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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生者の俺より強い年下にボコボコにされたので田舎に帰ります。

作者: *bank*

 ここ数日の雨が嘘のように晴れためでたい日に“ランド”と名付けられた俺は産まれた。

 親の遺伝子をしっかりと受け継いだ黒髪黒目の平凡な顔つきの男の子として元気に育っていた俺は、これまた雲一つない快晴という晴れの日に転んで頭を打った拍子に前世というものを思い出したんだ。

 流れ込んできた記憶は違う世界で生きていた頃の断片的なもので決してその記憶を用いたからって最強! とか大金持ち! とかになれたりはしないんだろうなって感じだった。

 けど、俺は思ったんだ。


 『前世の記憶があるってことは……俺って最強の転生者!?』


 もちろん最強になれるような前世の記憶は持っていない。

 だけども、今世のこの体がどうかは分からない。前世の記憶によれば転生した人はだれもかれもが最強の力を身に着けているって相場が決まってるみたいだし。


 なら、最強を楽しまないと損でしょ!


 「うおおおおおお! これからは俺の時代だー!」


 両こぶしを天に突きあげて叫んだのは10歳の頃だった。


 ……で、まあ、最強になるにはどうしたらいいのかって事を考えてみたんですけど、答えは簡単で鍛えるしかない。

 惰眠を貪って最強になれるってんならそうするけど最強はそんなに甘くない。

 というわけで、まずは素手の状態で最強になるために特訓を開始した。

 もちろん師匠もつけてる。

 いっつも玄関先で居眠りこいてる隣に住んでるじいちゃんだ。

 このじいちゃんが素手で最強になる方法を知ってるかは知らないけど師匠ポジションは大切だから師匠にした。


 「えい、やあ! えい、やあ!」


 素手での特訓を繰り返す中で俺は思った。

 剣を使って戦えてこそ最強っぽいんじゃないかと。

 だからお手製の木剣を手にもって修行を開始した。

 もちろん師匠もつけてる。

 近頃、居眠り中の花提灯がなかなか割れにくくなってる隣に住んでるじいちゃんだ。

 最強の老剣士が師匠ってかっこいいなって思って師匠にした。

 じいちゃんが杖をついてるのは知ってるけど剣を使えるかは分からない。


 「1! 2! 3!」


 剣を用いての修行をする中で俺は思った。

 足が速いやつはモテるんじゃないかと。

 最近、同い年くらいの男子が足が速いからってほかの女子からチヤホヤされてるのが目に付く。

 だから村の外周を走ることにした。

 もちろん師匠もつけてる。

 まだ夕方なのに目を覚ましたらいつも『もう朝かの……?』っていつも言ってくる時間の感じ方が俺よりも早い隣に住んでるじいちゃんだ。

 一日中玄関先に座ってるのは知ってるけど足が速いかは謎にしておく。


 「えっほ! えっほ!」


 ―――なんて最強に至るための道を歩んでいた俺の耳に、村に訪れた商人から最高に俺のための話を聞かせてもらった。


 「王国武道大会?」


 初めて聞いた言葉に思わず首を傾げた俺へと微笑みながら商人は話を続ける。


 「そう! 王国で一番強いのは誰かっていうのを決めるために去年から行われてる大会だ。王国中から我こそはっていう強いやつらがわんさか集まって互いの力をぶつけ合うのさ」


 まさに俺にピッタリの話に胸が高鳴る。

 思わず想像してしまうのは屈強な男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げと大活躍する俺の姿。


 「おお、おお。お目目キラキラさせちゃって。たしかある程度の年齢毎に部門が分かれてたはずだから、君みたいな年齢の子もたくさん参加するんじゃないかな?」


 そう言って日時や場所なんかを教えてくれた商人は、大人たちと商売の話に戻っていった。

 話が終わって取り残された俺は、強く鼓動する心臓がうるさいと思いながら胸のあたりをぎゅっと握りしめる。

 口にするのは教えてもらった大会の日時。

 描く未来は俺がその大会で優勝する姿。


 「俺の時代が、来た……!」


 ……ランド13歳。王都に行って夢を叶えるため両親へと土下座を行い旅費を確保!

 待ってろ王都、俺が最強だってことを今すぐに教えてやるからな!




 『―――か、勝ったのは……大会最年少にて圧倒的実力を示した少女“リーシャ”だぁぁぁぁああ!!

!!』


 興奮した様子の司会者の宣言を無言で聞き流す。

 敗者の俺には全くもってうれしくない言葉だったから。


 くそ片田舎出身の俺と王都の孤児院出身のリーシャとの対決は一回戦目だった。

 互いに手に持っているのは剣のみという同じスタイルで始まった試合で、開始速攻で剣をこちらに投擲してきたリーシャに俺は驚いて固まった。

 剣での戦い方は王都に来るまでに村の自警団に教えてもらったりや偶然会った冒険者の戦い方から学んだりしていた。

 だからこそ、剣を持つリーシャに対してもどう動くといいのか剣ありきで考えていた。


 なのに、速攻で剣を捨てての素手での攻撃。

 驚きで固まってしまった俺が瞬きを一回するのと同時に距離を縮めていたリーシャが俺の腹に一発打ち込んできた。

 ……正直、この時点で意識を失いそうだった。

 視界はチカチカと明滅して腹の中身が逆流してくる感覚。

 だけど、俺は転生者として、最強として負けるわけにはいかないと気力を振り絞り持っていた剣を懐にいたリーシャに振り下ろそうとした瞬間、試合前の挨拶からずっと無表情のリーシャが俺の顎に蹴りを入れてきた。


