こ…これで助かったんですかね。」
「おい、聞こえるか?おい……起きねぇな。」
「もう1回心音と脈も確認しませんか?」
「そうだな、お前は手首の方を頼む。」
「はい!失礼します…」
何か…初めてジョゼフィーヌさんと話した時を思い出すな…
今は立場が逆になっちゃったけど。
脈の方は………凄い!
「正常ですよ!」
「あぁ、こっちもだ!」
「じゃあ眠ってるだけかもしれないっすね。」
「と…とりあえず大丈夫そうですね!」
良かった…本当に……良かったぁ…
もう…本当は助からないって…思ってたけど…
でも…!
「本当に…ッ良かったぁあ〜!!」
「おい…泣くなよ。確かにめでたいけどよ。」
「早くここから出て病院に連れて行った方が良いっすよ。」
「あ…確かに…早くここから出ないと!」
「とりあえずあの光ってたやつ取りに行こうぜ。」
「ジョゼさんは僕が連れてくっすよ。今はここに置いて行けないんで。」
「分かった、他は任せろ。それじゃあ…進もうぜ。」
「あれが鍵だったらいいんですけどね…」
「コイツも生き返ったんだ。鍵が無くても何とかなんだろ。」
第25章「銀の鍵」
「よし、着いたな。」
「やっぱり…改めてここまで来ると……地味に距離ありますね。星次さんと春喜さんは大丈夫ですか?疲れてませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。」
「大丈夫っすよ、ジョゼフィーヌさんめっちゃ軽いんで。」
「あっ…えっと……そういう意味では…いやそういう意味になっちゃうのか…?」
「まぁ大丈夫なら何でも良いんじゃねぇか?」
「…ジョゼフィーヌさんが重くないですか?って質問になっちゃってたり…あっ…はい!そうですよね!早く探し物しましょうか!!」
「…ったく…すっかり立ち直りやがって…お前はメンタル強ぇのか弱ぇのかはっきりしねぇ野郎だな。」
「と…とりあえず探しましょう!」
「じゃあ僕は一応離れときますね。」
「あぁ、その方がいい。さてと…始めるか…」
確か…ここら辺にあったよな…
…あれか。
くっそ…結構深くねぇか?
「き…気をつけて下さいね?」
あと…もうちょいで届きそうだ…な!
「よし!取れたぞ。」
「それって…鍵ですよね?」
「見た目的に古そうっすね。」
確かにそうだな…
それにこの鍵…銀でできてねぇか?
…ってか何で光ってんだ?
「やったぁ…これで出られますよ!」
「いや…喜ぶのはまだ早いな。」
「そうっすね。」
「え…?何でですか?」
「まぁ…その時のことははその時にしておくか。さっさと出ようぜ。」
「…それもそうですね!」
「そんで…こいつは起きそうか?」
「ジョゼさんはまだ眠ってるっすよ。」
「そうか…行こうぜ。」
一応…鍵は手に入った。
問題はこいつで鍵が開くか。
開いた所で外に出ても大丈夫か。
外に出られたとしても…どこに行けばいいか。
結局…考えても無駄か。
「あの〜…俺…気になった事があるんですけど…」
「何だ?」
「最初からずっとおかしなこと続きでしたけど…もう…さっき目の前で起きた事を見ちゃったら…あのメモの内容も本当の事なんじゃないかな〜と…」
「じゃあもう1回メモ見てみるっすか?」
「まぁ…見たところで何かメリットがあるかは分からないですけど…気になりますし…」
「よし、じゃあ俺にメモ渡せ。俺がこれで照らしながら読む。」
「確かに…その方が良いかもしれませんね!」
「メモはジョゼさんのズボンの右ポケットにあったっすよね。」
「それだと…血でもう読めないんじゃ…?」
「いや…さっきので手紙の血も吸収されてたりしねぇか?」
「どうでしょうか…とりあえず取り出して見ますね。それでは……1枚、2枚、3枚…全部ありました!どうぞ!」
「よし…先ずは1枚目から…ッ!何だッ!!」
「うわっ!眩しッ!!」
メモが…光ってんのか!?
「めちゃくちゃ光ってますよッ!?」
「目閉じてても眩しいっすね。」
「しかも…動いてやがる!」
メモがそれぞれ動いてやがる!
