【コミカライズ】義妹の身代わりで隣国将軍の嫁にされた嫌われ令嬢です。夫が死ぬまで祖国に帰ってくるなと言われていたのに、優しい旦那さまを愛してしまいました。
この作品は、2023年8月31日より発売中の「訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック6」(一迅社)に収録されております。
「ごめんなさい。あなたのことを好きになってしまったの」
夫であるクレメントさまに微笑みかければ、困ったように固まってしまった。それもそうね、お飾りの妻が恋人の日に合わせてチョコレートを用意してくるなんて、裏があると思われても仕方ないもの。でもどうか許してほしいの。これっきりのわがままなんだから。
「君は何を言って」
「ああ、何も仰らないで」
いくら厨房の中、監視付きで作られたとは言え、私からのプレゼントなんて気持ち悪いに違いないわ。箱を手渡すのをやめ、結んだリボンを自分で解く。
敵国の女が用意したんだもの、何が入っているかわかったもんじゃない。箱の中からチョコレートをひとつつまみあげ口に放り込み、頑張って背伸びをした。そっとかすめたのは、どこかかさついた、けれど柔らかな唇。
自分からした最初で最後の口づけは、甘く、ほんの少しだけほろ苦かった。
***
成人したばかりの私と隣国の名将軍クレメントさまの結婚が決まったのは、突然のことだった。もともとは同い年の義妹が嫁ぐはずだったのだが、彼女が泣いて嫌がったために書類上の姉である私にお鉢が回ってきたのだ。
母国と隣国は、私が生まれる前からずっと戦争を続けている。ここ数年は国境沿いでの小競り合い程度に落ち着いているけれど、お互いの国民感情は決して良いとは言えないだろう。
今回の政略結婚が国同士の和解に向けての第一歩になるのか、あるいは数年ばかりの平和を得るためのものになるのかはわからない。けれどいくら妻として迎え入れられたところで、幸せになれそうもない結婚なのは明らかだった。今の段階ですら人質なのだ、戦争が激化すればあっさり命を落とすことになるだろう。
案の定、義妹は瞳を潤ませながら父にすがりついた。
「お義父さま、わたし結婚なんて嫌よ。隣国なんて行きたくないわ。行けというのなら、このまま窓から飛び降りて死んでやるんだから!」
「わかっている。コーネリア、安心しなさい。お前が他国へ行くことは絶対にない」
ふたりの勝手な言い草に頭が痛くなる。義母はと言えば、頬に手を当ててため息を吐くばかり。すると、義妹ははらはらと流していた涙を止め、名案だと言わんばかりに明るい声を上げた。その瞳はすっかり乾いている。本当に昔から驚くほど嘘泣きがうまいのだ、あの子は。
「そうよ、お義姉さまが行けばいいんだわ!」
「ああ、そうだな。それがいい。あれでも我が家の娘。幸い、この婚姻の申し込みには名前が書かれていない。我が家の『掌中の珠』を隣国将軍の妻としてもらいうけるという文言があるだけ。ならば可愛いお前ではなく、あちらを差し出そうではないか」
わかりきっていた流れに、小さくため息をついた。まるで演劇のように朗々と諳んじられる台詞。私の心なんて必要としていない。求められているのは、筋書き通りの台詞だけ。
「承知いたしました」
頭を下げれば、もう私のことなんて忘れたかのように次の話題に移ってしまう。
出立の日、父は私に向かって冷たく言い捨てた。
「将軍が死ぬまで、何があろうとこの国に帰ってくることはまかりならぬ」
それは、この国に帰って来たければ将軍をその手で殺してこいという意味なのだろうか。父の言葉の意味を把握しきれないまま視線をさまよわせていると、呆れたように義妹が小瓶を押しつけてきた。虹色の液体が、小瓶の中でとぷりと揺れる。
「お義姉さまは鈍臭いから、自分では何もできないでしょ。隣国で死んじゃいたいと思うくらいどうしようもなくなったら、将軍の食べ物にこれを混ぜちゃえばいいわ。でも、その時はお義姉さまも一緒に食べてね。ひとりだけ無事でいたら、後々どうなっても知らないんだから」