 蹴りの威力で空中を飛びながら思った。

 この銀髪無感情女はクソだと。

 普通、意識が飛びかけてる相手に蹴りを放とうとするか? ここは互いの武をぶつけ合う試合だぞ。

 殺し合いの場所じゃないんだ。おかしいだろ。

 たしかに俺はお前に攻撃をしようとしたがそれは俺だからだ。

 ほかのやつなら最初の一発で意識を失ってるに決まってる。お前はそんな気絶したやつの頭をボール遊びよろしく蹴るつもぶひゅっ!


 ……戦ってる最中は何が起きたか分からなかったけど、絶対にあの血も涙もない女は空中を飛んでる俺にかかと落としとかの蹴り技を放ったに決まってる。

 俺に衝撃が訪れた後に大歓声が会場中に響き渡ったからな! 絶対、周りからみたらめちゃくちゃカッコよくていかす攻撃をしてきたに決まってる!

 で、そのクソみたいな攻撃をくらった俺が大の字で倒れてるのを見たあの女、あろうことか俺の上に立って拳を振り下ろそうとしてきやがった。

 口と鼻から血を流してる満身創痍に見える俺に対して!


 だから、俺は思わず叫んだ。


 『てめえ血も涙もねえのか!?』


 多分、年少の部で聞かれることなんてないような言葉だけどそう叫ばずにはいられなかった。

 だって始まってからずっとコイツがやってることが怖すぎる。

 俺以外なら死んでたね、これ。


 なのに、俺の魂の叫びを聞いた銀髪の外道は変わらない無表情で首を傾げながら返答するんだ。


 『……血も涙もあるよ?』


 ウキィィィィイイイイ!!!


 キレた俺の攻撃に対して余裕綽々って態度のリーシャは、剣だろうが拳だろうが足技だろうが全部避けた後に俺の顔面に拳を叩き込んで飛ばしたと思ったら、目にもとまらぬ空中乱打。

 俺の心がぽっきりと折れそうになるのを必死に耐えながら攻撃を受け終わるとカウントが始まる。

 気づいたら俺は地面に倒れていてリーシャの攻撃も試合中始めて止んだために数えはじめられたらしい。

 ここで立てばまだ試合は続けられる。俺が最強だって示す道は終わらない。

 けど、無理だった。

 顔面が腫れて全身自分の血で汚れた俺は立ち上がることはおろか指先だって動かせなかった。


 そして、告げられた9歳の女の子の勝利。




 ……あの後、会場の処置室みたいな所で治療と回復魔法を受けた俺はリーシャのその後の活躍を見ることなく村に向けての移動を開始した。

 元々、王都に滞在するためのお金なんて持ってきてなった。

 大会で一戦目を勝てば会場内にある部屋を寝泊りで使えるって話を聞いて、無料で王都観光できて最強の称号も手に入れられてラッキーなんて思いながらの参加だったんだ。

 負けたら即帰宅という悲しい王都旅行。


 それが俺の初めての王都への旅行で、最初で最後の王都武道大会への参加だった。




 「うーん……」


 優勝して帰ってくるなんて大見えきった手前、年下の女の子に負けたなんてどう伝えたもんか。

 両親はきっと笑いながら励ましてくれるだろうし、隣のじいちゃんだって頭を撫でながら慰めてくれるだろうさ。

 けど、同い年の男子どもはだめだ。

 絶対に馬鹿にしてくるし煽ってくるに決まってる。

 畑仕事中とか休憩中とかにもネタにされるだろうなー。


 「はぁ、マジで憂鬱だ……」


 村に向けて最寄りの馬車の停留所があった町から歩いて向かう。

 くそ片田舎の村だけあって滅多に馬車は来ないし、商人だってほとんど訪れない。

 だから、一番近い町に行くためにも片道6時間は歩かないといけない。

 今の俺にとってはそれだけの間、帰ってきた後の対応をどうするのか悩む時間ができてしまっているわけだ。


 「うあー、早く帰りたいけど帰りたくない!」


 なんなんだこのジレンマは!


 ……なんて一人でブツブツと喋りながら歩くこと6時間。

 そろそろ村が見えてくるころだと思いながら野宿で汚れた自分の体を見て、水浴びくらいしてくれば良かったとか考えつつ呑気に歩いていた俺は、段々整ってきた村への道を眺めながら違和感を感じた。

 まだ陽は落ち切っていない時間帯なのに村のほうが静か過ぎる。

 決して村までの距離が遠いから静かなだけとかそんなことはない。今、俺が歩いているこの道は村まで歩いても5分くらいで着くほどの短さしかない。

 あの日、王都に向けて出発した俺はこの道がなくなるまで村のみんなの声が聞こえたから安心して出発できていたんだ。

 なのに、何も聞こえない。


 「……ッ」


 思わず駆け出した。

 まだ足は重いし、体も痛い。

 包帯だって巻いておかなきゃいけない体だけど走った。

 会いたい、出発した日と同じように元気な姿のみんなと。

 馬鹿にされてもいい、畑仕事だって今までの倍やったっていい。

 だから、早くみんなに会いたい。

 きっと今日はたまたまみんなが早めに寝ようと決めていた日だった、そうだろ?


