25.恋は知らないけれど
ようやく思いを吐露したゲオルグに、同情したのか言葉をなくすエリック。しんみりとしていた二人をよそに、私はいきなり立ち上がった。
「細かいことはどうでもいいのよ、ゲオルグ。あなたは、レベッカのことを大切に思っているのでしょう!?」
「それは……」
「いいから、つべこべ言わずに答えなさい。あなたは、レベッカのことを、どう思っているの!?」
煮え切らないゲオルグの態度に、さらにいらだちがつのる。つい口調が強くなってしまったが、それが逆に功を奏したようだった。
「……とても大切に、思っています。何よりも彼女の幸せを願うくらいに」
やっと、彼の口から本音を聞き出せた。ほっとしたのもつかの間、ゲオルグはまた言葉を濁す。
「ですが、私には彼女を幸せにできるとは、どうしても思えず……」
いい加減にしてくれと、頭をかきむしりたい思いに駆られる。どうにかこうにか踏みとどまって、もう一度尋ねた。
「やる前から決めつけてどうするの? あなたはたくさんの子供たちを幸せにしているわ。もう一人女性を幸せにすることくらい、できるに決まってる」
我ながら見事なまでの屁理屈だと思う。でもゲオルグは私の勢いに押されているのか、何も言わずにうなだれた。視界の端で、こっそりとエリックが肩をすくめているのが見えた。
大きく深呼吸して、高ぶった気持ちを鎮める。いつまでも、勢い任せに話し続ける訳にはいかない。
ゲオルグはしおれた顔で、エリックは興味深そうに、そんな私を見つめていた。二人の顔を順に見て、ゆっくりと口を開く。
「私は恋を知らない。だから、私が考えていることはもしかしたら的外れなのかもしれない」
ゲオルグに避けられていると告白した時の、レベッカの寂しそうな顔が脳裏をよぎる。私にも大切な人はたくさんいるけれど、あんな風に誰か一人を強く思えるとは、どうしても思えない。
「でも、私にだって分かることがあるわ」
自信たっぷりにうなずくと、二人もつられるように小さくうなずいた。
「思い合う者が引き裂かれるのは、とっても悲しいことよ。だからこそ、ああやってレベッカはふさぎ込んでいるのでしょう?」
その通り、と言わんばかりにエリックがうんうんと首を縦に振っている。身の置き所がないような顔をして、ゲオルグが小さく縮こまった。
「あなただって、ずいぶんと暗い顔をしているわ。身を引くのが正しいんだって、必死に自分に言い聞かせているように見えるのよ」
どうやら図星だったらしく、ゲオルグがぴくりと肩を震わせた。よし、あと一押しだ。
「一度ちゃんと、彼女と話し合った方がいいわ。このままじゃ、すれ違ったまま終わりになってしまう」
小さく息を吐いて、静かに言葉を付け加える。
「そんなのは、絶対に嫌よ」
私の言葉は、どうにかゲオルグに届いたらしい。彼は悲しげに顔をゆがめて、ぐっとこぶしを握り締めた。
「そうできるものならそうしたいとは、思うのですが……」
なおも言い訳をしようとしているゲオルグの言葉を、あわてて遮る。令嬢らしからぬ振る舞いだが、今はそれどころではない。何としてでも、彼とレベッカを会わせなくては。
「だったらごちゃごちゃ言ってないで、ちゃんと自分が考えていることをレベッカに伝えなさい!」
焦るあまり、また口調がきつくなってしまった。良くないと思いつつも、もう止まらない。エリックは小さく笑ったまま、口をつぐんで私たちを見ていた。どうやら、ここは私に任せるつもりらしい。
「どうしても嫌だっていうのなら、レベッカを連れてここに来るから。あなたたちがきっちりと互いの胸の内を語り合って、納得のいく結論を出すまで、何日でも通い続けてやるわよ!」
