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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第五章 いつだって人は選択できる
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失敗は成功の元とは言うが

 俺は自分の浅はかさを呪っていた。


 何が、俺を知って貰って信用して欲しい、だ。


 言葉というものは相手を選んで使うべきもので、その相手にノーと絶対に言えないぐらいに気持ちを持っていかれているならば、特に気を使うべきなのだ。

 俺は自分の性的興奮でリディアを脅えさせることになってはいけないと、自分の邪な心を抑えるべくリディアの逞しい背中を思い出そうとした。


 馬車の見張り台で撫でたしっかりとした背中。

 それはとても温かで、優しく俺を癒したと、彼女への思慕の方が募った。

 すると、愛する女を抱きたい本能が反応しだした。

 それなのにリディアの指先は、恥じらうどころか俺の胸筋をなぞり始めたではないか!


 リディア!男は危険なんだぞ!


「まあ!アレンの乳首って可愛いのね!」


「ごめんなさい!知ってもらうのここで終わり!」


 リディアの信頼を掴むどころか、俺こそ恥じらいを捨てきれなかったようだ。

 ゆっくりと上半身を起こし、俺のせいで機嫌が悪くなっているだろうリディアを伺うと、彼女は悪戯を見つかった子供みたいな目で俺を窺うように上目がちで俺を見つめているじゃないか。


「うわ、かわいい。」


 俺の胸に何かが刺さった上に、思ったそのままが口から洩れていた。


「もう、アレンったら。可愛いなんて誰かに言われるなんて、わたくしは久しぶりですわ。」

「うん。俺も君が可愛いって今初めて思ったもの。って痛い!」


 げんこつで胸を殴ってくるとは。

 本気じゃなかろうと、彼女の拳は鍛えられているから固いのだ。

 軽くけほっと咳が一つ出た。


「まあ!大丈夫?そんなに強くは殴っていないのに。風邪を引いたのかしら。服はまだ乾いていないわよね。」


 大丈夫。

 風邪なんかじゃなく、確実に君のパンチによる咳だよ。

 学習能力の高い俺はこの言葉をリディアに返して再び殴られる代わりに、優しい恋人だったらかけるだろう言葉の方を口にした。


「もう一度君を抱き締めたい。寒いんだ。いいかな?」


 俺は二度目の咳が出た。

 シュウがする様な突撃の仕方で、俺の胸にリディアが抱きついてくれたのだ。


 リディアは俺の胸に頬を擦りつけて、俺の背中に細いが腕力のありそうな腕をぎゅうと回した。

 俺は彼女に抱きしめられる嬉しさに彼女を抱き返しながら、彼女がまだ幼い少女でしかなかったと今更に気が付いた。

 いつも凛として俺を見返す彼女を好敵手のように見ていたが、彼女の実際はまだ十七歳の女の子でしか無いのだ。


「リディア。婚約期間は長くていいよ。君には学校もある。俺とシュウは君が我が家に飛び込んでくれるその日までいつまでも待つよ。」


 俺は三度目の咳をした。

 そのうちに血反吐も吐くのでは無いだろうか。

 俺の胸を突き飛ばしておきながら俺の腰に跨ったままの少女を俺は軽く睨んだが、リディアこそ物凄く怒った眼つきで俺を睨んでいた。


「あなたはシュウを手に入れたからわたくしは要らないのね!」


「どうしてそんなことを言うの?君はまだ十代じゃないか。子持ちの親父に縛り付けられるのは早すぎる。」


「だ、だって、リベリット村の恋人達は、心中するつもりでいたのに!愛し合っているから離れ離れになりたくないからって、そ、それで一緒に奴隷商人の馬車に乗るつもりでいたのよ!そ、それなのにあなたはわたくしを平気で放り出そうとする!」


 わあ、リディアが女の子みたいなことを言っている!

 俺はリディアを胸に抱き寄せていた。


「俺だって君とは離れ離れになりたくないよ。だからこそここで無理強いして君に逃げられたくないから大人の台詞を言っているんじゃないか。」


「お、大人の台詞なんか知りません!わたくしはあなたの言葉を聞きたいの!あなたの望みを聞きたいの!」


 俺を見つめる水色の目はまっすぐで痛々しいほどに清純で、俺の言葉こそ聞きたいと必死に俺を射抜いている。

 俺には彼女が純粋すぎる。

 リディアの顔を見なくて済むように彼女を再び強く胸に押し付け、黙っているべきだろうに、彼女の自分の情けない性を吐露していた。


「君を抱きたい。君を愛したい。今夜にでも妻にしたい。」


「アレン。」


「しっ、聞いて。俺は君に抱かれたい。君に愛されたい。永遠に君の夫にしてほしい。だから、君を無理強いしたくない。いや、だからこそ今すぐに君を自分のものにしたい。」


「わ、わたくしは、あなたが望むな――。」

「急がなくていい。流されての選択は君と俺を不幸にする。」


 リディアを抱き締めながら、俺の口元は綻んでいた。

 彼女は俺にイエスと言おうとしている、と気が付いたから。

 あんなに脅えていた夜の事を、俺の為に迎え撃つつもりのようなのだ。

 俺は彼女が愛おしくて堪らなくなり、彼女の為になら、待てるよ、と何度だって囁いてやりたいと思った。

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