第三十九話 黒の対面 過去編 その6 神と力 ▼
「な、なんだこいつ!?」
行商の一人が叫んだ。
「商会の馬車が!」
さきほどまで走っていた馬車は粉々に砕け散っていた。
「お、おい! あの猿、馬を喰ってやがる!」
馬車にぶつかった衝撃で倒れた馬を巨大猿は拾い上げると大きく口を開けて喰らい始めた。
「う……ぁっ」
ガツガツと貪っている近くで血まみれになって倒れている男がいた。
俺に“人でなし”と言った男だ。
見たところ生きている。
だが先ほどの衝撃で瀕死の状態だ。
「あっ! あいつ!」
「大丈夫か!」
「く、くそ! 助けてやりてえが!」
「あの猿のせいで近づけねえ!」
巨大猿はあっという間に馬をたいあげた。
ウホホ
今度はデザートと言わんばかりにあいつに目を向けた。
「……」
あいつは俺に“人でなし“と言った男だ。
別に死んだって構わない。
だが………
「……おい」
「な、なんだよ……」
「俺が注意を引く。隙を見て連れ出せ」
俺はそういうとすぐに猿の前に躍り出た。
「おいこっちだ! この間抜け!」
俺は両手に黒魔法を放てる準備をしながら大声をあげた。
ウホ?
奴はすぐに俺の方をマヌケ面で見やった。
あんまり知能は高くないように見える。
だが一瞬で馬車を粉々にしたあのパワーは要注意だ。
モロに攻撃を喰らえば一撃であの世行きかもしれん。
「はっ!」
俺は即刻黒魔法を奴に放った。
相手の心を衰弱させる魔法だ。
ウホ?
腹に命中した黒魔法に一体なんだと腹をさする。
だが何にもないと思ったのか、奴はにんまりと醜悪な笑みを浮かべた。
ウッホホ〜
巨大な拳を握り俺に振り下ろそうと腕を上げた。
……ウ、ウホ?
だがその振り上げた腕も徐々に下がってしまいだらんと下げてしまった。
ウホ…ウオ……?
自分の胸に手を当ててどうしてしまったのかと混乱している様子だ。
よし効いているようだな。
ウ、ウホオ……
奴は俯いたまま頭を抱え始めその場にうずくまった。
「今なら大丈夫だ。あいつを連れてさっさと森を抜けろ」
「あ、ああ……」
行商人たちは戸惑った様子で倒れているあいつを抱え上げるとそのまま森の出口へと小走りで向かい始めた。
「先にいくぞ……」
ストアが俺に言った。
「ああ、早く行け。これで俺への依頼も終わりだろう」
俺はぶっきらぼうにストアに返した。
さっさとこの猿にトドメを刺さないとな。
俺はうずくまっている猿に近づいた。
『ほお〜。こりゃすごい。一発で無力化できるとはな』
「な、誰だ!」
俺は突如森に響いた声の主を探した。
『ははは、無駄だよ。今の俺に身体はないからな』
声の主は俺たちを嘲笑した。
だが身体がない?
どういうことだ?
『それにしてもすごいねえ黒魔法ってのは』
突然巨大猿の近くに赤い炎がボッと現れた。
『ああくそ。こうやって姿をちょっとだけ具現化するだけでも消耗しちまうのか。まあいい』
炎から声が聞こえる。
こいつが主か?
『どれどれ……なるほど黒魔法が身体の中にあるってことか……だったら』
ウホ?
「なに! 黒魔法が!」
俺が猿にかけた黒魔法が炎に吸収されていく。
身体に染み込ませ、意志をひたすら弱らせる魔法が。
このような芸当、魔王たる俺以外には黒き神にしかできぬはず!
ま、まさか!