とっさにいい説得の言葉が思い浮かばなかったとはいえ、これではまるで脅迫だ。自分の中にもメグと似たところがあるのだと気づいてしまい、自己嫌悪に少しだけ落ち込む。
そのまま両足を踏ん張って堂々と立ち、じっとゲオルグを見据える。彼はまた何事か考えこんでいるようだったが、やがてため息とともに言葉を吐き出した。
「……分かりました。一度、彼女と話し合うことにします。お手数ですが、レベッカさんにお伝え願えますか? いつでもいいから、ここを訪ねてきて欲しいと」
「ええ、もちろんよ!」
少し日が傾き始めた町の中を、エリックと並んで歩く。私たちの話題は、自然とゲオルグとレベッカのことになっていた。
「ねえ、あの二人……ちゃんと仲直りできるわよね? まさか話し合った結果、やっぱりきっぱりお別れします、なんてことになったら」
今さらその可能性に思い当たって青ざめる私に、エリックが明るく答えてくる。
「大丈夫だ。あのゲオルグの目を見ただろう? あれは、きちんとレベッカと向き合うことを決めた目だ」
「そうなの? 私には良く分からなかったけれど……」
戸惑いながらそう言葉を返すと、エリックは心底おかしそうに笑う。
「ああ、安心しろよ。それにしても、さっきまであんなに強気に押してたのに、急にどうしたんだ?」
「あの時は、なりふり構ってられなくて……レベッカのためにどうしてもゲオルグを説得しなくちゃって、必死だったから」
恥ずかしくなってうつむき、そのまま目線をそらす。思えばずいぶんと、出しゃばった真似をしてしまった。それだけでなく、ゲオルグに怒りをぶつけるわ、怒鳴りつけるわ、正直メグも顔負けの大暴れをしてしまった気がする。ああ、穴があったら入りたい。
思わず立ち止まって、両手で頬を押さえる。そのままぷるぷると首を横に振る。さっきの記憶を、頭から追い出すように。
エリックの苦笑するような声が聞こえ、反射的に背中を丸めて縮こまる。
「まったくあんたは、見てて飽きないな。……ちょっと待ってろ」
そんな声がしたと同時に、この場を離れていくエリックの足音が聞こえてきた。
一人になってもなお、恥ずかしさは消えなかった。肩をすくめて頬を押さえたまま、じっと足元の石畳を見つめる。きちんと整備されていて、欠けても割れてもいない。
なんとなくそのまま、石の数を数えてみた。要するに現実逃避だ。通行人に聞かれないよう小声で、ひとつ、ふたつ、とのんびり数え上げていく。
「三十九、四十、四十一……」
ちょうどその時、軽やかなエリックの足音が駆け寄ってきた。戻ってきたんだな、と顔を上げた時、目の前に一輪の花がひょっこりと現れた。
「ほら、これやるよ。ちょっとそこで買ってきたんだ」
淡い紫の柔らかな花びらが幾重にも重なった花を差し出しながら、エリックがまぶしそうに笑っている。
「今日あんたは頑張ったからな。ご褒美の一つくらい、あってもいいかと思ってな」
「あ、ありがとう……」
思わぬ素敵な贈り物に、うまく言葉が出てこない。気のせいかさっきから頬が熱い。ぎくしゃくしながら花を受け取って、顔を寄せる。しっとりとした甘い香りが、優しく鼻をくすぐった。
「さっきのあんたの迫力には驚いたが、そういうのもたまには悪くないと思う。まあ、たまに、だが」
赤茶の髪を照れくさそうにかきながら、エリックがそう言った。
「幻滅されたかと思ってたわ。さすがにはしたないところばかり見せちゃったから」
「するものか。記憶を失う前のあんたに比べれば、可愛いものだ」
やっぱりメグはとんでもなかったらしい。呆れそうになるのを隠して、花を手ににっこりと笑った。
「なんだかくすぐったいけれど、嬉しいわ。さあ、そろそろ屋敷に戻りましょう。レベッカに、ゲオルグからの言葉を伝えてあげないと」
そうして私たちは仲良く並んで、屋敷へ向かってまた歩き出した。




