7.タオルとノートの紙袋
中学3年生の5月、前野湊の通う中学校に転校生がやってくる。龍崎空という、小柄で可愛らしい女の子だ。雨の日、傘を忘れた空に、湊が小さな折り畳み傘を差し出したところから、2人の距離は近づいていく。
お互いに悩みを抱えながらも、お互いを大切に思い、そして「小さな嘘」をつく。
第一章では、湊の目線から物語が進み、第二章では、空の目線から物語が回収されていく。
中学生という、大人でも子供でもない、そんな2人に起こる、心温まる奇跡の物語。
「ここに置いとく〜忘れん事よ 」
母さんが、彼女に借りたタオルを、僕の机の上に置いた。まだ土曜の昼だ。
洗濯に出した時から、母さんは何かを見透かしたような顔をしていて、妙に恥ずかしくなった。
丁寧に袋に入っているし、袋を開けると、いつもと違う柔軟剤の匂いがする。しかも乾燥機のおかげで、ふわふわな仕上がりだ。
僕は、忘れないように、カバンにそっと押し入れた。
月曜日、僕は朝からずっとソワソワしていた。タオルを返すタイミングの事で、テストどころではなかった。
何度か彼女に目をやったが、返すタイミングは今じゃないと、土日に考えをまとめていた。
彼女が貸してくれたのは、全体が薄いブルーで、ピンクの水玉模様のタオル。こんなタオルが見つかったら、みんなになんて言われるか分からない。
「こんにちはー 」
結局、僕は帰りに商店に立ち寄った。
「はいはい、いらっしゃいませ」
「あの、金曜日、タオル借りて……ありがとうございました」
「あぁ、ついさっきね、空ノート買いに行ってしもーたぁ」
「い、いいえ、大丈夫です。よろしくお伝え下さい」
「ちょっと座っとったら? そのうち帰ってくるけぇ」
「……いえ。今日はこれで」
僕は足早に店を後にした。これで良かったような、でもやっぱり彼女に会いたかったような、そんな思いが溢れていた。
帰り道、道の反対側に、ノートが入っているであろう紙袋を抱えた、彼女の姿が目に入った。僕は思わず自転車を止めた。
彼女も、僕に気付いた様子だった。
「タオル、おばあちゃんに渡しといた。ありがとう! 」
僕は大声で言った。
彼女は、少し恥ずかしそうにしたが、ノートの入った薄い紙袋を高く上げ、左右に大きく何度か振った。小柄な体が、倒れるんじゃないかと思うくらい傾いた姿は、僕の胸をギュっとさせた。
僕は少し手を上げて、彼女に合図をしてから自転車を走らせた。僕の顔は、夕陽に照らされながら、いつもより真っ赤になっていた。
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