乙女は夢見る方が良い
俺はどうしてダニエルの養生先を自分の部屋にしてしまったかと、朝から何度目かの後悔をしていた。
「よかったじゃないか!おぼこ娘が自分から触りたいなんて言って来たぞ!」
そう、俺はダニエルと同じぐらいユーリスが心配だったからこそダニエルをこの部屋に運ばせたのだと思い出し、心配する必要なかったじゃないかと憎々しく親友を睨みつけた。
「はは!睨むなよ!あれに脅える純粋無垢なカチカチ乙女じゃなくて良かったとここは喜ぶところだろ?きゃあ、アレンったら素敵な筋肉!うちの馬みたい!いやいや、下半身も馬並みですぞ。ははは!」
「ユーリス。」
「今度はさ、俺が全裸でこの部屋に転がってみようか?首からお好きに触って下さいってカードを下げてね。」
俺はその情景を想像し、ユーリスの肉体美ならば絶対にリディアは俺の裸よりも喜んで触りそうだと思い当たった。
「ははは、がっくりしてやがる。じゃあさ、お前が先に全裸転がりをやっちゃえよ。そんで、互いに触り合ってな、その先へ進んじまえばいい。」
「結婚前に!」
「うわ!全部しろとは言っていないぞ、俺は!ははは、何たる欲求不満!いやいや、リディアが夢見る乙女じゃ無かった分、お前が色々と夢見てこじらせてんのかな?ははは!」
俺は大声を上げて言い返すことはせずに、伯爵らしい顔を作ってユーリスに見せつけるに留めた。
片眉をくいっとあげただけのすました表情。
下々を小馬鹿にする時の貴族の顔だと言って、ユーリスが一番嫌いな顔だ。
しかし今日のユーリスは大喜びをしただけだ。
「おそ、遅い!いまさら取り繕ったって、遅い!」
「兄さん!あ、あんまり揶揄うと、あ、アレンがかわいそう、ぐ、ふふ。」
「全く、君達は!で、俺は用意が済んだよ。ながながと、お待たせして悪かったね。ほら、ようやくお洋服が着れた俺はいつでもどこにでも行けるよ。」
ユーリスは、高らかな笑い声をさらに上げた後、ダニエルのベッドから腰を上げ、ベッドで笑い転げている弟の髪の毛をぐしゃっと掴むように撫でた。
ダニエルはその手の動きにぴたっと笑う動作を止めた。
「心配するな。昨夜の報告をこの土地の法務官に報告するだけだ。」
「……俺は良い事をしたのかな?あの子は結局村には帰れないでしょう?」
昨日にダニエルが保護した少女の他に五人の少女達が商品としてアジトにおり、しかし彼女達が開放されても村は彼女達を受け入れなかったのである。
武装集団に脅されていたとはいえ、少女達を売ったのは村自身でもある。
「バカ。帰れないんだったらな、好きに生きていいって事なんだよ。汚れものだって言われてあの村に縛られるよかさ、いい人生が送れるんじゃないのか?」
「……兄さんは縛られて辛かった?あのさ、俺も軍に行ける歳だし、あの、独り立ちしたっていいよって、痛い!」
ユーリスは弟の頭を少し強めに叩いていたが、すぐに髪の毛がぐちゃぐちゃになるぐらいにダニエルの頭を撫でくり回し始めた。
「ちょ、兄さん!やめて!」
「ユーリス、気持はわかるけど止めてやりなよ。」
「お前はわかってもこいつはわかっていないだろ。死にそうな時にはさ、俺はこいつの泣き顔を思い出して頑張ったんだよ。それをこのガキがもういいなんて言いやがるからさ。」
ダニエルはユーリスの手を振り払い、がばっと起き上がるとユーリスの腰にぎゅうっとしがみ付いた。
「おい。」
「じゃ、じゃあ、兄さんはこのまま軍を辞めたままでいてよ!俺はもう嫌なんだよ!兄さんがいないのは!今日は俺に兄さんが死んだって電報が届くんじゃないかって毎日びくびくして過ごすのは、凄く嫌なんだよ!俺だって働ける歳だよ!俺だって働くからさ、このままずっと傍にいてよ!」
ユーリスはダニエルを抱き返した。
そして、俺に分かったか、と言った。
「かわいいだろ?だが面倒だろ?だからさ、俺達の生活費は頼むわな。」
俺は、行くぞ、とだけ言ってドアに向かった。
俺だってユーリスには戦場に出て欲しくないと思っている。
ダニエルと同じぐらいにユーリスの訃報が届く事を俺も恐れているからして、電報という単語を聞くのも大嫌いにもなっているのだ。
扉を出ようとしたところで、ユーリスが俺の肩に腕をかけた。
「こうして平和だとさ、生きるか死ぬかの場所にも戻りたいって思ってしまう。だからな、俺が軍に戻ってもそれは俺の選んだ道だ。」
「朝から晩まで崖下りして遊んでもいいよ。」
「それだけか。すぐに飽きそう。」
「ああ、ついでにこの周辺の警備の自警団隊長もして欲しいな。君の倫理観を信用してね、君ルールで。」
「盗賊団からのかっぱらいは?」
「それこそ君ルールで。」
ユーリスは嬉しそうな笑い声をあげると俺の肩にかけている腕に力を込めて、善は急げだという風に俺を部屋の外へ連れ出した。




