大柄でもキリンさんのような男
幼児教室に飛び込むことは控えた。
まずは外から室内での様子を確認し、その上でシュウに手助けがいるかどうか判断しても遅くはない。
「ぷ、くすくす。君のお陰で兄貴を揶揄うネタが増えた。」
「まじめに仕事をなさっている方を揶揄されるものではないわ。でも、素敵な方ね。これならば私の大事なシュウを安心して任せられるわ。」
「まあ、子供にはね。君は近づいちゃだめだよ。あいつは女と見れば猛獣になる男だと有名だ。」
「子供に優しければそんなプライベートなどどうでもいいの!子供の目の前ではキリンさんでいてくれたらいいのよ。」
「ひでえ。軍部では砂漠の豹って仇名の男だよ。よくごらんよ。エプロンが全く似合わない笑える姿じゃないか。って、痛て!」
ダニエルの肩を拳で小突いたのだ。
「笑えるなんて!子供達の見本となられる立派な方じゃ無いの。」
「痛いな。怒りんぼ過ぎる。本気で姉さんにそっくりだ。」
ダニエルは本気で単なるお子様みたいだ。
さて、ダニエルの兄は、大きな体に金色に近い薄茶色の髪をしているという、外見だけは私の隣で唇を尖らせているダニエルにそっくりだった。
しかしダニエルと違うのは、彼は子供達の為には自分を殺すことができるという姿勢であろう。
大柄で威圧的な体をソフトなものにすべく、ピンクのひらひらエプロンを着けてしまうだなんて、なんて優しくて策略家な人であるのか。
彼の心遣いのお陰でシュウは彼に脅えずに済んだようで、彼の足元で彼の見本ダンスを真似しながら、えっちらおっちらと体を動かしている。
「ああ、シュウちゃんたら可愛いわ。あんなかわいい子がこんなに頑張っているのだもの、ねえ、私達も(教室に戻って勉強を)頑張ることにしましょうか。」
ダニエルは急にぽっと顔を赤らめた。
そして、私の右手を両手で包み込むようにしてグイっと掴んだ。
「俺は何だって頑張るよ。そこがどこでも!」
「まあ!あなたは本当に勉強家ね。」
「君達は何を勉強したいんだか。」
低い声が私達の上に落ち、しゃがんだまま手を繋ぎ合っていた私達は、手をぱっと放してしゃがんだ体勢のまま左右に離れた。
それから、窺うようにして同時に上を見上げた。
そこには見覚えのある顔が浮かんでいた。
私の部屋に闖入してきた熊男だ。
私達の真後ろで私達に覆いかぶさるようにして彼が立っていたのである。
彼は私達がしまったと思った瞬間に、その大きな手を突き出してダニエルの襟元をぎゅうっと掴んだ。
「いたずらっ子のヴァレリー四男め。ほら、教室に戻るぞ。」
熊はダニエルをうさぎか猫みたいに掴んだだけでなく、ダニエルの耳元に顔を寄せて低い脅し声で叱りつけたのである。
確かに彼は、生徒達の監督官であり、学校の講師だ。
さぼっている生徒を叱るのは当たり前だろう。
だが私が彼に怒りを抱いたのは、彼に叱られたからではない。
彼は私を叱りつけるどころか、私には恭しく手を差し伸べてきたのである。
顔付だって先ほどダニエルに向けたのとは全く違う。
自分の整っているこの顔は最高だろう?
まるでダンスに令嬢を誘う時のような、そんな風な優男の笑顔を私に見せつけて来たのだ。
ええ、確かに完璧な顔立ちだ。
黒ぶちメガネをしていても、その美しい緑色の瞳は隠せないし!
「お手をどうぞ。カーネリアン嬢。」
私は差し出された熊の手をパシッと叩いた。
失礼にもほどがあると腹が立ったからだ。
それからダニエルの手を掴むと立ち上がり、熊との背の差は縮められないが、威厳を持って彼を睨んだ。
まあ!熊は左の眉を上げて私を見返して来た!
この眼つきは、高貴な身分の男が目下の者に使うようなものだわ!
全く、最初からそういう目で私を叱っていれば、私はあなたをちゃんと生徒を叱れる教師だと考えて尊敬だってしたはずなのに、媚を売って失敗した後にその眼つきはどういうおつもり?
自分の外見に自信があって、女性が自分を拒むなんて考えた事もないプライドが高い男なのかしら。
「俺は君を怒らせるようなことを言ったかな?」
「身分の違いで生徒の扱いを変えるのは最低ですわ。ごきげんよう。」
熊は両目を真ん丸に見開き、ハフっと変な声を出した。