 「はぁ、はぁ……」


 たったちょっとの距離を走っただけなのに息が切れるのは身体的なものか、精神的なものか俺には分からない。

 ただ今は、帰ってきた村の入り口に立ったまま中を眺める。


 一番入り口に近い家の扉が開いてひょっこりと眠そうな顔で現れたのは、みんなから門番と呼ばれてるおじさん。

 その門番さんが俺の方を見て眠そうな顔から一転、笑顔を見せる。


 “おお、ランドの坊主! 帰ってきたのか。随分早え帰宅じゃねえか。村のみんながいなくて寂しかったか?”


 そんなわけないだろ! と俺も笑顔で返す。

 村に入って歩けばすぐに広場近くの家から勢いよく飛びだしてくる人がいる。

 俺と同い年の男子、あだ名は大将。


 “だー! こんな時間から寝てられるかー! 俺はもっと体を動かしってうお!? ランド! 帰ってきたのか!?”


 出てきたときの不満そうな顔から一瞬で笑顔になった大将に俺も返事をする。

 大将、俺より強い女の子がいたから後で教えてやるよ。


 そのまま歩いて行けば、いつも玄関先で居眠りしてる師匠の家がある。

 さすがの師匠もベッドで寝着いたらもう出てこないから、ちょっとだけ残念だな、なんて思いながら通り過ぎて自分の家の前に立つ。

 父さんも母さんも一回寝たらそうそう起きてくるタイプじゃない。

 今日はこっそりベッドに戻って明日の朝から声をかけよう。

 きっと驚くぞ。


 なんて思いながら、そこにあった“はずの”ドアノブを回して家に入るフリをする。


 「……ふぐっ、う、うぅ」


 涙が止まらない。

 村の入り口に立ってから此処に来るまでみんなが無事な姿を想像した。

 けど、そんなの絶対に無理だ。

 この有様だぞ。


 形を保ってる建物なんて一つもない。

 門番さんも大将も師匠の姿も……誰一人の姿もない。

 あるのは村だったものがそこにあったっていう名残だけ。


 「ぅぅぅぅぅうううあああああああ!!」


 バラバラになった家の木材の上で膝をついて泣きわめく。

 何があったか分からない。

 みんなの死体も一つもない。

 夢も、家族も、居場所も、俺にはもう何一つ残ってない!


