おもいどおりに
「いち、にー、さん、後三日か…」
液晶画面を眺めながら、彼はブツブツと呟く。
「そういえば、あんたの次の試験はいつなの?」
彼らは大学生になるのを夢見る高校生だ。1月の一次試験が終わり、次の二次試験が近づいている。
「えっと…5日だったかな」
「5日…もうすぐじゃない…」
彼女は黒い海を眺めながら彼に問い続ける。
「こんなところで時間を消費してる場合じゃないでしょ…」
「わかってる…わかってるよ…」
彼は俯いたまま答える。
「お前に言われなくてもやるべきことは分かってる…でも今からしても、意味がねぇんだよ」
彼は潰れた声で話し続ける。
「やるべきことはやったよ。ここまでするかってぐらいまでしたよ…でも結局結果を出せなかった…努力が報われなかったんだよ」
彼は鉄格子を力強く握り締める。
「なにがダメだったんだ…なにが足りなかったんだ…」
彼らの目の前を横切る大きな船が、潮風を運んでくる。その香りに起こされたように彼女は話し出す。
「そんなの知らないわよ…あなたしてきたことをすっとそばて見てきたわけじゃないし…」
彼らはお互い顔を合わせずに、ゆっくり港に向かっていく船を眺めたまま話し続ける。
「…お前には関係ない話しだよな…そうだよな…」
「そんなこと言ってない!」
彼女は視線を俯く彼の頭皮に向ける。
「あなたがどれだけのことをやってきたのかなんて知らないわよ…でもそれで諦めるの、結果が分かった途端あっさり諦めるの?」
彼はゆっくり視線を彼女に向ける。
「もういいよ。お前には分かんねぇよ」
彼女は涙を浮かべる。
「…もう…知らない…時間を無駄にしたわ…」
彼女はそのまま船が向かう逆方向へ向かった。彼女が立ち去るやいなや、彼は鉄格子に跨り、真下に広がる黒い海をぼんやり眺める。薄暗い空の下で、所々街明かりが照らされる中、彼の周りは月明りしかない。彼は鏡のように海に映る月には目もくれず、真下の黒い視界に焦点を当てる。
彼はもう一度、彼女が向かった方向を見る。街明かりが神々しく照らされている。その中へ向かう彼女の後ろ姿が見える。彼女が遠ざかっていく。いつの自分のそばにいてくれた彼女が…いつも俺を応援してくれた彼女が…俺の憧れの存在の彼女が…
黒い海へ、彼は静かに身を投げた。