「えぇッ!?本当に何なんで…ちょッ…まだ光ってる!」
「でも落ち着いてきたっすよ。」
「あぁ、やっとだな…」
「あっ…本当です!もう大丈夫そうですね!」
「お前らは何とも無かったか?」
「僕は大丈夫っす。」
「あ…はい!俺も大丈夫です!めっちゃ目が痛くなりましたけど…。」
そんで…この唐突に目潰ししに来たクソったれな紙切れはどうなって…!
「は?」
「あっ…えっ…えぇえぇ!?」
「さっきまでちゃんと3枚だったっすよ。」
「…あの光が出てる間にくっ付いて1枚の紙になったのか?」
「な…何か内容は変わってたりしますか?」
「あぁ…調べてみるからちょっと待ってろ。」
「歩きながらにするっすよ。」
「OKだ。」
メモの内容か…特に何も変わらねぇな。
『記録No.1 6月20日 禁域観察開始時刻 午前12時
記録者 マーリン
このメモに禁域調査手記とは別に、私を含める調査員4人の状況と私の簡単な推察を記録する。
家の中に入ってから1時間が経ったが、調査は順調に進んでいる。
しかし、調査員の精神状態はあまり良くなさそうだ。
この家に入った瞬間、私達は同時に何者かの視線を感じたのだが、それからというもの私以外の皆の様子がおかしい。
調査に異常をきたす程の症状は無い為、調査を継続するが彼等の言動に注意する必要が有りそうだ。
私に何か異常が現れても正しい情報が残るように、このメモは後2回だけ書く事にする。
No.3より後のメモが見つかった場合は、私が発狂して書いたものとして扱い、そのメモの内容は無視して欲しい。』
『記録No.1より12時間半が経過
禁域を屋内から観察しているだけだというのに3人のメンタルに段々と異常が現れ始めた。
ウェスはもう限界に近いだろう、グレイルもすっかり憔悴しているがなんとか正気を保っている。
マリーは比較的に症状が軽いようだ、彼女は今ウェスと一緒にリビングに居るがグレイルは先程から…
確かに私もこの家の中に入った瞬間から、おぞましい何かの視線のようなものを感じたが、精神に異常をきたす程のものでは無かった…
恐らく禁域には精神汚染の様な悪影響を及ぼす能力が有るのだろう。
この悪影響も個人差があるようだがその差は一体…
先に私以外の3人だけでも此処から出してやりたいが…』
『記録No.2より30分が経過
前々から異変を感じていたが、まさか2人があんな怪物になるとは…やはり禁域は混沌と邪悪の世界なのだろう…私はもう教団に帰れない。
友よ、置いていくことを許してくれ。
門は棚のある壁に展開する。』
『門は棚のある壁に設置する。』
こんなの書いてあったか…?
やっぱり何か見落としてたのかもしれねぇな…
「なっ…」
いや…これだけは見落としてたわけじゃねぇ。
メモの裏に書いてあった…いや…いきなり浮かび上がってきたメッセージ!
メモは全部たたまれてた…つまり裏に何か書いてあったら気づかない訳がねぇ!!