 【ガルルルルルル!!】


 泣きわめく俺の耳に雑音が入る。

 聞こえたほうに顔を向けてみればいつの間にか暗くなった世界の中で赤く光る瞳がいくつも浮かんでいる。

 魔物だ。

 それもこの辺りには滅多に出ない上位種の魔物。

 今までの村での日々や王都までの道でも魔物は何体も殺してきたけど上位種は初めてだ。

 きっとこの村の自警団だって戦ったことがないはず。


 「……そっか」


 雲に隠れていた月が徐々に姿を現したことで見えるようにな上位種の口元が濡れている。

 何色に濡れているかは分からないし分かりたくない。

 けど、頭は勝手に理解する。


 「来いよ、獣風情が」


 ゆっくりと立ち上がりながら近くの木材を手に取る。

 俺の家だった木材だ。


 「俺がぶっ殺してやる―――ッ」


 【ガウウウウウウ!!】


 これは敵討ちだ。




 ◆




 中途半端に整った道を歩きながら見える長閑な風景は、彼女にとって初めての光景でとても珍しいものだった。

 産まれは分からず気づけば王都の孤児院で育てられていた彼女は、美しい銀髪と金の瞳から何も知らない者からはどこぞの貴族の娘だと噂されることもあった。

 だがしかし、その実態は素手で王都の武道大会を優勝してしまうほどの規格外のパワーを持った異端児であり、優勝してなお無表情という謎に満ちた少女だと知られた。


 そして、そんな異端児であり謎の少女と呼ばれるリーシャは、自分に戦い方を教えてくれた孤児院の隣に住んでいた女性アメンダとともに片田舎にあるという村を目指していた。


 「ねえ、リーシャ。アタシもう疲れたからさぁそろそろ休憩しよう? ね、ね?」


 冒険者のような着こなしをした二人だがその様子は全くもって真逆。

 赤い長髪を編み込んで後ろに流したアメンダは、汗を流しながら疲れた表情を隠しもせず足を引きずるように歩いている。

 その内心は、こんな美女にこれだけの距離を歩かせるなんて不敬罪にも等しくない? とか思っている。

 そんなアメンダに対してリーシャはどこ吹く風とばかりに大会の時と変わらない無表情で汗一つかかずにスタスタと歩いて行く。

 アメンダからの提案も彼女なら言葉と表情とは裏腹にまだまだ全然元気だろうと提案を受け入れるつもりは一切ない。

 その実、アメンダには疲労なんてない。ただイチかバチか言ってみただけである。


 リーシャが自分の提案に取り合ってくれないと察したアメンダは、適当に雑談でもしないと暇すぎると思い何の気なしに口を開く。


 「それにしてもそんなに会いたいのぉ? その一回戦で戦った男の子」


 この旅を始めた目的である大会で一度だけ戦った男の子に関する話題を振れば提案を無視していたリーシャも口を開く。


 「うん。会いたい」


 「そんなにあの男の子と他の子たちって違ったかなぁ? 一応アタシも観客席から見てたけどリーシャが惹かれるほどの子だったかって言うと微妙だな~」


 「……」


 アメンダの話を聞きながらリーシャは思う。

 アメンダは強いし教える才能もあるし尊敬できる部分もある。けど、人を見る目だけはない。


 「アメンダは人を見る目がない」


 「うぇっ!? なに急に……」


 思わず出てしまっていた言葉は戻すことができないため、リーシャは言葉を続けることにした。


 「私に戦い方を教えてくれた時も暇だったから教えただけで私が強くなるとは思ってなかった」


 日に日に強くなるリーシャを見て目と口を開けたまま固まっていたアメンダの姿が二人の頭に思い浮かぶ。


 「そうです……」


 「アメンダが孤児院の隣に住んでたのは付き合ってた男にお金を持ち逃げされたから」


 酔っぱらった勢いで介抱してくれていたリーシャへと教えてしまったアメンダの秘密が心を抉る。


 「うぐっ……。だって、結婚しようって言ってくれたから……」


 「この前の大会での優勝予想、全部外れてた」


 王都武道大会が始まる前から優勝者が決まる寸前までコロコロと変わるアメンダの優勝予想は、ものの見事にすべてを外してしまい自信満々に予想を語っていたアメンダの顔が真っ赤になっていたのも記憶に新しい。


 「やめて、それは言わないで……」


 再び顔を赤くしているアメンダが顔を手で覆っているのを横目に、リーシャは最後に言いたかったことを口にする。


 「だから、リーシャが微妙って言ったあの男の子も本当は違う」


 「うぅ、何が違うのぉ?」


 リーシャはアメンダの問いに対して前を見つめながらもあの日の試合のことを思い出しながら答える。


 「あの子だけずっと諦めてなかった」


 一回戦を終えた後のリーシャの対戦相手は戦う前から怯えているか、闘志はあっても一撃食らったらすぐに降参するかのどちらかだった。

 あの男の子のように倒れるまでずっと諦めずにいてくれた子は一人もいなかった。


 「二回戦からはちゃんと手加減してたのに……」


 気持ちしょんぼりしたように見える無表情をチラリと一瞥したアメンダが口を開く。


 「いやぁ、一回戦目の戦い見てたら手加減されてたとしても無理でしょ」


 9歳の少女が行った余裕綽々の雰囲気で実行するえげつない行いに戦い大好きの観客はともかく、出場していた年少の部の子たちは自分の未来を想像して震えていたに違いない。


 「……だって、あの時まで戦ったことあるのアメンダだけだから他の子の強さなんて分からない」


 「それも、そう……?」


 もしかして責任はアタシ……などと思い始めたアメンダのことは無視しているリーシャは、男の子が向かったと思われる村があるだろう先を見つめる。

 本当にあの男の子がこっち方面に向かったのか、この先に村があるのかは分からない。

 結局、今頼りにしているのは何人もの人に男の子の特徴を伝えながら聞いた結果での目的地だから。


 それでも、リーシャはなんとなく感じていた。

 この先にあの男の子が育った場所があるのだと。唯一あの男の子と戦ったリーシャだけが感じていた。


 ……そして、歩き続けた果てにリーシャとアメンダは見つけた。

 村だったものを。




 ◆




 片田舎の村がある日突然消えるなんてのは、たまにあるってことを旅を始めてから知った。

 冒険者なんていう夢や希望がある職業には自分は向いてないと思って始めた傭兵生活は、あの日から明るさが苦手になった自分には少しばかり向いていると感じた。

 自分と同じように死んだ目をしたやつらが血で血を洗うような戦いを生業として生きていく。

 そこに夢や絆、希望なんてありはしない。

 あるのは強いやつだけが生き残るっていうシンプルな答えだけ。


 だから、俺は戦い続けた。

 ガキだからと馬鹿にされようとも弱そうだからとすぐに狙われようとも、俺は生きたいと思ったし俺の中にはいつだってあの日戦った“主人公で英雄”のあの少女の姿があって追いつきたかったから。