「もしやノクス様でございますか!?」
『はあ? ノクスゥ? あんな雑魚と一緒にすんなよ』
「ざ、雑魚……それじゃ一体お前は!」
『ん? あれお前、どこかで見たような……あっ!』
何かを思い出したのか炎は一層強く燃え出した。
『思い出したぞ! お前一番偉そうにしてたくせに無様に逃げ出した奴じゃないか! 我は魔王ぞ!っとか言ってたくせによお! あっはっはっは!』
ボボボと笑い声に合わせて炎も燃えた。
「貴様あの時の!」
こいつ! 襲撃してきた自称神か!
「お前だけか! もう一人はどこにいる!」
『あん? お前に言ってどうすんだよ?』
「答えろ!」
『言うかバカ。おっとそろそろ復活するなぁ』
ウホホホホー!
さきほどまでうずくまっていた巨大猿が打って変わって興奮して腕を無意味にブンブンと振り回していた。
「バカな! 俺の黒魔法が!」
『言っておくが、俺がいる限り何度黒魔法放っても無駄だぜ? その度に俺が吸収してやるからよ』
「お前一体何なんだ! なぜ黒魔法が!」
『これから死ぬ奴に言うかよ。ま、それでも抗ってみてくれよ。こいつがどれだけ戦えるかも見てみたいしよ』
「なにを……」
ウホウ!!
「ぐっ!?」
巨大猿が放った拳を俺はすんでのところでガードをする。
しかし
「がはっ!」
つ、強すぎる!
俺は勢いよく吹き飛んだ。
その衝撃で何本もの木が倒れた。
「あっあぁ……う、腕が」
なんてこった俺の腕が完全に潰れてやがる。
それにガードの上から無理矢理に拳を通しやがった!
おかげで瀕死状態だ。
もう動けねえ……!
なんてザマだよっ!
ちくしょう!
ウホホホホ!
『なんだよたった一発でKOかあ? 強く作りすぎちまったか? 魔王だっけ? 魔族で一番強い奴がこのザマかよ。つまんねえなあ』
ウホーホホ!
炎から聞こえる声は呆れた様子だ。
一方で猿はにんまりとした顔でジャンプしながら喜んでいる。
『まあRPGでいうならいきなり終盤のボスをぶつけられたようなもんだから勝てるわけねえか。ははは』
やろう……。
嘲笑いやがって……
『じゃ、あとはコイツに喰わせて終わりだな。はあ、それにしても魔王だからもうちょっとやれるもんだと思ったが、しょせんこんなもんか。もう少し“レベルアップ“させてから戦わせた方がよかったかもな……。そうすりゃ少しは面白そうだったに違いねえ……』
炎はなにやらぶつぶつと言っている。
『ま、次試せばいいか。おい! ええっと? あ、そうだ! “レッドジャイアントコング”にしよう! いや、いちいち言うの長いな……“コング”でいいや。おいコング! こいつ喰っちまえ!』
ウホオ!!
猿が俺に近づいてくる。
くそっ! 動けねえ!
『やっと見つけた!』
「な、誰だ……?」
突然俺の耳にまた別の声が聞こえた。
幼い声、だがどこかで聞いたことあるような……
『待ってろ! すぐ治してやる!』
「!?」
いつの間にか俺の腕が元通りに治っている。
いやそれどころか
「身体が動く!?」
『危ない!』
「!」
俺は猿の伸ばしてきた手を避けて距離を取った。
「なっ!?」
ウホ!?
俺が目の前からいなくなっていることに巨大猿は驚いている様子だ。
同時に俺も驚いた。
なにせ自分でも信じられないほどのスピードで動くことができたからだ。
魔王として鍛錬は怠らなかったが、身体の限界を超えた動きができるはずがない。
しかもほんの少しだけ息が上がっているくらいで、ほぼ何ともない。
それどころ身体が軽く感じるくらいだ。
一体何が起こっている?
『おお! とっさに力を与えたにしては結構いいんじゃないか!?』
耳元で聞こえる声が喜色を示す。
「おい、貴様誰だ! どこにいる!?」
『後で言う! 来るよ!』
ウゴオ!!
