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5.雨と小さな折り畳み傘

中学3年生の5月、前野湊の通う中学校に転校生がやってくる。龍崎空という、小柄で可愛らしい女の子だ。雨の日、傘を忘れた空に、湊が小さな折り畳み傘を差し出したところから、2人の距離は近づいていく。

お互いに悩みを抱えながらも、お互いを大切に思い、そして「小さな嘘」をつく。

第一章では、湊の目線から物語が進み、第二章では、空の目線から物語が回収されていく。

中学生という、大人でも子供でもない、そんな2人に起こる、心温まる奇跡の物語。


5時間目が終わる頃、外は薄暗くなり、小雨が降り出していた。


「雨降ってるからなー、気をつけて帰れよー、ちゃんと勉強するんだぞー」


板センは、結構いい奴だ。いい意味で先生感がないし、年離れの兄貴みたいな、そんな感じがする。だいたいの奴は、板と呼んでいるが、これは僕たちが入学式の時に、生徒指導の先生として話をする際、壇上で派手に足をぶつけて、「痛ぁ!」と叫んだのが始まりだ。

板野いたの先生なんて、今更こそばゆくて呼べやしない。


ただ、この先生の笑顔や言葉には、嘘や偽りなんかがない気がして、好きだ。


「湊〜、ちょっと打ってから帰ろうぜ」 


「あぁ、今日バスで帰るけぇ、それまでな」


僕たちは、剣道部に入部している。うちの学校では、みんな何かの部に入らないといけなくて、なんとなく友達に誘われて体験したら、ハマってしまった。結局、その友達は他の部に入部したが、僕には新しくたっつんという親友が出来た。


たっつんは、とにかくよく喋る。そして、さらっと内側ふところに入ってくるのが上手く、くちベタな僕には居心地が良かった。


テスト前で、部活は自由参加だったため、武道場には僕たちと、柔道部の新入部員数名が自主練をしているだけだった。


武道場は、半分で別れた作りになっている。仕切りなどがあるわけではないが、半分は剣道部、奥のもう半分には畳がひいてあり、柔道部が使っている。

出入りで剣道部の横を通るし、すぐ隣で練習しているのだから、剣道部員と柔道部員は、わりと仲が良く、部としての交流もあった。


「そろそろ、帰ろうぜ〜 」


たっつんが先にへばった。

まだ、ほとんど練習していない。


僕は、面を付けている時間が結構好きだ。

確かに、臭いし、汗は流れてきて気持ちが悪い。だけど、無になれるというか、表情に気を遣わなくていい、あのがっちり守られている安心感が、僕は好きなんだ。


道具を片付けていると、板センと彼女が入ってきた。


「おぉー、やってるな。次はメダルか〜? 」


板センなりの冗談だ。僕たちは大して上手くない。

どうやら、彼女に武道場を案内しにきたらしい。


片付けて外へ出ると、雨は結構降っていて、生徒はみんな下校し、辺りは雨音のみで、静まり返った様子だった。


「じゃ、また月曜な」


「おう、気をつけて帰れよ」


「そっちもな! 」


たっつんは、家まで徒歩15分、僕とは逆方向だ。

足早あしばやに、バス停に向かっていると、前に彼女の姿が見えた。後から考えると不思議だが、今日会ったばかりの彼女の後ろ姿を見て、彼女だと直感したのだ。


彼女は、雨の降る中、傘もささずに帰っていた。僕は振り向いて、誰もいない事を確認してから、走りだした。


後ろから追いついて、傘を彼女の上にやった。


「龍崎 空さん! 傘は? 」


ハッとした。フルネームで名前を呼んだことに?自分がこんな大胆な行動をとったことに?


「濡れると風邪ひくし。家、近く? 」


「うん。 このまま真っ直ぐ行った所だけど……」


「じゃあ、送るから。僕も真っ直ぐ。今日バスだし」


彼女は、最初戸惑っていたが、一緒に傘をさして歩く事になった。


「こんな事になるなら、もっと大きな傘でくれば良かったな〜」


「ごめんね、濡れちゃうね。やっばり……」


「いやいや、そういう訳じゃなくて、大丈夫だから……大丈夫」


僕の声は、うわずって、上手く言葉が出てこなかったけど、緊張してとにかくよくしゃべってしまった。「妹達の傘は〜」とか、そんなしょうもない話をした気がする。沈黙がどうもいたたまれなくて、彼女の表情を見る余裕は、その時の僕にはまだ無かった。


彼女の足がピタっと止まった。あの古びた商店の前だ。


「ここで、おばあちゃんと暮らしてるんよ」


彼女はそう言うと、僕を店の中に招き入れた。


「あら、まぁ〜たいそう濡れてから」


いつものレジのおばあちゃんが言った。


「傘、入れてもらって、タオル……」


そう言うと、彼女は自らタオルを取りに行った。


おばあちゃんは、


「いけんかったねぇ〜、こんなに濡れて」


と、言いながら、僕の肩の水をはらってくれた。その時やっと、自分の肩や髪がびしょ濡れになっている事に気付いた。緊張で、そこまで気が回らなかったのだ。


彼女が戻ってきて、タオルを貸してくれた。


「今日はありがとう、良かったら、新しいタオル持って行って」


「うん、ごめん。ありがとう」


僕はすぐに店を出て、すぐそばのバス停のベンチに座った。借りてきた新しいタオルで、髪をぐしゃぐしゃに拭きながら、ちょっとニヤけたり、思い出して恥ずかしくなったり。


バスには乗り遅れてしまったけど、次のバスが来るまでの40分が、あっという間に感じられた。

ついさっきまで、とてつもなく長く感じる、7〜8分の道のりを歩いてきたのだから。


少しでもお楽しみいただけましたでしょうか?

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