 俺があの子のように強ければ帰るまでにかかる時間も短かったかもしれない。

 俺が英雄のように決断が早ければすぐに降参してみんなの下に早く戻れたかもしれない。

 俺が……なんてもしもの話ばかりをいつも考えてしまうほどに俺は俺を最強とは思えなくなっていた。


 「やめ、やめてくれ! 俺たちも騙されてたんだ! あのガキを攫えば大金くれるっていうからよ! そんなの絶対に嘘なのにな!? はは、俺って間抜けだから―――」


 雑音を垂れ流す悪党の首を切り飛ばす。

 傭兵としての仕事とは別のもの。

 ただ町を歩いていたら子供が攫われそうになっていたから憂さ晴らしに悪党を殺した。

 別に子供を助けようと思ったわけじゃない。この子が攫われて行方不明になってその家族や知人が“もしも”なんていう呪いの言葉に囚われないようにするための俺の自己満足。


 麻袋を被せられて周りの景色が何も見えなくなっている子供を抱えて裏路地から表に出る手前、悪党どもの死体が野良犬にでも食われていることを願いながら麻袋を取る。

 出てきたのは目に涙を浮かべた10歳ほどの女の子。

 随分と顔が整っているからあの悪党に依頼したやつは頭のおかしい発想でも持ってるのかもしれない。

 先月、切り殺したやつにもそんなのがいたはず。


 「―――!?」


 そんな風にぼけっと女の子の顔を眺めていると表の道から誰かを探す声が聞こえた。

 その声に涙を浮かべたまま固まっていた女の子の方が揺れる。

 おそらく母親の声だ。

 女の子は早く母親の下へ行きたい衝動と俺が怖くて動けない恐怖とでどうしたらいいのか分からなくなっているのが伝わってくる。

 だから、血で汚れていない指で女の子の涙を拭きとりながら声をかける。


 「いいかい? お母さんと会ったらこの道の先で悪い人がいるって一緒に兵士の人に伝えて行くんだ。できるね?」


 「……!」


 必死に頷く女の子を確認して体を反転させて声の聞こえる方に正面を向かせる。

 そして背中を軽く押してやると全速力で駆け出した。


 「ふぅ……」


 ポケットから取り出した血で汚れた紙の一部分、この町で少しだけ有名な貴族の家紋を眺めて息を吐く。

 “馬鹿な”悪党は大嫌いだが、今はその馬鹿さ加減に感謝する。

 自己満足するための一仕事に手を貸してくれたから。




 ……傭兵稼業をある程度やっていると似たような顔つきのやつと思わぬところで再開したりする。

 例えば、去年あたりに紛争地帯で一緒に戦ったことがある顔見知りの傭兵が田舎の村を襲う山賊として出てくることだってある。


 「……こんな風にな」


 次の目的地に向けて森の中を歩いていた道中、突然飛び出してきた子供がいた。

 たしか地図ではこの辺りに村があったのは覚えているが、こんな小さい子供が一人でここまで来ていいような距離ではない。

 それに切羽詰まったような表情で俺を見て固まっている子供の様子からしてただ事じゃないのは伝わってくる。


 「どうした?」


 「……ぁ、う」


 思わぬ出会いに固まっている子供の返答を待とうとした矢先、その子供の後ろから大人のこぶし大の石が頭めがけて飛んできているのに気づいて子供を横へと引っ張る。

 突然の行動に何がなんだかわかっていない子供を放置して石が飛んできた方向を見ていると、ガサガサと音を立てながら姿を現す不潔そうな男が三人。


 「あちゃー! 外れちまったー!」


 「おいおい、何やってんだよ! このへたくそ!」


 「だから俺が殺るって言ったんだよ! ぎゃはは!」


 子供を殺すことに対して罪悪感がない人種。

 クズのお出ましだ。

 茂みの中から姿を現したクズどもは固まったままの男の子とそばにいる俺を見つけると睨んでくる。


 「おめーさ、何やってくれてんの!? 普通、あそこで当たるもんだろうが馬鹿がよ! あとおめーも、なに邪魔してくれてんの? 馬鹿だよな?」


 クズの言葉を聞き流しながら隣のクズを見つめつつ考える。

 傭兵稼業を続けていると思わぬ所で再会することもあるな、と。


 「……こんな風にな」


 俺の顔を確認すると同時に喜色満面だった表情がみるみる青くなっていく様を不思議に思いながらも剣に手を伸ばす。

 やることは簡単だ。

 かつて仲間として戦ったことがあるやつを含めてクズを全員殺す。

 剣を抜きながら一歩目を踏み出しクズへと近づく。


 「―――ま、待ってくれ! 俺だ! 去年、一緒に戦った」


 「知ってる」


 両手を前に突き出して待ったをかけようとしているクズの懐に飛び込んで答えてやる。

 聞こえた声に驚いたように目線をこちらに向けてくるがもう終わったから関係ない。

 かつての仲間がクズとして死ぬのを見届ける前に、その横で仲間の慌てように不思議そうな表情を浮かべているクズの側頭部へと振り切った剣を戻すようにして柄の部分を当てる。


