8.汗臭いはずの柔道部
中学3年生の5月、前野湊の通う中学校に転校生がやってくる。龍崎空という、小柄で可愛らしい女の子だ。雨の日、傘を忘れた空に、湊が小さな折り畳み傘を差し出したところから、2人の距離は近づいていく。
お互いに悩みを抱えながらも、お互いを大切に思い、そして「小さな嘘」をつく。
第一章では、湊の目線から物語が進み、第二章では、空の目線から物語が回収されていく。
中学生という、大人でも子供でもない、そんな2人に起こる、心温まる奇跡の物語。
テスト週間も終わり、部活動も再開した。
剣道部も、放課後と土曜日の午前中の練習が再開した。秋には、小さな地域の大会が控えている。それが、僕たちにとっての最終戦になるのだから、気合いも入るというものだ。
「1、2、3、4 」
主将の掛け声に合わせて、打ち込み稽古をする。ホームルームが終わり次第、続々と部員が集まっていき、メンバーが揃うと、最終的には2列に数十人が並び、同じ姿で同じ様に動く。6月の蒸し暑い湿気の中、それが30分も続く。
ふと目をやると、板センと一緒に、彼女が武道場に入って来ていた。
「どうして? 」
僕は動揺して、振り下ろす竹刀のリズムが周りとズレて、足がもつれそうになった。慌てて取り戻しながらも、気付かれない程度に、僕は彼女を見た。
どうやら彼女は、柔道部に入部する事になったらしい。体操服の彼女に、学校貸出用の道着を選んで着せている様子も見てとれた。もう3年生で、数ヶ月しかないのだから、さすがに道着を買わす事はしないのだろう。
「とうして柔道部? 」
「小柄な彼女がなぜ? 」
「3年生なら帰宅部でもいいはず……」
そんな疑問で、面の中の湿気がグルグル渦巻いて、暑さで気が遠くなりそうだった。
「龍崎、なんで柔道なんかな? 」
休憩時間に、たっつんが話し始めた。
「だな 」
僕は、汗をタオルで拭いながら言った。
急いで。他の言葉を探した。
「担任だから、板センが勧めたんじゃん」
自分で言いながら、
「…あぁ、そうだ。それだな」
と、やっと納得する理由が現れた。
たっつんは、ニヤニヤしていた。
お互い汗臭いのに、スッとこっちに寄ってきて、耳元で言った。
「湊、タイプじゃろ? 」
「お前、わかりやすいけぇ! そんな見てると、変態って嫌われるからな」
「いや……」
僕は、そこまで言って、
「臭いから離れろやー 」
そんなやりとりで、逃げた。
それからは、部活帰りにたまに挨拶したり、僕が一方的に彼女を意識する日々が続いた。
少しでもお楽しみいただけましたでしょうか?
よろしければ、ページ下★★★★★
クリック評価、ブックマーク追加で応援頂ければ、大変励みになります!