9.柔道部とチャンス
中学3年生の5月、前野湊の通う中学校に転校生がやってくる。龍崎空という、小柄で可愛らしい女の子だ。雨の日、傘を忘れた空に、湊が小さな折り畳み傘を差し出したところから、2人の距離は近づいていく。
お互いに悩みを抱えながらも、お互いを大切に思い、そして「小さな嘘」をつく。
第一章では、湊の目線から物語が進み、第二章では、空の目線から物語が回収されていく。
中学生という、大人でも子供でもない、そんな2人に起こる、心温まる奇跡の物語。
そして、チャンスは突然やって来た。
その土曜日は、梅雨らしい天気で、朝から雨が降っていた。屋外の部活なら、休みになる部もあるが、室内の部活は、天気が悪くても関係ない。
部活の帰り道、バス停に向かっていると、あの時と同じように、彼女の後ろ姿が目に入った。あの時と違い、今度はちゃんと傘をさしている。小柄な彼女より、僕の方が歩くのが速い。追いついてしまうのは、当たり前の事だった。
「お疲れ様、今日は傘あるね」
「ふふ、さすがにね、朝から降ってたし」
彼女が、僕を見て微笑ほほえんでいる。
「可愛い、可愛すぎる……」
きっと僕の顔は、デレデレした、気持ち悪い顔になっている。自分でも分かっているが、ニヤけが止まらない。
僕は、僕より背の低い、彼女の傘に雨粒を落とさないように、意識しながら歩いた。
「なんで、柔道部入ったん? 板センに、ゴリ押しされた? 」
「ううん、違くて。強くなれるかなって思ってね」
彼女は、首を振りながら言った。
なんとなく、これ以上は聞かない方がいい気がして、僕は話題を変えて話した。
「そういえば、うちの学校の七不思議って、誰かに聞いた? 」
「同時にドアを開けると、必要な物が見えるってやつ? 旧校舎の? 」
「そうそれ! 変な七不思議だよな、誰が考えたんだろ」
「え? 素敵ぢゃない? 私も、自分に必要な物、何か見てみたい! 」
「違う違う、自分にとって必要な物は、もう1人の相手に見えるんだって! 」
「そうなんだ……。でも、やっぱり見て教えて欲しいかな、知りたいもん」
「じゃぁ、僕にもし、龍崎さんに必要な物が見えたら、ちゃんと教えるわ! 」
「アハハ〜ありがとう! 私も、ちゃんと教えるね! 」
僕は、バスの中でも考えた。
「彼女にとって必要な物って何だろう? 」
「僕にとって必要な物って何だろう? 」
お金? 今欲しい新作ゲーム機? それとも、愛情や学力などの類たぐいいなのかな?
思春期の妄想は、止まらない。キリがないので、僕はなるべく考えないようにした。
今日で、彼女の事を色々知る事ができた。まず、兄弟はおらず、1人っ子であること。母親は、体の具合が悪く、ここからバスと電車で1時間半程の病院に入院中であること。父親については聞かなかったが、話の雰囲気から、嫌っているように感じた。
3月には、引越して転校の手続きはしていたが、体調が悪かったりで、準備が整って学校に通うまでに、時間がかかったという。
この日から、土曜日の部活の帰り道は、自然と彼女と帰るようになった。武道館から出てすぐは人が多いため、何となく途中で出会うように自主練などで、時間を調整する。
たっつんも、上手い具合に協力してくれる。僕が自転車の日は、自転車を押しながらゆっくり歩く。そして、僕と彼女の心の距離は、少しずつ近づいていったのだ。
少しでもお楽しみいただけましたでしょうか?
よろしければ、ページ下★★★★★
クリック評価、ブックマーク追加で応援頂ければ、大変励みになります!