 「がっ!?」


 当てた勢いのまま地面へと叩きつければ起き上がることもなく体を痙攣させるだけの物になった。

 後ろにいた二人がすでに死んだことをやっと理解したのか、目を見開いた表情で振り返っている石を投げたクズに近づき首をつかむ。

 呼吸ができないことにもがき苦しんでいる所悪いが、こうしないと首と胴体がゆっくりと離れていく元仲間のクズの死にざまを子供に見せることになるから待ってくれ。

 べちゃっと終わりの音が聞こえたのを確認して首をつかんでいたクズの首も静かに折る。

 それがとどめになったのかすでに息をしていなかったクズもここで人生をやめたようだ。

 そんなクズを投げ捨てて、今も固まったままの子供に声をかける。


 「村の場所を教えてくれ」


 目に涙を浮かべながら頷く子供を見て思う。

 自己満足のために子供を利用する俺もクズだ。


 ……結局、村の死人は山賊に立ち向かった男三人だけで済んだらしい。

 他の男はこれから見せしめのために妻や娘、彼女の目の前で殺されそうになっていた。

 だから、クズは全員殺した。

 山賊の長みたいなやつは町で懸賞金付きで手配書が出ているのを覚えていたから顔がわかるように殺した。

 ただ生ごみは腐るのが速いから村に置いたまま旅に戻った。

 次の目的地には傭兵をかなりの金で募集していると噂の貴族の話があったから急いでいたのと俺の自己満足は終わったから。




 ◆




 とある町にある冒険者ギルドの酒場では、二人の女が一枚の依頼書を眺めていた。


 『山賊ギラドヴァの討伐』


 懸賞金付きの手配書が張り出されてからすでに3年以上は経っているのにも関わらず未だに捕まらないギラドヴァに対して、腹を立てた被害者たちが自腹を切って冒険者へと依頼書の形で出したのだ。

 手配書とは別で依頼書として出す分、金額も上乗せされているから金額だけで言えば今すぐにでも受けたいくらいの報奨金。

 しかし、3年以上も捕まらなかったのは逃げ足もさることながらギラドヴァ自身の強さもある。

 手斧を用いての圧倒的パワーによる縦横無尽の攻撃。

 それでどれだけの冒険者が死んでいったか分からない。

 長年逃げ続けるだけの賢さと迫ってくる脅威をはねのけるほどの強さ。

 それが二人の女に依頼を受けさせるのを悩ませている……わけではない。


 「ねぇ、リーシャ。やっぱりこれ止めない? 山賊って言ったら山に住んでるのよ? 探すのすっごい面倒くさいのよ?」


 昔と変わらない髪型で老いを感じさせないのは、リーシャの師匠としてともに旅をするアメンダ。


 「でも、報奨金はすごくいい。この依頼書に合わせて手配書の分も貰えるならしばらくお金に困らない」


 そしてアメンダと同じく昔と変わらない髪型でありながらも月日の流れを感じさせる成長を遂げているリーシャ。

 手配書を眺める二人からすれば噂話としてどれだけの強さを持っていようとも関係がなかった。

 決め手は一つ。

 達成するまでが楽かどうか。


 「それはそうだけどぉ……」


 報奨金の額が良いのはアメンダも分かっている。

 だが、面倒くささが依頼を受けることに対して足を引っ張っているのだ。

 うだうだと悩んでいるアメンダを無表情でリーシャが眺めている後ろでギルドの大きな音を立てて開かれた。

 その音にギルドの中にいた冒険者たちが思わず視線をやれば、慌てた様子の冒険者が息をつかせながら立っている。

 みんなの視線が集まっているのに本人は気づいていないのか。ドスドスと受付に向かうと座っていた受付嬢に対して大きな声で報告する。


 「ぎ、ギラドヴァが……討伐された!」


 その内容に思わず目を見張る受付嬢と他の冒険者たち。

 長い間この辺り一帯で人々を苦しめてきた大悪党の突然の討伐報告に信じられない者、固まる者と反応は様々だ。

 ギラドヴァの依頼書の前では、先を越されたと肩を落とすアメンダとその落ち込む姿を眺めるリーシャの姿がある。


 報告にきた男はそんな周囲の反応は気にせずに報告の続きを口にしていく。


 「討伐された場所はアテノ村! たまたま依頼のために寄ったらギラドヴァの一味に襲われたみたいで死人も出てた! だけど村人の遺体とは別に雑に置かれた遺体の山の上にはギラドヴァの首があったんだよ! 俺だって最初は信じられなかったけどでけえ体の遺体と噂に聞く手斧があったら信じるしかねえ! あのギラノヴァが本当に討伐されたんだ!」