俺を見つけた猿がその巨体で思い切り突進をかまそうとしてきた。
「くそっ!」
これまでか!
俺はとっさにガードして覚悟を決めた。
ドンッ!
「……?」
どういうことだ?
受けた衝撃は予想よりもはるかに小さいものだった。
突進を喰らえばそれこそガードしてても今度は身体がちぎれるかもしれないと思ったのに。
俺は吹き飛んでいない。
それどころか巨大な岩のように俺はその場に吹き飛ばされずに立っていた。
ウホ……ホ?
巨大猿も驚いた表情で動揺している。
なぜ吹き飛ばない?
なぜ平然としている?
そう訴えているように見えた。
ウホオォ!
猿は思い切り力を込めて俺を吹き飛ばそうと身体を前に進めようとする。
だがそれでも俺を動かすことは叶わない。
「全然重く感じないぞ? 一体これは……?」
本当に何が起きている?
『おお! これはすごい! さすがオイラ! レベルで言うならいくつくらいだ?』
「お前さっきから何を!」
『それは後だと言っているだろう! 今のお前ならこいつを倒せるぜ! 思うままに力を振るうんだ!』
「なに?」
倒せる?
確かに今の突進攻撃は痛くも痒くもなかった。
……やるしかない。
「いくぞ!」
俺は拳を作り思い切り巨大猿の腹にパンチを放った。
ボゴン!!
ウグホ!?
奴の腹にパンチが命中した瞬間俺の拳は深く奴の腹に食いこみ、その後ものすごい勢いで吹っ飛んだ。
「なっ!?」
なんだと!? さっきまで俺は奴の拳に一発耐えるだけでも瀕死だったというのに!
いや、待て!
よくよく自分の身体を省みたら何か力が湧いてくるような感覚があることに気づいた。
「こ、これはなんだ!?」
『後で説明するっていったろ? あの猿がダウンした! 今のうちだ! 早くトドメを刺すんだ!』
「くっ!」
訳のわからない存在に指図されるのは気に食わないが、確かに今の状況であの猿に態勢を整える隙を作るわけにはいかない!
「うおお!」
吹っ飛ばされて起きあがろうとしている巨大猿に俺は素早く近づいた。
その際にも信じられないほどの速度で動けたことにも驚いたが、今はそれどころではない!
「うらあ!」
俺は奴に向けてありったけの力を振り絞り拳を放った。
ボンッ!
ブォッ!!
鈍い破裂音がしたと同時に猿の腹部に風穴が開いた。
同時に奴は口から大量に吐血をした後、そのまま倒れぴくりとも動かなくなった。
「はぁはぁ」
し、死んだか?
くそ! 全力を出しすぎたせいなのか、かなり疲労が溜まっているぞ。
少し休まねばならないな……。
『ば、バカな!? あれはレベル35以上はあるはずだ! なんでいきなり倒せてやがる!』
奴をけしかけた自称神は炎の勢いを増しながら怒りの声を上げていた。
だがその炎も間も無く小さくなっていった。
『く、くそ! もう具現化ができない! やはり力を蓄えねばならんか! おい、そのこの無様野郎! 覚えてやがれ!』
そう言うと炎は消えた。
「……か、勝ったのか……」
森は静寂を取り戻した。
『やったな! オイラの力は完全には失われてないってことだ!』
俺に助言をした謎の声はまだ聞こえる。
「おい、説明しろ。お前は誰なんだ?」
『ははは、嫌だなあ。分からないか?』
「なに?」
『ちょっと待ってくれ』
少しすると黒い炎が現れた。
炎が徐々に人型を形成し始めると、見覚えのある、いや、この世の最も荘厳な存在が現れた。
「あ、あぁ……あなたさまは……」
『やっとわかったか。そう、お前たちの神だ』
魔族の神ノクス様であった。