どことなくにやついた笑みを浮かべる義妹のことを、義母が困ったような顔でたしなめる。父はというと、嫌なことを聞いたとでも言わんばかりに眉をひそめていた。まあ、目の前で自害用の毒を受け渡しているのを見るのは気分が良くないか。あるいは、それくらい自分で先に準備しておけという意味だったかもしれないわね。
将軍を殺すときは自分も一緒に死ねということかしら。でも、それならば結局祖国の土はもう二度と踏めないことになる。小さいけれど美しい、私の生まれた愛しい国。
どうしてこんなことになってしまったのか。お母さまが生きていた頃は、あんなに幸せだったのに。優しかったお父さま、料理上手で親切な義母、私のことを本当の姉のように慕ってくれていた義妹。みんな、どこへ行ってしまったのだろう。
「コーネリア、それでも私はあなたが大好きよ」
「おかしなお義姉さま。わたしも、お母さまも、お義父さまだってみんなお義姉さまのことを愛しているに決まっているでしょ。ふふ、どうぞ将軍さまとお幸せにね」
隣国へ嫁入りするのが嬉しくて仕方がない。そう言いたげに笑みをこぼすコーネリアの姿に、涙が止まらなかった。
***
どんな方かと不安に思っていたものの、クレメントさまはとても優しい方だった。
実家からひとりの使用人を連れてくることもなく、嫁入り道具さえ持参しなかった貧相な花嫁。人質としての価値さえないとわかっていたはずなのに、それでも彼は私をあたたかく迎え入れてくれた。
「急な結婚で、あなたも戸惑っておられるだろう。少しずつ、互いのことを知っていけばいい。もちろん性急にことを進めたいとは思わない。あなたが俺を受け入れられるようになってから、本当の夫婦になれればいいと思っている」
「……ありがとうございます」
屋敷の離れに放置されてもおかしくはない状況だったのに、彼はあくまで私をひとりの人間として扱ってくれたのだ。
欲を言えば、どんなひどい扱いでもいいから、妻としての役割を果たしたかった。けれど、それは身の程知らずの望みだったのだろう。「抱きたくない」と直接言わずに、初夜を避けるための立派な方便まで授けてくれた。これ以上望んだらバチが当たる。それなのに私は、クレメントさまのことを好きになってしまったのだ。
クレメントさまのお仕事は不規則だ。日が昇らないうちに呼び出しがかかることもあれば、日付が変わっても帰ってこない時もある。軍事的な秘密も多いようで、仕事について聞くこともできない。だからだろう、クレメントさまには自分を待つ必要はないと再三言い含められていた。
「朝の見送りも、夜の出迎えも要らない。食事も自分を待たずに先に食べて構わない。いつ出入りするかわからないから、寝所も別にしておこう」
「ですが、私は妻として」
「君はまず自分の身体を労らなくては。このままでは、触れただけで折れてしまいそうだ。たくさん食べて、しっかりと肉をつけてくれ」
困ったように微笑み、私から距離をとる。貧相なお前の身体ではそそられないと言わないクレメントさまは、本当にお優しい。だからこそ、寂しくてたまらない。
すべての言葉は思いやりにあふれていて、けれどここでもやっぱり私は必要とされていないのだ。
いっそ、クレメントさまの寝込みを襲ってやろうかと画策したことだってある。けれどその企みはなぜかバレていて、クレメントさまには渋い顔で叱られてしまった。
「焦らずともよい。俺の妻は君なのだから」
「妻だとおっしゃるのなら、その証が欲しいのです」
「もう少し待ちなさい」
使用人たちに相談を持ちかけてみたが、誰もがやんわりと私を制するばかりだ。それはそうだろう、こんな敵国の女と情を交わし、子どもなど生まれては困るはずだ。クレメントさまの血筋は、正しくこの国の女が繋ぐべき尊いものなのだから。
嫁いでから半年。不埒なことなどなにひとつないおとぎ話のように清らかな婚姻生活。
