娘さんをくださいと両親に挨拶に来た、けれど?
俺は忘れていた事を片付けねばと、大きな屋敷の扉の前に立った。
首都の貴族のタウンハウスは、佇まいだけでその一族に金と歴史があるかどうかが一目でわかる、旗印そのものである。
王城の近くにあるかどうかから始まり、建物の様式が古ければ古いほど、その家がそこに建てられてから長いかどうかで歴史のあるないを断じられ、また、その家の手入れが滞っていないかどうかでその家の貧窮までも窺い知れるという怖いものなのだ。
いや、貴族連中がこぞって、気になる家の実際はどうかと目を凝らしているので、それなりの家はマナーハウスの雨漏りを直せなくともタウンハウスの外観には手をいれる羽目になるのである。
手入れの仕方も、過去の栄光が失われないようにと、過去に建てられたその姿のままに保存しようとするものだ。
しかし、俺が立った目の前の家は、我がギャスケル伯爵家と同じぐらいに歴史が古く、スペシャルリマインダーでもあるはずなのに、ここ二年か三年くらいに建ったばかりの屋敷にしか見えなかった。
どうして建て替えてしまったのかと問い詰めたいほどに、古い家々が並ぶ中に悪意の顕実のように生えたそれは、外国の神殿っぽい白く悪趣味なものだった。
そこで一瞬、この家と縁続きになっていいのか?と、俺の脳内が囁いた。
「いいに決まっているだろう。俺は今日はそのために来たのだ。」
俺は自分に言い聞かせ、ギャスケル伯爵として威厳を持ちながら扉にノックしようと右手に拳を作り、……固まった。
両開きで馬と太陽の意匠が彫り込んである金色に塗られた扉には、これまた真っ黒という妖怪化した馬の顔らしきドアノッカーが飾られている。
どこもかしこも悪趣味じゃないかと俺の脳は言っており、このままこの家族と親族になっても大丈夫なのかと、大事な事だからと、先ほどと同じセリフを俺の脳みそが俺に訴えかけて来たぐらいだ。
「大丈夫だ。大丈夫。俺が結婚するのはリディアで、カーネリアン伯爵じゃない。」
俺は自分を宥めながら、意志を固めるように拳を作り、自分の声に惑わされる前にと、無心となってカーネリアン伯爵家の扉を叩いた。
たった一度、コン、と鳴っただけで、玄関扉は直ぐに開いた。
俺は帰りたくなった。
だってそうだろう。
ピンクや黄色や水色などの綿帽子みたいなカツラをつけ、クジラの骨でスカートを膨らませる百年ぐらい前のドレスを着た女性達が、わらわらと俺を出迎えて来たのだ。
「い、家を間違えたようでございます。」
女性達は一斉に、きゃあああああ、と悲鳴みたいな声を上げた。
俺がその声に怯んだ隙に、なんと、俺の両腕が掴まれた!
「懐かしゅうございますねえ、ギャスケル伯爵。」
ピンクのカツラは白粉を叩き過ぎて真っ白くなった顔が妖怪そのものだが、パーティで見かけたらぜったいに挨拶せねばならないという、ご意見番のラドルチェ侯爵夫人ではないか!
「な、懐かしく、いえ、先々月のパーティでご挨拶したばかりではないですか!いえ、一か月以上御無沙汰しておりました。社交シーズンで無いのでご容赦願いますであしからずです。」
変な言葉になったが、俺は逃げるしか無いだろう。
しかし、ネリー・ラドルチェ侯爵夫人は俺を逃がす気など無いという風に俺の腕にしがみ付いており、俺のもう一方の腕だって豊満で柔らかすぎる何かに挟まれているのである。
「可愛いリディアを誘拐して婚約したなんて、あなたは相変わらずの誘拐魔ね。」
俺は水色の綿帽子に笑顔を返すしかなかった。
ライラ・イズマール伯爵夫人の旦那は、貴族院での俺の後援者として振舞ってもくれる恩人だ。
つまり、俺は何度かイズマール伯爵家を訪ねており、この豊満すぎてジュゴンと見間違えそうな伯爵夫人には、毎回息子同然に歓待して貰っているのである。
彼女の実の息子が滅多に帰らないのが伺い知れるほどに。