「な…何かありました?」
「あぁ…新しいメッセージだ!」
「ほ…本当ですか!?」
「あぁ、読むからちょっと待ってろ。」
裏面のメッセージ…一体何が…
『このメッセージを読んでいる者へ
このメッセージを読んでいるということは、君は私の書いたメモを全て集め、「銀の鍵」を手に入れたという事だろう。
その鍵を使えばどんな扉をも開き。
そして、君が望む場所へと帰ることが出来る。
だが待ってくれ。
どうか私に力を貸して欲しい。
この場所に訪れ、この奇妙な現象を見た後なら。
「魔法」というものの存在を信じてくれるはずだ。
今、世界は魔法と「悪夢の邪神」によって滅びようとしている。
私一人では到底止めることは出来ない。
だから今は1人でも協力者が欲しい。
もし協力してくれるのならば、私は君に対価を払う。
その鍵を使えば、私が創った「門」を開いて私の隠れ家へ移動することが出来る。
どうか頼む。
門を通って私に力を貸してくれ…7月7日の金曜日…この日に世界の終焉が近づいている。
真名は教えられないが私の教団内の呼び名を伝えておく。
私の呼び名は「マーリン」だ。
願わくば世界に邪神が解き放たれぬことを。』
魔法…神…終焉…か。
イカれてやがる…って前の俺なら鼻で笑って破り捨ててただろうな。
全部を完全に信じられるかっていうと…それは流石に無理だがな。
「何が…書かれてたんですか?」
「これは…お前らも実際に読んだ方が早ぇな。」
「じゃあ次は俺にメモを…」
「あともうちょっとで出口に着くっすよ。」
「あっ…じゃあ、後で一緒に読みませんか?春喜さんも気になりますよね?」
「そうっすね。」
「なぁ…」
「ど…どうしました?」
「こいつが倒れてたのは…ここら辺だったよな?」
「あ〜…えっと…多分そうじゃないかな〜っと思い…」
「あんたは覚えてるか!?」
「多分ここっすよ。どうしたんすか?」
「…無ぇんだよ。」
「無いって…何が…」
「…クソ野郎の死体が無ぇ!」
「まさか…まだ生きてッ!」
「構えろ…いや!走るぞ!!」
「生きてたとしてもそこまで動けないと思うっすよ。」
「よく殺されかけた奴が言えたな!とにかく走るぞ!!」
「こ…この距離なら……あと少しで出られ…!」
「俺が最後にここを出る…お前が鍵持っとけ!」
「えっ?ちょッ…あっ!あぁあっぶない!!」
「ナイスキャッチっすね。」
「お前が鍵もって最初にこの部屋を出ろ!多分ナイフよりもそいつの方があいつらには効く!」
「ど…どういう事ですか!?」
「見たんだよ!この弾が魚野郎に当たる前に…近づいただけで頭が蒸発するところ!!」
そうじゃねぇとあの頭の吹き飛び方は説明がつかねぇ。
「えっ…そうだったんですか!?じゃあ本当に銀が…?」
「まぁ、ただの予測だけどな…ほら!早くしろ!!」
「は…はい!急ぎましょう!!」
流石に早く動けるとは思えねぇが…相手はバケモンだ…そこら辺の奴とは違ぇ…
いくら銃があっても暗くて見えねぇんじゃ意味もねぇ…!
「ド…ドアです!」
「よし!急げ!!」
「はい…!?星次さん…こっちの怪物の死体もありません!!」
「はぁ!?」
嘘だろ…流石に有り得ねぇよな?
いや…初めから何でもありだったな…
「でも確実に死んでたっすよね。」
「止まるな!ナイフと鍵は構えとけよ!!」
「は…はい!春喜さんは俺の後ろに!」
「OKっす。」
よし…こいつらは出られるな…
一応後ろ見ながら出るか。
………何も無いか?
「星次さん!こっちは大丈夫そうです!」
「あぁ、分かった!」
後は全力で走って…扉を閉める!
「よし!俺が扉を抑えておく、そっちの棚でここ塞いどけ!!」
扉は風呂場の方に開くからあんまり意味ねぇかもしれねぇが…何もしないよりマシだろ。
「OKっす。ジョゼさんはここで寝かせとくっすね。」
「うわっ…相変わらず凄い力ですね…」
「持ってきたんでどいて欲しいっす。」
「あぁ……よし、これで大丈夫だろ。」
「流石に…襲いかかって来ませんでしたね。」
「まぁ…何ともなくて良かったな。」
「流石に疲れたっすね。」
「あ…あはは…俺も心臓が…走りすぎて……」
「とりあえずこれ読みながら休んどけ。」
「あぁ、さっき話してたやつですね…読みましょうか。」
あとがき
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!
ここでは衝撃的な展開が多かったと思いますが、面白かったでしょうか?
もしかすると今までの描写からジョゼフィーヌの真相についての予想がついている人がいるかもしれませんね!
何か考察や感想がありましたら是非どうぞ!
pixivやハーメルンでは、最終章にリンクを使ったギミックを用意していたのですが、小説家になろうを最近使い始めたばかりでどのような機能があるかを完全に把握しておらず、もしかすると最終章は少し仕様が異なるかもしれません。
どうか小説家になろうでの機能に詳しい方がいらしたら、リンクなどの機能があれば、その使い方を教えて欲しいです!
少しあとがきが長くなりましたが、彼らに待ち受ける終わりは果たしてどのようなものでしょうか…
ぜひ最終章をお楽しみに!