春も近いというのに、久方ぶりに凍りつくように冷え込んだ日に私が耳にしたのは、母国の第二王子が王位を簒奪するために蜂起したということと、国王、第一王子が行方不明になっているということ、その代わりに宰相である父が国賊として王宮に捕らわれているという話だった。
***
実の娘である私のことをいないものとして扱っていた父だけれど、元々は曲がったことが大嫌いなひとだった。仕事に私情は挟まないことで有名だったくらいだ。
そんな父が、ぼんくらと陰口を叩かれる国王陛下や、能無しと噂される第一王子殿下とともに国民を苦しめたなんて信じられなかった。むしろ、彼らの尻拭いをお父さまが行ってきたからこそ、あの国はなんとか生き長らえてきたというのに。
お父さまたちを放っておくことなどできない。けれど、私の力では助けることなどできないだろう。働きかけるべきひとのあてさえわからない。父はどんな扱いを受けているのだろうか? 義母や義妹は大丈夫だろうか? かたかたと震えながら部屋の中を歩き回り、そして気がついてしまった。
失脚した宰相の娘という立場は、クレメントさまの足を引っ張るだけであるということに。もともと人質としての価値などなかったというのに、とうとう明確な邪魔者になってしまった。
どうすればいいのだろう。いっそこのまま私も死んでしまいたいと呟きかけ、思い出した。母国を出立するときに、義妹から渡されたあの小瓶のことを。
――隣国で死んじゃいたいと思うくらいどうしようもなくなったら、将軍の食べ物にこれを混ぜちゃえばいいわ――
愛するひとを殺すなんて、私にはできない。それに私にとって大切な母国は、すっかり腐りきってしまっていることも今の私には充分に理解できた。このまま第二王子が膿を出しきれば、あの国は生まれ変われるだろう。そしてクレメントさまの国とともに、新しい関係を築けるはずだ。その未来に、私の居場所がないだけのこと。
毒がどの程度の速さで作用するのかも知らない。けれど、気持ちを伝える猶予くらいはあるはず。死ぬ気になれば何でもできるとはよく言うけれど、実際覚悟を決めた私は不思議なほど前向きになれた。
「クレメントさまにプレゼントをお贈りしたいの」
「それはようございますね。旦那さまもきっとお喜びになります」
恋人の日のために贈り物を用意すると言えば、屋敷のひとたちは誰も不審がることはなかった。子どものお遊びにでも付き合っているような気持ちなのかもしれない。それならば逆に好都合だ。私は料理長の指導のもとでチョコレートを溶かしながら、隙を見てあの小瓶の中身を流し入れた。どれくらいの量が必要なのかわからなかったから、すべて注ぎ込む。これできっと、問題なく天国に行けるはずだ。
「君は何を言って」
「ああ、何も仰らないで」
だから愛を告げた。破廉恥にも自らクレメントさまの唇を奪った。もう思い残すことなどなにひとつないと思っていた。
後は、死ぬのを待つだけだ。毒が回ってきたのか、先程から動悸が激しいような気がしている。
慌てて部屋に戻ろうとクレメントさまから離れようとしたのに、私の体はちっとも動かない。焦っていると、片手で持っていた贈り物の箱が床に転がり落ちてしまった。もう用無しとなったはずのチョコレート。本当は薬なんて入れずに、クレメントさまに食べてほしかった。なぜか涙で目の前がぼやけていく。
「ああ、すまない。落としてしまったね」
クレメントさまが床にひざまずき、チョコレートを拾っている。私を離さないように片腕に抱え込んだままなのだから、まったく器用なかただ。そしてあろうことか、落ちたチョコレートを口にした。カーペットの上とは言え、下に落ちたもの。しかも中身は毒入りだ。
「そんなもの、食べてはなりません!」
「なぜだ。君が一生懸命作ってくれたものだろう?」
「ですが、それは。その中には……」
「ああ、大丈夫。君の持ち物は、すべて把握している。君がそこまで思いつめていることに気がつかなくてすまないね」
