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18.令嬢たちの逆襲

 アンドレア様のお茶会を楽しんでいた私に声をかけてきたのは、見覚えのある令嬢だった。かつてメグがいたぶっていた、男爵家の令嬢の一人だ。前に謝罪に行った時に、それは冷たい目を向けられたのをはっきりと覚えている。


「マーガレット様、少々よろしいでしょうか」


 あの時と同じ冷たい目で、彼女は私を静かににらみつけながら小声でささやく。その姿は、どこか周囲をはばかっているようにも見えた。


 私が無言でうなずくと、彼女はついてきてください、とかすかな声で言い、左右に素早く目を走らせた。そのまま私に背を向けて歩き出す。


 彼女が妙に早足だったのが気になったが、とにかくついていくしかない。こっそりと小首をかしげながら、前を行く彼女を見失わないようにせっせと足を動かした。






 私が連れていかれたのは庭園の片隅、ほとんど人通りのない一角だった。背が高い植え込みが大きく枝を伸ばしていて、周囲からの視線がさえぎられている。内緒話をするにはもってこいの場所のように思えた。


 そこに置かれていた長椅子に腰かけていた二人の令嬢が、私の姿を見るなり立ち上がる。彼女たちもまた、メグの被害者たちだった。


「お待ちしていました、マーガレット様。ここで会えてよかったです」


「ええ、本当に」


 どうしてこの三人が集まっているのか分からず、戸惑いながら彼女たちを交互に見る。そんな私を取り囲むと、彼女たちはやけにねちっこく冷ややかな声をかけてきた。


「マーガレット様、アンドレア様に声をかけていただいたんですよね。見ましたよ」


「まあ、うらやましい。私たちなんか、あいさつはできたもののそれ以上話すことがなくって」


「慈善活動を誉められたって聞きました。お金のある家は余裕があっていいですね」


「以前の行いも、そうやってちょっといいことをすればあっさり許されてしまうんですね」


「私たちにはとても真似できません」


 ねちねちと繰り広げられる彼女たちの話を聞いて、ようやく私は自分が置かれた状況を理解した。一対一ではかなわないと見たのか、彼女たちは三人がかりで私をいたぶり返すことにしたらしい。


 私は軽くうつむいたまま、ただ黙って彼女たちの言葉を受け止めていた。正直不快感はあったけれど、抵抗する訳にはいかなかった。彼女たちへの謝罪がまだ受け入れられていない以上、私はどうしても自分の誠意を見せなくてはならない。


 ここは、ただひたすら耐えるしかない。それだけのことを、メグはしてきたのだから。


「それにしても、素敵なお召し物ですね。とても私たちには手が出せませんわ」


「そうよね。アンドレア様と並んでも遜色がないくらい立派で、素晴らしいわ」


「本当に、裕福なお家は違うわね」


 むきだしの嫉妬と皮肉を次々と並べながら、彼女たちは声をひそめてさえずっている。周囲に誰か近づいていないかを警戒し続けているその目は、貴族とは名ばかりの卑しさをはらんでいた。


 きっとそのうち、誰かが通りがかってくれる。そうすればこの辛い時間は終わる。そう自分に言い聞かせながら、私はじっと足元の芝生をにらみつけていた。


 胸の内にはメグへの恨みが満ちていた。彼女の最低な行いのせいで、回りまわって私が苦しむ羽目になっている。周りの人間からすればメグも私も同じ人間だ。でも今の私には、メグが自分なのだとは、どうしても思えなかった。


 悪いのはメグなのに。私は悪くないのに。どうして私がこんな目に合わなくてはならないんだろう。


 そう考えた拍子に、目に映る石畳がじわりとにじんでぼやけた。こんなところで泣き出したら、アンドレア様にまで迷惑がかかってしまう。どうにかこらえることはできたものの、私を取り囲んでいた令嬢たちには気づかれてしまった。彼女たちの笑みが、残忍なものに変わる。


「あら、具合でも悪いのですか、マーガレット様?」


「大変、でしたらそろそろ解散した方が良さそうですね」


「そうですね、そろそろ誰かが探しに来るかもしれませんし」


 そんなことを言いながら、彼女たちがくすくすと笑う。ああ、ようやっとこの時間が終わるのか。


 しかし安堵しかけた私に突き付けられたのは、思いもかけない言葉だった。


「でも、私たちもっとマーガレット様と話したいことがあるんです」


「そうだわ、今度改めてうちの屋敷にみんなで集まりましょう。もちろん、マーガレット様もご一緒に」


「まさか、私たちの招待を断るだなんて悲しいことはおっしゃいませんよね、マーガレット様?」


 どうやら私は、後日改めて糾弾されることになるらしい。口元まで出かかった反論の言葉を飲み込んだ時、三人は一斉に声をひそめた。


「……マーガレット様、あなたは私たちに謝罪したいと、以前そうおっしゃいましたよね。でしたら、その証を見せてはもらえませんか」


「前にあなたが身に着けていた見事なサファイアと瑠璃のネックレス、あれで手を打ちます」


「他の物では駄目ですよ。あれをいただくまで、私たちはあなたのことを決して許しはしませんから」


 ぎりぎり私にしか聞こえないような小さな声で、彼女たちは恐ろしいことをささやいてくる。要するに彼女たちは、私の弱みにつけこんで金品をゆすり取るつもりらしい。


 彼女たちは互いに顔を合わせて、満足げにうなずきあっている。とんでもないこの提案といい、よどみない話の持っていきようといい、彼女たちが今しがたこの話を思いついたようには見えなかった。もしかして彼女たちは、ずっと前から計画を練っていたのだろうか。このお茶会で私たちが顔を合わせることができると、そう踏んだ上で。


 私が返事をするよりも早く、彼女たちはまたくすくすと笑いながら立ち去っていく。去り際に、ひときわ冷たい視線をこちらに投げかけながら。彼女たちから解放された喜びを感じる余裕すらなく、私は呆然としたまま長椅子に崩れ落ちた。




 それから私は何食わぬ顔でお茶会に戻り、そつなく雑談をこなしてから帰路についた。アンドレア様は変わらずにこやかに、また会いましょうと声をかけてくれた。ありがとうございます、とても嬉しいですと答えた私の声も、いつも通りのものだったと思う。


 あんな衝撃的な出来事があったというのに、どうして自分はこんなに落ち着いていられるのだろう。そんな思いに内心首を傾げたまま帰路につく。


 屋敷に戻り、両親にアンドレア様のことを話すと、二人とも大喜びしてくれた。お前がアンドレア様の目に留まったのは、やっぱりその装いのおかげだなと、少々的外れのことを言っていたのがちくりと胸に刺さった。


 そして自室に戻って扉を閉めた瞬間、今までの疲れがまとめて襲い掛かってきた。どうやら今までずっと、私は自覚しないまま気を張っていたらしい。


 急に体が重くなったように感じられて、豪華なドレス姿のまま床にぺたりと座り込む。久しぶりに、メグのことを気にせずに楽しめると思ったのに。


 日記帳がしまわれた机の方をにらんでいたら、涙が一粒頬を伝っていった。

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