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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第五章 いつだって人は選択できる
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身一つとなってみて

 俺は何をしているのかな、と分厚いカーテンのようになって降り注ぐ雨を見上げた。

 古ぼけた空き家を見つけたはいいが、燃やすものが無ければ暖炉に火を入れる事も出来ず、結局は埃塗れの寒いだけの土間で体を縮めているしかない。


「雨が凌げることは良い事だ。ユーリスはこの雨の中、ハーゲン執行長官のもとにミネルパを走らせているのだものな。」


 俺とユーリスは地方法務官の事務所に今回の人買い事件の報告に出向いたのだが、道中で銀色の鷹に呼び止められた。

 彼は愛する男が人買いの武装集団に追いかけられるまでに掴んでいた情報を伝えたかったと笑い、じゃあよろしくと俺達に面倒ごとを押し付けて恋人の元へと去って行った。


 給与の少ない役人が懐を潤すには、税金の横領を試みる奴が多い。

 しかしながらリベリット村など羊がほんの少し飼育できるような税収の殆どない土地では、横領した所でたかが知れている。

 よって、その役人は、国に追われている強盗団や脱走兵、あるいは政治犯を匿い、また、その土地の美しい娘を売り飛ばすことを考えたらしい。


 俺の腐った従弟、ジョージ・ギャスケルの口利きで、だ。


 俺はレイが教えてくれた事を元にジョージを装い法務官に会い、奴が俺をジョージと思い込んでぺらぺらと悪事を喋った所でユーリスがそいつを捕えた。

 そこで俺は自分が伯爵の方だと自己紹介し、ついでに法務官を重罪人であるとの書類を製作して、ユーリスにそいつの移送を任せたのだ。


 ユーリスは物凄く嫌そうな顔をした。

 そこで法務官任命の書類も作って渡したら、彼は自警団団長職よりも良いと判断したらしく、爽やかに行ってきますの挨拶をして旅立っていった。


 そう、そこでごたごたは全部終わりだ。


 俺は家に帰るだけだった。


 途中に雨が降り、バフェットが足を滑らせて俺が振り落とされる事が無ければ、俺は家に帰っているはずだった。


「バフェットは大丈夫かな。って、足が痛い。」


 バフェットから落ちた俺は、地面に強かに体を打ち付けた。

 だが打撃の痛みはそれほどに無く、急いで立ち上がった所で俺は足を地面に取られて転がった。

 その地面は受けた雨水をしみ込ませるどころか粘土状となり、ぬるっとするだけとなった土の上に次から次へと雨水が川のようになって流れてきているという有様だったのである。


 つまり足の立たない浅い川で俺は転んだと同じで、その浅い川には滝もあった。

 すなわち、俺は自分とバフェットがいた高台となる丘から、雨水によって一人流されて下へと落下してしまったという事である。


「なさけない。ユーリスと一緒に長官に会いに行けば良かった。行ったら絶対に今日は返してもらえないからって、逃げるんじゃなかった。ああ、結局今日はもうリディアを口説けないんじゃあ、ああ、意味がない。」


 泣き言を言いながら自分のねん挫した足首を見つめた。


「触ってもいいかしら?」


 リディアの声を思い出した。

 俺の足を見た彼女は、あの透明で清涼な水色の瞳を輝かせ、宝物を見つけた、そんな表情を俺に見せてくれたのだ。


「今こそ俺の足を好きに触らせてあげるのにね。」


「まあ!それはご褒美って事かしら?」


 俺は首が折れるかと思うぐらいに首を回し、破れ小屋の戸口という真正面を見返した。

 単なる休憩所ぐらいの小さな小屋。

 小汚い木の小さな椅子が二客転がるだけの、ベッドも無い小さな暖炉だけがある掘っ立て小屋の中に、月の光を纏わせた長い金色の髪を絞りながら、俺の女神が入って来たのだ。


「ああ、濡れた濡れた!雨が降るなんて思いませんでしたわ。あなたのバフェットは賢いわね。ここまで案内してくれたのよ。そうそう、あの子は私が乗って来たジュベールと雨がしのげるところに繋いであるから安心なさって。」


「え、ああ、ありがとう。それで、君がどうしてここに。バフェットが戻ったにしては君の到着が早すぎる、かな。」


「ふふ、戻る途中のバフェットに出会ったのよ。わたくしはあなたに伝える事があって追いかけておりましたから、ええ、神様の配剤ね。」


 俺は心の中がぞっとした。

 何を伝える?

 雨に濡れたからと殆ど衣服を身に着けていない俺に、彼女は何の感慨も無く喋っているじゃないか。

 それは、俺は彼女が意識するほどの存在じゃない、という証拠ではないか?


 そうだ。

 彼女の俺への好意は、シュウあってこそ生まれただけのものではないか。


 俺こそ彼女を諦めるべきだとリディアを見つめ直し、喉が詰まって両目から目玉が零れ落ちかけた。

 リディアは濡れた服を次々に脱いでいた。


「何をしているの!」


「濡れたままじゃ風邪を引きますもの。暖炉を点ければすぐに乾きますわ。」


「薪は見あたらないけどね。」


「薪が無ければ作ればいいのです。」


 お尻を隠すぐらいの丈のシュミーズ一枚となった女神は、神様って破壊神でもあったなあと俺に思い起こさせる行動をし始めた。

 転がってる一脚の椅子を持ち上げると、もう一脚の椅子に向けて振り下ろしたのである。

 ああ、そうだね。

 俺はどうして気が付かなかったんだろうね。


「ねえ、アレン。マッチは持っていらっしゃる?」


 俺は両手で顔を覆った。

 俺はリディアに尊敬されるところなどあっただろうか。


「ごめんなさい。俺は何も持っていません。」


 俺は自分の巡り合わせの悪さに嘆くしかなかった。




五章で終わるんです!

そのつもりなんです!

だから頑張って口説こうよ、アレン!という気持ちです。

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