クレメントさまは、ひどい方だ。年の離れた妻の告白など、幼子の癇癪と変わらないのだろう。ああ軍人として名高い彼だから、毒だって耐性があるのかもしれない。拾われたチョコレートはいつの間にかやってきた家令が持っていき、私は逃げられないようにするためかすっぽりと抱き抱えられた。
「まったく、悪い奥さんだ。俺がどれだけ我慢しているのか気がつかなかったのかい?」
「一体、何を? そもそもクレメントさまも、コーネリアと結婚したかったのでしょう?」
「どうしてそういう話になっているのかわからないが、俺が妻にと望んだのは君だけだよ。そしてあの家の『掌中の珠』は、確かに君だ。間違いない」
クレメントさまは、何をおっしゃっているのだろう。まるで、私を最初から娶りたかったように聞こえるのだけれど。
「それにしてもどうしてこんなことを……なんて愚問だったね。お義父上を助けたいかい?」
「助けてくれるの?」
甘く優しいクレメントさまの言葉。
「君がそれを望むなら。でも彼らは、君を虐げたひとたちだろう?」
「でも大事なの。大好きなの。嫌いになんてなれないの」
「家族のことを信じているんだね」
「馬鹿な女だって笑う?」
「いいや、愛情深く育てられたのだと実感するよ。では、成功報酬は前払いで頂こうか。君もそのままでは辛いだろう」
そう言えば、久しぶりに感情を爆発させたせいか、身体が熱い。頭ものぼせたようにぼんやりしている。
「サンドラ。君は覚えていないだろうが、俺はずっと昔から君を愛しているよ」
唐突に口内をむさぼられた。甘く熱い口づけは終わりではなく、長い夜の始まりの合図となる。そして翌日、抱き潰された私が目を覚ましたとき、クレメントさまは私の祖国に旅立ってしまった後だったのだ。
***
結局、戦争はあっさりと終結した。もともとこの国の上層部は、戦争を続ける気はなかったらしい。ところが私の母国が停戦を受け入れず、挙げ句の果てに何度も掌返しをしてきていたのだとか。
業を煮やした第二王子が蜂起したこと、クレメントさまたちが国王と第一王子の捕縛に密やかに協力したことで、スムーズに話し合いがなされることとなった。終わってみれば本当にあっけないほどで、長い間戦争が続いていたというのが嘘のようにも思える。
けれどこの平和を得るために、多くのひとがたくさんの血と涙を流したことも私は知っている。母のように、父のように。義母のように、義妹のように。ぼんやりと窓の外を眺めていると、廊下から賑やかな声が近づいてきた。
「わたしの可愛いお義姉さまと暮らすなんて、本当に羨ましい! お義姉さまを泣かせたらどうなるかわかっているんでしょうね。末代まで祟ってやるんだから!」
「末代まで祟るということは、サンドラの血を引く子どもを祟ると言うことになるが」
「そのスカした顔が腹立たしいのよ。毛根が死滅するように呪いをかけてやるわ!」
「サンドラは、俺の髪が短かろうが長かろうが、そもそも髪があろうがなかろうがいちいち気にしたりはしない」
私は長髪でも短髪でも気にしないが、できれば髪はないよりはあったほうがいい。ハゲていても愛していることに変わりはないけれど……。どれくらいコーネリアの呪詛に効果があるかはわからないものの、今夜からの食事には髪の毛に良いものを取り入れるように料理長にお願いしておこうかしら。
出迎えるためにゆっくりと立ち上がろうとすると、駆け寄ってきたクレメントさまに座っているように叱られた。
「少しは身体を動かしたほうがいいのですよ」
「だが、心配なのだ。どうかまだしばらくはゆっくり過ごしてほしい。産後の肥立ちは大切だと言うだろう」
国賊として捕らえられていたはずの父たちは、クレメントさまのおかげで無事に解放されていた。父は私を助けるため、そして母の復讐を遂げるために第二王子のスパイとして、暗躍していたらしい。本懐を遂げることさえできれば冤罪で死んでも構わない、そもそもサンドラに合わせる顔がないと言っていたそうだが、クレメントさまに説得されてこの国に移り住んできた。説得する際に一番効果的だったのは、「本当にサンドラに会いたくないのか? サンドラの子どもに会いたくないのか?」だったと聞いて、思わず笑ってしまった。
