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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第五章 いつだって人は選択できる
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何も持っていない自分だからこそ

 暖炉の中で私が粉砕した椅子の足が燃えている。

 二客分の椅子の破片しか作れなかったので、この炎は一時も保てないだろうが、それでも何も燃やさないよりはマシだろう。


 私達は雨で体が冷え切っている、よね?

 私達は肩を寄せ合い、暖炉の前にいるのである。


 いえ、訂正するわ。

 私は股を広げたアレンの股の間にお尻を降ろし、アレンを背もたれにして掘っ立て小屋の地面にお尻を落としているという状態だ。

 最初はひやりとしたアレンの胸板は、密着するうちに背中を焦がすほどに私には熱く感じている。


 いいえ。

 私の背中を通して感じるアレンの心臓の鼓動が、彼が平常心どころか緊張していると私に訴えているも同じであるから、私はドキドキさせられているのだ。


「ひゃっ!」


 彼の頭が私の右肩に乗った。

 温かい彼の頭が肩にふわっと乗ったのは、馬が私に首筋に鼻を擦りつける行為の感触に似ていた。

 けれども、馬の吐息を感じても何も感じなかったのに、アレンのささやかな吐息が肩先に当たっただけで私はびくっとしてしまったとはどういうことだ。


「ぐ、具合が悪いのかしら。」


「いや、落ち込んでいるだけだ。俺を守ってくれてありがとう。俺の思い当たらなかった部屋を暖めるを実行してくれてありがとう。何よりも、マッチを俺が持っていた事を教えてくれてありがとう。」


「もう!あなたはケガをなさっていたんですもの。それにバフェットと離れ離れでしょう。無いものだと思い込みますわよ。」


 馬の鞍に小物入れがあるのならば、主人の身の安全を心配する馬房の召使いによって、マッチやケガ薬に馬用の角砂糖などの必需品が入れてあるものなのだ。


「いや。鞍に小物入れがあった事こそ知らなかったよ。情けない。知らないついでに君が外に出て行ってしまうのを止める事も出来なかった。こんな裸ん坊同然の格好だったのに!」


 確かにシュミーズ一枚で雨の降る外に飛び出し、アレンの前に戻って来るのはとても浅はかだったと思い出した。

 私のシュミーズは濡れた事で私の体を隠すどころか全部をさらけ出し、そこでアレンが私を後ろ向きに抱いて暖炉で炙っているという状況になったのだ。

 君の背中を見ていれば俺が落ち着くから、とはよく意味が分からないが。

 ふう、とアレンのため息が聞こえ、そういえば彼は落ち込んでいたのだと思い出した。

 え?落ち着きたいけど落ち込んでいる?


「お、落ち着いたのかしら?」


 ぐふっと変な声が聞こえ、私は背中に何か硬いものを感じた。

 そこでようやく彼が落ち着かせたいものが何だったのか気が付いた。


「え、ええと、そう!では、どうしてハーメスの鞍を選ばれたの?あそこは新興でしょう?に、人気があったから、かしら?」


「ユーリスが欲しがったからさ。あいつの誕生日に買ってやったついでに、鞍の形がスマートで気に入ったから自分用にも買った。」


「まあ!それなら納得ですわ。ハーメスの鞍が若い男性に人気なのは、ああいった隠し小物入れがあるからですのよ。婚約指輪を入れたり、ふふ、愛人からの手紙を奥様から隠したりね。」


 私の肩に押し付けられていた顔が持ち上がり、私の右横からその顔が突き出された。

 だが、私が彼の顔を見つめるよりも早く、私の腰はアレンの両腕が回されて彼に引き寄せられ、さらに私の背中はアレンにくっつくことになった。

 彼の両手は私のお腹を押さえるように重ねられて、私は彼の大きな手から視線を動かす事が出来なくなった。

 怖くはないし嫌らしさだって感じなかったが、指の長い彼の手が大きいと感じることで私がとっても小さくなったような感覚に陥ったのだ。


「アレン?」


「君はどんな石が好きかな。俺は自分の判断に信用が置けなくなってきたからね、君にまず尋ねる事にするよ。君が欲しいものは何かなって。」


 私は無意識に唾を飲み込んでいた。

 急に涙が出そうになったからだ。

 紳士は淑女の話を聞くものだというルールがあり、それに則って話を聞いているというポーズを取る男は多い。

 聞いていないくせに相槌を打ち、君はよく知っているねと、さも褒めてあげると言わんばかりの物言いを何度された事だろう。


「どうしたの?俺は君に嫌な事を言ったかな。」


「いいえ。あなたの言葉は真実ばかりだから感動したの。それで、石は、ええ、あなたの瞳と同じ緑色の石が良いわ。会えないときは石を眺めれば、あなたに見つめられているように思えるでは無いですか。って、きゃあ!」


 私の腰を抱く腕に力がこもったのだ。

 私は自分の右横に生えているアレンの顔を見つめると、アレンは私をじっと見つめていたようで、私と目があったと嬉しそうに微笑んだ。


 私の中で何が生まれたのか。

 シュウにキスするのは彼が愛しいから。

 そう、勝手にキスしてしまうのよ。


 私はアレンの唇に自分の唇を重ねていた。

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