約束
私の胸はドキドキしていた。
こんな風に軽快に胸が高鳴るのは、初めて馬の鞍に乗った時以来?
いいえ、初めてハードルを飛び越えさせた時だってもそうよ。
そう、私の人生の時々で、一番嬉しい!って思った時に似ているのだ。
あのリベリット村の恋人達が言っていた通りかもしれない。
私達は離れ離れになったら死んでしまう。
これはこのドキドキが消えて無くなっちゃうからって事かしら。
いいえ、それだけでは、一緒に殺されたって構わない、までも思わないわよね?
私の頬に温かな温もりとさらっとした滑らかな肌を感じ、自分が無意識にアレンの温かな胸に頬ずりをしていた事に気が付いた。
ああ!
彼の心臓の音、彼の低くて優しい笑い声が胸板を通してくぐもって聞こえる。
それは私をとても安心させ、このまま彼の腕の中で寝てしまいたいと思った。
「そうか。この腕が無くなったら寂しいって思うものね。」
「急に一体何の話をしているんだい?」
「リベリット村の恋人達よ。あの子達とお話をしたの。ジリアンなんか感動して泣いちゃったくらいよ。」
ついでに言えば、男の子達に女装させて人買いの馬車に乗せる事を提案したのは、なんと、ディークだったのである。
ディークを信じきったリベリット村の恋人達は、ディークの事を誰にも固く内緒にして、人買いの馬車に乗ったその後に約束通りにディークが馬車を襲撃する事を待っていたのだ。
「恋人ならば誇りぐらい捨てて女となって彼女を守れ。奴隷馬車に君達が乗り込んで出発した所を俺が襲う。そこでみんなして首都に逃げればいい。」
ああ、なんと素晴らしきディーク。
計画前半部分で崖から落ちちゃったけれど、あなたは尊敬できる人だわ。
ジリアンの顔は、本当に誇らしそうだったと思い出す。
ジリアンは顎をきゅっと上向かせると、これから恋人達がわざわざ馬車に乗る必要など無いどころか、アンダーソン商会が今後を引き受けると言ってのけた。
まあ!アレンこそ私を誇らしそうに見ている?
「そうか、凄いな。法務官の件はレイに聞いて知る事が出来たから良かったが、君はどうやってあの意固地なぐらいに口を閉ざしていたあの子達の口を開いたのかな。」
「まあ!それぐらい簡単だったわ。適当な女の子を捕まえて、鼻を削ぐわよって脅したら、次から次へと洗いざらい喋ってくれたわよ。」
ぽそ。
私の体からアレンの腕が落ちた。
私は彼の胸から顔を上げて彼の顔を見上げれば、アレンはなんというか、適当に縫った布人形みたいな顔をしていた。
「アレン?」
ぱた。
アレンは再び仰向けに転がった。
「あなた?」
「俺は自分が無力だなって韜晦している。」
「まあ!どういう意味ですの!」
アレンは手を伸ばして私のほっぺを軽く摘まんだ。
その時に彼は幸せそうに目を細め、育てて行こう、と私に言った。
「育てて行こう?」
「うん。育てて行こう。ゆっくりと俺達の愛情を。式はそれからでいい。俺達は決まりきった式など上げる必要など無いだろう?互いが欲しくなったその時に、俺は真っ白なタキシード、君は真っ白なドレスを纏い、俺達に結婚証明書のサインをしてくれる奴を突撃しよう。」
私はアレンの提案にうっとりした。
突撃のところは特に。
だけど、私はカーネリアン伯爵となる人間なのである。
父はずんぐりむっくりの貴族体型の男でもあるが、とても元気でその体からは想像できない程の最高の騎手なのだ。
しかし、その父が落馬したりしたらどうなるのか。
時間があるうちに私達は愛をしっかりと育むべきなのよ。
私は両手をアレンの頭の両脇となる床に叩きつけた。
そしてじっと愛する男を見つめた。
「素晴らしい提案ですわ。ですが、あなたは忘れてらっしゃいます!」