 大興奮しながら語る男の報告を聞いていた者の内、何人かはその手柄を横取りしようと動きだす。

 話を聞く限りでは討伐したのはこの報告に来た冒険者ではなく他の者。それも村人では絶対にありえない。

 なら、どこぞの誰かが殺したギラドヴァに懸賞金がかかっていることを知らずに放置していったんだ。

 こんな美味い話に食いつかなきゃ馬鹿丸出しだぜ、と。


 「おーい、兄ちゃん! なんでそれを自分の手柄にせずに報告してんだよー!」


 昼間から飲んでいる酔っ払いの冒険者が報告している男へと疑問をぶつける。

 たしかに最初に見つけたのがこの男なら自分の手柄として報告したほうが得だ。なのにあの男は馬鹿なのか、はじめから“討伐された”と言っている。

 一体、なぜ。


 「そりゃあんた、討伐したのが“血濡れ”だからさ!」


 その発言に村へと行こうとしていた冒険者の足が止まる。

 今の言葉が正しいのなら討伐の手柄を奪うのだけは決して行ってはいけないから。


 「ギラドヴァの体にしっかりと跡が残ってるのを確認したんだ! あの“血濡れ”が討伐した証の真っ赤な拳の跡を!」




 ……“血濡れ”と呼ばれる傭兵がいる。

 いつどことも分からない場所に突然現れては、そこに蔓延る悪を倒すと呼ばれる噂の傭兵。

 “血濡れ”が討伐したとされる悪の体には絶対にあるものが残される。

 それが血で濡れた拳の跡。

 どれだけ強靭な肉体を持っていようとも関係ないとばかりに“血濡れ”が討伐した悪の体には、拳の跡が残るようにして陥没しその部分だけ血で濡れているのだ。


 突然現れてはそこで人々を脅かす悪を討伐する“血濡れ”を英雄視する声もあるが、英雄視する理由には討伐することのほかにもう一つある。

 それが、悪に懸賞金などがかけられていた場合、それを困窮する人に与えるというもの。

 “血濡れ”は決して悪を討伐したことによる金を受け取らない。それはその悪によって苦しめられた人たちのために置いていく。

 もし、それに苦しめられた人以外が手を出した時、“血濡れ”が再びその地にやってくる。




 「なーんて言われているみたいだけどぉ、リーシャはどう思う?」


 ギルドヴァの確認にギルドの職員などが向かうのをしり目に“血濡れ”についてアメンダがリーシャへと質問する。

 その問いに対して少しだけ考える素振りを見せたリーシャは、周りの喧騒とは正反対に静かに返答する。


 「私は、本当だと思う」


 「それはどこが?」


 アメンダの聞き返しに無表情ながらも真面目そうな表情で返答する。


 「“血濡れ”の存在から悪い人だけを倒してること、お金を置いていくこと。全部」


 「へぇ。随分と“血濡れ”を信じてるんだね」


 ニヤニヤと面白そうなものを見つけたような顔で見てくるアメンダを見つめ返す。


 「うん。“血濡れ”は一回しか見たことがないけど心の一番根っこの部分は死んでないと思ったから」


 「え゛、見たことあるの!?」


 思わぬ返答に驚いて声をあげるアメンダ。

 それを見つめるリーシャはいつもの無表情だ。


 「うん。前に一回だけ。姿を見た時に『あ、あれが“血濡れ”だ』ってなんとなくわかった」


 「なにその運命の出会いみたいな……」


 がっくりと肩を落としながら自分にもその時教えてほしかったと呟くアメンダを見つめつつリーシャは考える。

 “血濡れ”が誰か分かったあの日、アメンダに教える前にリーシャは“血濡れ”と話したいと思いその後を追った。

 だが、リーシャをもってしても“血濡れ”は追えずあの日は見失った。

 だから、もう一度会って話したい。伝えたい。


 ―――君の村は生きている、と。




 ◆




 旅を始めてからもう20年以上経った。

 俺はいまだにあの日戦った英雄の少女を超えられずにいる。

 どれだけ戦っても、強くなろうとしてもあの時の記憶が幻覚として現れ俺を倒す。

 そして、こう口にする。


 『君は弱いから何も守れない』


 事実だから何も言い返せない。

 俺は弱いから何も守れない。あの日も守れなかった。

 だから、この旅は俺の自己満足なんだ。

 前世の記憶を思い出したばかりに最強なんていう届かない夢を掲げてみんなを不幸にした俺の自己満足。

 あの日のみんなのような最期を迎えさせないため、俺のような苦しみを味わう人を減らすため。


 俺が悪を殺す。


 たとえあの英雄に届かなくてもいい。

 目の前の悪を殺せるだけの力があればそれでいいんだ。


 そう思って旅をしてきた俺は、いつの間にかあの日無くなった村へと続く道を歩いていた。

 決して帰りたくて来たわけじゃない。

 本当に偶然だった。流れ流れてこの場所に来たんだ。


 「けど……そうか」


 思えばあの日から俺はこの村を訪れていない。

 村のみんなのことを覚えているのは、もしかしたら俺だけかもしれないんだ。

 なら、俺がこの村に顔を出さないとみんなも寂しがるよな。


 ゆっくりと一歩ずつ嚙みしめるように村までの道を歩く。

 あの日のような違和感は感じない。

 ただあの日よりも前のような賑やかな声が道の先から聞こえてくることに安堵する自分がいるだけ。

 考えられるのは俺が死んだってこと。

 死んだからこの村に帰ってきてみんなに出迎えてもらう、ただそれだけのこと。

 もしくは、あの頃を思い出して幻聴を聞いているだけかもしれない。


 「まあ、どっちでもいいか」


 みんなの声が聞こえるならどっちでもいい。

 そう思い聞こえる声を楽しみながら歩いた先、村の入り口が見えるようになる曲がり角を曲がった先の景色を見て目を見開いた。




 ―――村がある。