驚いたことに、父だけでなく、義母も義妹も私のことを大切にしてくれていたらしい。けれど私を助けるため、そして自分たちの復讐を遂げるために、あえて辛く当たるようにしていたのだという。
もともと戦争継続派の第一王子が王位に就くことは望んでいなかった父は、後ろ盾の弱い第二王子を擁立するために画策していたのだという。そのせいで母と私を人質に取られていたと聞いたときには、足元が崩れるような思いだった。母は心労がたたって亡くなったとのことだったが、父は毒殺も疑っていたのかもしれない。
結局父は私を守るために第一王子派に下ったふりをし、さらに義母と再婚したのだそうだ。義母もまた第二王子派であった騎士であった夫を亡くしていたらしい。屋敷の中の人間も誰が敵かわからない状況だったため、私に事情を話すことはできなかったのだという。
義妹もまた、これらの状況を知っていたのだと聞いたときには、悲劇のヒロインぶっていた自分に今更ながら恥ずかしくなった。本当に辛かったのは、死を覚悟して行動していた父たちのほうだったのに。
父と義母の相手は、子どもを抱っこしたクレメントさまに任せ、コーネリアをそばに呼び寄せた。どうしても謝っておきたかったのだ。半年しか変わらないとはいえ姉であるはずの私を守ってくれた、誰よりも優しい私の妹。
「お義姉さまったらバカ正直だから、どうせ演技なんてできないもの。お義父さまだって、怖い顔をするために必死に頬を噛んでいたのよ。お義姉さまなんて、口の中が口内炎だらけになってもそんなこと無理でしょ」
「じゃあ、ここに出発するときに話していたことは……」
「ただの事実よ。みんなお義姉さまが隣国にお嫁に行ってくれて、ほっとしたの。これで、お義姉さまの命だけは守られるってね。あの将軍さまはさ、殺されても死にそうにないし、こっちに戻ってくることさえなければ安全だと思ったんだよ」
――みんなお義姉さまのことを愛しているに決まっているでしょ。どうぞ、お幸せに――
あの言葉に嘘はなかった。それが何よりも嬉しくて、涙が出そうになる。しんみりとする私を見て、コーネリアはけらけらと笑った。
「ねえ、お義姉さま、あの小瓶の中身がなんだったのか本当にわからないの?」
「ええと、毒薬ではなかったことだけは……」
熱烈な愛の告白と口づけのあとは、まさかの朝チュン……いや正確に言えば昼チュンだったわけなので、一体何が起きたのか今でもさっぱりなのよね……。とりあえず生きているから、身体に悪いものではなかったはず。
「あれね、媚薬だから」
「は?」
「お義姉さまって真面目だから可愛くおねだりとかできないでしょう。どうせ敵国から嫁いだのにとか、政略結婚だからとか、色気のない子どもだしとか言い訳してうじうじするに決まってるじゃない。だから、身体ごとぶつかれば早いと思って!」
「身体ごとぶつかるの意味が違うんじゃない……」
「結果オーライだったじゃん。それに、あのひとが情に厚いのはわかっていたからね。嫁ぎさえすれば大事にしてくれるのは確実だったし、子どもさえできちゃえばこっちのものだって思ってたからね」
「まったく……」
あの時の父と義母の表情の理由がわかったような気がした。そりゃ昼日中から、自分たちの目の前で媚薬の受け渡しをされたくはないだろう。両親にその手の想像をされたとか考えると、私も若干涙目だよね。
そんな父と義母は生まれたばかりの孫を前に、でれでれとした顔をしている。両手には持ちきれないほどの贈り物。
子どもはあっという間に大きくなるというのに、そんなにたくさんの洋服を作ってどうするつもりなのかしら。けれど幼い私に構えなかったぶん、孫には山のような愛情を注ぐつもりらしい。
陽だまりはあたたかく、幸福の匂いがした。
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