 それも俺の記憶を再現したものではない。

 入口の柵も建物も新しい。

 これが死後の世界で見たものだって言うならきっと昔のままだったに違いない。

 だが、違う。

 ゆっくりと歩みを進めながら村の様子を眺める。

 見えるのは入り口からの景色だけ。

 だけど、その見える景色はあまりにも見覚えがありすぎる。


 「ふんふふ~ん」


 そう、そうだ。

 一番入り口に近い家にはみんなから門番さんと呼ばれるおじさんが住んでて―――。


 「んあ? 旅の人かい? ここは……って、え、おま」


 俺の姿を見た門番さんが固まる。

 記憶の中にある門番さんの姿から随分と年をとってるけど変わらない厳つさが残ってる。


 「おーい、門番さーん! リーシャさんが聞きたいことがあるって言ってんだけどよーって、お前さん見ない顔だな。町から来たの……か……」


 そうだ。この生意気そうな子供が成長して落ち着いてきたみたいな顔。

 昔、一緒に遊んでいた頃の顔から想像できるよ、大将。


 ポロポロと涙を流しながら村の中に入って何度も通った道順を行けば、随分とやせ細ったおじいさんが家の玄関先で居眠りをしている姿が見える。

 白髪が随分増えたのに元気そうだね、師匠。


 「おーい、母さん! アメンダさんどこ行ったか知らないか?」


 「さっきリーシャさんを呼んでくるって出ていきましたよー」


 もう涙も鼻水も止まらない。

 聞こえた声は20年以上の間、何度も聞きたいと思っていた大切な人の声。

 だめだ、我慢できない。

 俺の姿を見た人が不思議そうな顔をしたり、固まったりしてるけどごめん。

 今は周りを気にしていられない。


 俺は記憶よりも新しくなった家の“存在する”ドアノブを開ける。


 「ただいま!」




 ……落ち着いた後から聞いた話だと、あの日、師匠が魔物たちの異変に気付いて魔物が襲ってくる前に自警団の人だけが知っている緊急時の避難場所にみんな逃げ隠れていたらしい。

 だから、村の中に遺体は一つもなく血も流れていなかった。

 上位種の口が濡れていたのは恐らく、みんながご飯を食べかけの中逃げ出したからそれを漁って濡れたんだろうって。

 ごはん中でも逃げ出そうと思うくらいに師匠の覇気が凄かったとみんな口を揃えて言ったけど、本当にあの師匠が……? 全然想像できない。


 で、どうしてリーシャとその英雄の師匠がこの村にいるのか尋ねると、みんなが魔物が去っただろうと思われる頃に村に戻ると入り口で立っている二人と偶然出会ったらしい。

 そこで事の顛末を話して復興の協力をしてもらったと。

 ついでに大会でのことも話し、帰ってきているはずの俺がいないことに両親は困惑。

 最悪のパターンを想像して号泣してしまうも、そこには流石の英雄がいた。

 俺の大会での強さ、血がないこと、上位種が殺されてることから俺の生存を確信していると伝え、旅に出て探してくると断言した。

 たった一回しか会っていない俺に対しての行動力がおかしすぎる。

 この話を聞いた時、正直ちょっとだけ怖かった。


 その後は、定期的に村の様子を見に戻ってきては俺の捜索を続けてくれていたという二人に地面に頭を擦りつけながら謝罪と感謝を述べた。

 英雄は俺の想像以上の英雄であり主人公だったし、それに付き合うその師匠もまさしくもう一人の英雄であり主人公だ。


 俺は、両親やみんなに俺がいない間の村のことを聞き、俺はみんなに俺が旅したことをたくさん語った。

 20年以上の歳月を取り戻すために―――。




 ◆




 「それで、リーシャ? 数十年ぶりの彼との再会で君の瞳に彼はどう映ったのかなぁ?」


 ずっと姿が変わらないアメンダが美しい顔をいたずら気にニヤニヤさせながらリーシャへと問いかけると、楽しそうに話す彼らの様子を村の柵に腰かけながら眺めているリーシャが答える。


 「やっぱり彼は、私を恐れない。旅の中で周りから向けられる視線とは違う。“血濡れ”……ううん。ランドは、私を対等に見てくれてる」


 なぜか憧れのような感情が見えるのは気にしないことにしたリーシャの言葉は続く。


 「それがなんでなのか今までずっと分からなかったけど、今日ちゃんとランドと話してみて分かった。ランドは私より強いからだ。私とは違う感覚の中でずっと苦しみに耐えながら心の根っこを守り続けて、どんな強い人を倒す力を持っても誰かを守るためだけに戦ってきた」


 アメンダには、無表情だったリーシャの口元が少しだけ笑ったように見えた。


 「ランドは、心も体もとっても強い。きっと私が思ってる以上に。だから私を恐れない。ランドは、誰よりも強い―――最強だから」


 「くくっ、最強って」


 思わず笑ってしまったアメンダのことも気にせずリーシャは続ける。


 「だから私は、ランドと一緒にいる。ランドと居れば私は“人間”になれる気がするから」


 「ふーん。精霊と魔人のハーフが認めた人間か……」


 面白そうにランドを見つめるアメンダにリーシャは顔を向けて声をかける。


 「もちろんアメンダのことも認めてるよ。ハイエルフなのに私の正体を見破れずに声をかけてきた面白い人だって」


 「ちょちょちょ、その話はもうやめてぇ……!」


 途端に顔を赤くするアメンダの様子を無表情ながら楽しそうに見つめるリーシャ。

 二人はこれからも人間とは桁違いの長い生命としての生活をこの村で送る。




 ◆




 誰かが言った。

 最強の人物はいるのかと。

 みんなが答えた。


 “血濡れ”こそ最強だ―――と。

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